6月27日 横浜支部説法会レポート ~深い感謝の念が湧いてきました~
6月27日に横浜支部で行われた上祐史浩の説法会の模様を会員の方のレポートでご紹介します。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
6月27日(土)、横浜支部では、前回の感謝祭で無償伝授された「供養法の実践(※注)」に引き続き、「六加行法・七支分の修行」テキストの特別伝授がありました。
これは基本的な修行ですが、悟りや心の平安に到る教えが秘められているというだけあって、参加者の方も熱心に聞きノートをとる姿も見受けられました。
支部長によるヨガの行法指導や、聖音波動ヒーリング(シンギングボウルによる癒し)により心身がスッキリと浄化された後、代表の説法が始まりました。
今回は、前回に引き続き、「七支分の修行」についての解説でした。以下に、説法の概要をお伝えしたいと思います。
『七支分の修行は、1.礼拝、2.供養、3.懺悔、4.随喜、5.勧請、6.祈願、7.廻向という7つのプロセスがあるのですが、前回の説法で礼拝と供養の部分は説明したので今回は懺悔~廻向についてのお話をします。
【懺悔(ざんげ)】
懺悔の対象は三毒である貪り(強い欲求)、怒り、無智(事物の真実の有り様を知らない)を根本的なものとするが、自分の悪業や他人にさせた悪業等、懺悔の対象は多様です。
懺悔を行うことによって得られる効果は、第一に、全ては自業自得であることを自覚し、反省し、悪業を止めていくことによって「自省の力」を得ることができます。
第二に今後決して悪行を犯さない「再犯を防ぐ力」を得ることができます。
日本式懺悔は、「私が悪うございました」という卑屈感が往々にしてあり、後悔に繋がる傾向がありますが、仏教的懺悔は悪業自体の浄化をもたらすので、明るく爽やかで前向きなイメージがあります。
自分の反省力だけで自分の悪業を変えていくのでは、ただの自己鍛練にすぎず、そこで神々に帰依し、ヴァジュラサットヴァの百字真言(チベット仏教においてたいへん強い浄化力があるという真言)を唱えることにより神仏、他力の加持力・応援にわが身をゆだねながら得て行う懺悔が正しい方法かと思います。
仏は我々がすぐには変われないということは全て承知されています。
焦らず、怠らず、無理せず、たゆまず、心を解放するプロセスとしての懺悔を真剣に楽しんで行うのがもっともいい方法かと思います。
【随喜(ずいき)】
仏教の修行の目的は四無量心の獲得であるが、随喜は、妬みの心を越える、他の幸福を自分の幸福にする、他の不幸を悲しむ、全ての人を愛する、という四無量心に通じているものがあります。
エネルギーには、喉から額に向かうチャクラ(霊的エネルギーセンター)の流れと、喉から頭頂に向かう流れがあります。そして解脱の最後の障害が妬みです。妬みは喉のチャクラと関係があります。
自他の区別や嫉妬心を持ち続けていると、幸福にあやかることができず、宇宙の幸福を味わえません。四無量心は喜びを作るのではなく、既にある、存在している喜びに気がついていくことです。
自我の壁を打ち破ればそれは自然と生じてきます。
現代の人は他と闘争して勝つことのみに心を向けている人が多く、他人の幸福を自己の苦しみとしてしまうことがあります。
しかし、幸福は分かち合えば2倍になり、苦しみは分かち合えば半分になっていくもので、自分より功徳を積んでいる人を称賛し、他の悟りを喜ぶのが本当の悟りの始まりです。
自分が神秘的な体験をすることは、無意味ではないが真実ではなく、また悟りでもなく、他の人が体験をしたことを喜ぶ境地が本当の悟りであり、全ての人の喜びを自分の喜びと考えられること、暖かい心の状態が本当の幸福といえます。
【勧請(かんじょう)】
説法(転法輪)を請い願うことを勧請といいます。
※転法輪:仏教においては、法(教え)を説くことを法の輪を転ずる、と言います。
法輪は仏教の教えの象徴ともいえます。
苦と楽、春夏秋冬、宇宙の運行等、あらゆる繋がりを現しています。仏教は単に崇める宗教ではなく、自分で頑張る部分、努力が必要で、それをおこなってこそ初めて他からの応援があるようになります。
【祈願(きがん)】
祈願とは自分にとって三宝(仏陀・教え・教団)の具現者である恩師の長寿を祈るここを行います。
輪廻から脱却できてない者にとって「恩師の死=涅槃」というのは、輪廻からの脱却が全く手の届かないところへ消滅してしまうことを意味します。その為に聖者たちに対し久しく現世へ留まるよう懇請するのです。
【廻向(えこう)】
自らの為した善行の果実を独り占めしようと欲するのではなく、他人と功徳を共有するという心の働きがとても大きな功徳になるのです。それは功徳の増幅をもたらします。
自と他の幸福・不幸には区別がなく、また、宗教の世界に自他の区別を持ち込んではならなりません。自他の区別をどう乗り越えていくか、というプロセスを経て体得した境地が本当の四無量心といえます。
いくら神秘力があっても、愛の力がないとそれは無に等しい。他の優れた修行の功徳を喜べる修行者が真に優れた修行者といえます。
以上のような法則が説かれました。
これに関連しまして、『実践チベット仏教入門』(春秋社)には、「礼拝は慢心、供養は慳貪、懺悔は三毒、随喜は嫉妬、勧請は法を棄てる罪、祈願は上師への不服従、廻向は邪見に対して、それぞれ対治の作用を有する修行」ということが掲載されていますが、今回、代表より、日々の修習を怠らず、その意味を観じながら実践していくことができる具体的な課題が示された修行法を伝授していただき、深い感謝の念が湧いてきました。
代表の解説に対する集中力が、一段と素晴らしく感じられたのが印象的な説法会でした。
7月は25日(土)に横浜で説法会が行われます。また、あらたな法則が説かれることと思います。ぜひ、多くの方に参加していただきたいと思います。
(※注)供養法の実践
チベット密教の供養法をベースに、ひかりの輪の供養の実践について、浄化の方法、供物の捧げ方、本質的な注意点などが、詳細に解説された教本。






