他への怒りか、自己への怒りか
(2010年06月15日)
(2010年06月11日の日記)
今日からまた少しずつ、私の学んでいる仏教的な心の問題についてお話ししたいと思います。その事始めとして、怒りについて取り上げたいと思います。
私が思うに、人は、非常に多くの場合に、自分に対するいらだち・怒り・嫌悪を背景として、他に対して怒ることが多いと思います。しかし、本人は それに気づかない。厳しく言えば、気づきたくないので意識しないようにしている。
例えば、何かの問題があっても、その原因は、少なくとも、自分の努力不足が一因であるにもかかわらず、努力を避けたい弱い心のために、他人のせいにしてしまう。
しかし、他人のせいにするのは、その時は楽だが、それによって、自分が必要な努力をする方向には向かわないので、問題は解決せず、いつまでたっても幸福にはなれない。努力の不足と他への怒りばかりが続いてしまう。
その裏には、楽をして幸福になりたいという甘えがある。しかし、行きはよいよい帰りは怖い、というのが、目先の楽に負けた結果というのは、常に成り立つ道理だと思います。
とはいえ、私は、人というものは、様々な間違いを犯し、その間違いによる苦しみから反省して、正しい道に至る、という主旨を説いた仏陀の考え方が好きなので、怒りを含めて、人間の持つ様々な性質は、未来の進歩に繋がる要素だと考えていますが、皆さんは、他への怒りの背景に、自分に対する怒りがあるという考えはどう思われるでしょう。
皆さんのご意見をお待ちします。
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