2010年の日記

聖徳太子 日本仏教の始祖
(2010年08月13日)

いまさらではありますが、聖徳太子について書こうと思います。これは今まで余り書いていなかったのですが、最近になって、自分が聖徳太子から相当の影響を受けているように思うようになったからです。

まず、自分をオウム・麻原脱却に導いた大きな出来事の一つが、京都広隆寺に祭られている弥勒菩薩半跏思惟像との出会いと瞑想がありました。初めてで会った時の衝撃は今でもはっきり感覚に残っており、言葉で表現するのは難しいですが、非常に神聖で微細で広大な慈悲の波動・空間を感じました。これは今でも自分の求める理想です。

そして、この広隆寺は、聖徳太子縁の寺で、太子が半跏思惟像を祭るように側近の秦河勝という人物に命じたが故に出来たものでした。よって、半跏思惟像と共に、太子の像が祭られていますし、また、近くには、太子自身を祀るお堂があります。広隆寺に行き着いたのも、広隆寺など、太子ゆかりのお寺を回っていたことがきっかけです。

また、広隆寺の弥勒菩薩半跏思惟像に次いで、大きなインパクトがある仏像が、ひかりの輪の会員の方ならよくご存じの長野の善光寺の日本最古の秘仏(阿弥陀如来の像)ですが、この善光寺に行き着いたのも、太子ゆかりのお寺である奈良・斑鳩の向原寺(日本最古のお寺)を巡った結果でした。

善光寺の秘仏は、最初は向原寺にあって、廃仏派の物部氏に池に捨てられましたが、後に、本田善幸という人によって長野に祭られました。しかし、そのちょっと前に聖徳太子が、その秘仏を既に見いだしていたという伝説があります。向原寺も、太子の時代は、太子や推古天皇が政治を行った場所でした。

また、ひかりの輪が重視する教えの中に、「(自己が)悪人(であると自覚する者)が正しい教えに巡り会う機縁がある」という親鸞聖人の悪人正機の教えがありますが、この親鸞聖人も、聖徳太子から夢でお告げを受けた結果、後に浄土宗・浄土真宗を展開していきました。親鸞聖人は、聖徳太子を観音菩薩の化身と考えていました。太子は一般にも観音菩薩の化身とされるときがあります。

親鸞聖人も、太子と同様に善光寺に縁があり、その境内には、聖人の像があります。また、善光寺の秘仏は、阿弥陀如来三尊像ですから、本尊の阿弥陀如来に加え、観音菩薩と勢至菩薩で三尊で、ここにも観音菩薩が出てきます。なお、向原寺も観音菩薩を本尊としており、その住職さんの説では、善光寺の秘仏も、観音菩薩ではないかという説もあります(善光寺の秘仏は非常に長い間、誰も見たことがありません)。

そして、不思議なのは、ひかりの輪の聖地での体験で良く出てくる虹と聖徳太子の関係です。私が見た虹の中で、最も印象深かった虹の体験として、富士山を背景とした柱のように立つ虹がありました。ところが、後で調べてみると、聖徳太子の伝説の中に、ちょうど全く同じところで、聖徳太子が虹を見て、ここは聖地だと語ったという話しが見つかりました。そして、実際、底には聖徳寺というお寺があって、本殿には聖徳太子と共に、虹の写真があったのでした。

ところで、そもそも、聖徳太子に関心を持ったのは、2002年から2003年くらいのことでした。その頃、私は、自然・聖地の中で、瞑想の体験や、非常に珍しい虹の現象(七つもの虹が一度に出るなど)を体験し、それまでとは違った宗教観が自己の中に芽生えてきました。

そして、その流れで諏訪・富士・東北十和田などといったところを巡礼したのですが、そういった場所が、聖徳太子伝説の中に出てくる、太子が空飛ぶ黒駒と共に訪れたとされる場所と良く一致していたのでした。そんなところから縁を感じ、まずは奈良の斑鳩から探究してみようとして、向原寺・善光寺・広隆寺と巡っていったのでした。

そして、太子の有名な言葉、和をもって尊しとなす。これは日本文化の最大の特徴である調和の重視だと思いますが、これは、ひかりの輪の最も重要な教えの一つである、「万物は仏の平等の現れ」という教えに通じるものだと考えています。

この教えは、この世界は仏の現れで、万物は仏の一部で、その間に優劣はなく、それぞれが互いを補い合う、仏に与えられた役割・平等の価値がある、といったような意味合いがあると解釈していますが、これは正に調和・和の精神と合致します。

そして、ひかりの輪では、偶然にも、これを観音菩薩の教えと位置づけました。そして、さらに、和というのが、漢字ない古代日本では、同じワの音である、ひかりの輪の「輪」とも通じることもあって、これについても、太子やその思想との因縁を感じました。同音の和と輪は、双方とも、全体の一体性を示す言葉だと思います。

最後に、今後日本は、太子の時代のような国になっていく一面があるように思います。つまり、中国インドなどが大国となっていく中で、アジア第一の大国ではなく、アジアの東端の一国となっていくことです。そういった状況で必要なことは、卑屈にならずに、日本は日本らしく、その個性を活かして、世界に貢献する国際的な国家になっていくことだと思います。

その意味で、1400年前に、巨大帝国の隋の王に対して、日出づる国の王として、大胆にも対等の立場を主張する外交使節を出したことでも有名な聖徳太子は、21世紀日本にも貴重な示唆を与える存在だと思います。

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