日記

長らく元代表から自立できなかった理由
(2007年03月03日)

3月3日

なぜ、これまで、元代表から自立できなかったのか。
これを一言で説明することは難しい。

まず、元代表は、私のかつての宗教的な、精神的な父親です。
元代表は、あれほどの悪しき事件を起こしました。
しかし、私にとっては、私を愛してくれた、
評価してくれた存在でした。

個人的な対応においても、
教団での評価においてもそうでした。
私は、男性の弟子の中で、最高位にあり、
特別な宗教名を与えられました。

よくよく考えたあげく、私は次のように思うようになりました。

私は、私にとって、最も私を愛してくれた存在だと思うが故に、
元代表を否定することができなかったのではないかと。

しかし、こう一言で表現できるようになったのは、
ある意味、最近のことです。

ながらく、私は、元代表に帰依することが正しいから、
私は、帰依している、と考えてきました。
帰依することが正しいから、私は正しいことをしているのだ。

しかし、実体は、まず、最初に、元代表の愛著に基づいて、
自分がしたいことが、
元代表を肯定することだったのだと思います。

その後に、元代表が正しいという論理を作り出す思考が生じます。
もちろん、元代表には、面倒見の良さ以外に、
カリスマ性がありました。
いわゆる超能力とか、神秘力と言われるものです。

しかし、高弟たちは、元代表が神ではなく、
人であることを知っています。
全知全能ではなく、
事実に反する推察をする場合も経験しています。
 
高弟たちだけでなく、すべての信者も、知っています。
例えば、元代表の預言が成就しなかったことを知っています。

よって、客観的には、元代表のカリスマ性は、
人を殺すまでのことを正当化する理由にはなりません。

しかし、超能力のある人、神秘的な人でも、
人は人であり、神や神の化身ではない、
という理解がありませんでした。

超能力・神秘力のある元代表=神の化身である、
という構図になったのです。

それは、超能力、神秘体験、瞑想体験、宗教に
対する無痴でしょう。
未熟で免疫がなかった、ということもできるでしょう。

いや、本当の理由は、そうではないかもしれません。

本当の理由は、経験不足、免疫の不足などではなく、  
元代表に強く愛著した私たち信者は、
元代表を否定したくないために、
元代表を絶対化、神格化したように思います。
 
本当は、絶対ではないと知っている面があっても、
絶対であってほしかった。

よって、信者が、
元代表の超能力、神秘力というものを口実に、絶対化した。
ないしは、信者が、
自分たちの得た宗教的な体験を肯定するために、絶対化した。

元代表を絶対化したいから、絶対化した。
否定したくないから、否定しなくていいように、絶対化した。

それは、突き詰めれば、自分を愛しているからです。
自分を否定したくないからです。

人が最も愛しているのは自分自身。
自分自身の実践した宗教を否定したくない。
自分自身を最も愛してくれたと感じる教祖を否定したくない。

これが、事件を起こした理由。
そして、長らく、それを反省しなかった理由だと思います。

これが、今になって思うと、感じることです。

もちろん、元代表が私を愛してくれた、という言葉の意味には、
今思えばですが、元代表が私のエゴを満たしてくれた、
という部分が多分にあることに気づきます。

自己の存在意義を求める欲求。
愛情、名誉、地位・権力への欲求。
超能力や神秘的な体験、宗教的な瞑想体験への欲求。
そして、世紀末世界の救済といった、一種のロマン。

自分が最も愛する「自分」の
様々な欲求を充足したのが「元代表」でした。

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