3月15日の日記
(2007年03月16日)
今日は、他の宗教の教祖の方と話す機会がありました。いろいろ、学ばさせてもらいました。
高齢の女性で、病弱で学校にも行けず、しかし、20年くらい前に信仰に目覚め、他を許し、他に与えることを中心に実践されているそうです。
ともかく、男性・大学出・健康体の私とは全く違うキャラクターでした。
しかし、現在、宗教が互いに争って世界をおかしくしており、宗教が変わらなければならない、という点では、意見は一致しました。その最たるものが自分が没入したオウムでした。
ところで、最近マスコミにも出て、そして、ミクシィを初めて、感じることですが、私が批判されるのは、過去の罪のためとしていいのですが、しかし、私以外の人と人の間でも、互いに批判し合うことが、相当に多いなあ、と思いました。
私と違って、ミクシィやその他のネット世界に参加されている人は、みな、オウムのようなテロリストではないし、もしかしたら、ちょっと警察に捕まっちゃった経験があっても、私たちよりずっときれいな人たちの集合体ですから、互いをほめ合ってもいい人たちだと思います。
私たちは、とうていほめられるべき人間ではないのですが、だからこそ、いっそう、他の方々は互いにほめられて良い人間だ、と思うんですよね。
それとも、ネットだと、批判はしやすいが、称賛はしにくいのだろうかなあ。いや、やっぱり称賛より批判をする方が、パソコン以外の日常生活でも多くて、生活全体が、社会全体が、批判優位になっているのかもしれないな、と思います。
実際、やってみると、称賛するのは、批判するより難しい面もある。相手の良いところを見つける力がないと、まとまな称賛はできないし、自分にストレス、いらだち、卑屈、嫉妬があると難しい。
ただ、全く称賛がないと、成長するのが難しい人は、少なからずいる、と思います。自分の団体代表としての反省からそう思います。