日記

島田裕巳氏の中沢氏批判の本について2──両氏に対するお詫びを兼ねて
(2007年04月01日)

 前回、このテーマについて日記を書きましたが、実際に刊行された本(『中沢新一批判、あるいは宗教的テロリズムについて』亜紀書房)を読んで、少なからず驚きました。

 それは、島田裕巳氏がこの本を書いた二つの理由の一つとして、他ならぬ私自身が、中沢新一氏の『虹の階梯』が、オウム・アーレフの信者が松本智津夫氏への信仰を脱却したり事件を反省したりする上で障害となっていると考えている、ということが挙げられていたからです。

 これは島田先生が、私が信者向けに行った説法会のDVDをご覧になった結果だと思いますが、このDVDは、本来は信徒向けのものであり、一般の方に公開する主旨は全くなかったのですが、おそらくは信徒を通して一部の報道関係者に渡って、それが教団には無断で放映される経緯もありました。

 よって、これは教団内部の出家修行者相手の話であって、公の発言としては、合理的ではなく情緒的な部分があったり、事実関係も多少なりとも不正確な部分があり、誤解を招く部分があります。

 その意味で、公の出版に引用される場合には、私の発言の真意を確認していただいた方がよかったと思いますが、それはともかく、島田先生が私の話を引用している部分について、以下に私なりにコメントさせていただき、誤解がないようにする必要が生じました。
  
 また、上記のような経緯ですから、私や教団の広報担当者は、今回の件で、私や団体が中沢新一先生に期待することはあっても、先生を真に批判する目的は全くなく、私の現在の中沢氏に対する真の評価についても、後で付け加えさせていただきます。

 それでは、島田先生の著作の引用と、私のコメントを以下に示します。

------------------------------------------------------------
●p24
 最初は、麻原彰晃をどのような存在としてとらえるかを述べた部分においてである。上祐は、自分は男のなかの一番の弟子だったので、当時の教団が教祖である麻原を神と位置づけていなかったことを知っていると述べたあと、一九八八年八月に静岡県富士宮市にできた富士山総本部道場の開設セレモニーに参列したチベット密教カギュ派の総師、カール・リンポチェのことに言及している。カール・リンポチェは、その際に、「皆さんは大変幸福である。今生仏陀に巡り合った。それは麻原尊師である」と語ったというのである。上祐は、自分はその通訳をしたので、それを覚えていると言ったあと、「中沢新一はそれを知っています」と、唐突に中沢の名前を出している。
 そして上祐は、「それが一因でしょうね」と言い、翌一九八九年にオウム真理数がバッシングを受けたとき、中沢が、「カール・リンポチェ、カムトゥール・リンポチェ、これらの人たちはだませる人ではない。神秘的な人だ」と述べて、教団のことを守ったとしている。ところが、今の中沢は、反対のことを言っているというのだ。
 その点について上祐は、次のように述べている。
  今、中沢新一は、聞くところによるといろんな方面から「グルは人間なんだよ、人間なんだよ」と言っているそうです。
------------------------------------------------------------

 この部分については、まずカール・リンポチェ師(ないしカル・リンポチェ師)が、松本氏を「仏陀である」と語ったという点は、島田先生が後から指摘されているように、正確には「仏陀」ではなく「偉大な仏教の師」と語ったという可能性が高いと思います。

 とはいえ、信者にとっては、「仏陀」であろうと、「偉大な仏教の師」であろうと、同様の効果を持つ可能性もあります。というのは、チベット密教の教義の中に、その人が正しいグルである限りは、その人を仏陀の化身と見る、という教えがあり、著名なカール・リンポチェ師が、松本氏を絶賛すれば、信者が松本氏を仏陀の化身と見る可能性が生じるからです。

 また、島田先生が後から指摘されているように、中沢氏が「だませる人ではない」と言及したのは、正確には、カール・リンポチェ師だけであって、カムトゥル・リンポチェ師への言及はなかったと思います。

------------------------------------------------------------
●p27
「中沢が、その前年に行われたカール・リンポチェの発言を直接聞いたかのような言い方をしている。中沢が福岡でカール・リンポチェの説法を直接関いたとは考えられないものの、上祐が「中沢新一はそれを知っています」と発言した真意がどこにあるのかは注目される。」
------------------------------------------------------------

 この島田先生の疑問は、単純に、私が中沢氏の『週刊ポスト』での発言が、中沢氏がカル・リンポチェ師による松本氏の称賛に関して、教団の機関誌を読むか、人づてに聞いたりなどして知っていない限りは、全く整合性がつかないものであるために「中沢氏は知っています」と表現したに他なりません。
 
 逆に言えば、私が当時の広報担当者として記憶し、知っている限りでは、中沢氏と松本氏の間に直接の関係が生じたのは、『週刊ポスト』の前後に、『週刊スパ!』において、両者が対談したときが初めてであって、その前年に、カル・リンポチェ師が来日した際などには全くなかったと思います。

 それ以降も、少なくとも、広報担当者としての私の記憶では、95年の事件発覚前までに、雑誌で二度目の対談をしたこと以外には、両者が会ったことはなく、世間一般で見られるよりは、はるかに教団と中沢氏の関係は乏しかったというのが現実です。

------------------------------------------------------------
●p27
 それ以上に重要なことは、最近の中沢が、さまざまな形で、グル、つまりは麻原のことを人間だと発言しているとされている点である。いったい中沢は、どこでそうした発言をしているのだろうか。彼は、最近の著作で、直接オウム真理数について言及したりはしていない。ならば、それは講演や大学の授業においてなのだろうか。あるいは、私的な談話のなかでなのだろうか。もしそうなら、上祐は、そうしたインフォーマルな情報をどうやって入手したのだろうか。残念ながら、上祐の説明からは、明確なことはわからない。
------------------------------------------------------------

 私は、1995年に中沢新一氏とお会いして以来、氏とお会いしていません。よって最近の中沢氏の発言として、私が語っているものは、事件発生以来の12年間の間に、私が直接中沢氏から聞いたことではありません。また、島田先生がご指摘されたように中沢氏の著作にあったものでもありません。

 それは、私が中沢氏の講演会などに出席した知り合いなどを通して、間接的に聞いたことであり、そのためこの内容の真偽や真意は、中沢氏に直接確認したものではありません。


------------------------------------------------------------
●p28
 上祐は、次のように述べていた。
  わかりやすく言うと、中沢新一の『虹の階梯』にも罪があると思っている。私は拘置所であれを差し入れてもらった。事件が起こる前でも、あれで入った人が多い。
 では、なぜ『虹の階梯』に罪があるのか。上祐は、その罪を、グルに対する無条件な帰依を説いているところに求めている。
  その本のなかにはいろいろなことが書いてある。そのなかには、ティローパ、ナローパといった成就者は空前絶後の力をもっているから、ありきたりな知性で判断せずに、変なことをしていると思わずに、こころを空っぽにして素直に帰依しなさいと書いてある。
 そして上祐は、『虹の階梯』を読めば、麻原に対して帰依するのが正しいと考える人間が出てくると述べた上で、現在の中沢のことをかなり強く批判している。
  そう言った中沢新一が今オウムを批判している。尊師を批判している。私が彼にして欲しいのは、そういった法則も含んでいるチベット密教。ダライ・ラマ法王が五仏の法則もカーラチャクラの解説書も出しているチベット密教。そして現代のミラレパというチベットの高僧のカール・リンポチェが尊師を仏陀と言ったこの事実。これをどうしてくれるんだ。あなたは何か総括できないのかと言いたいところがある。
 ここには、上祐の戸惑い、困惑が、かなり正直な形で表明されているように思える。中沢のことや『虹の階梯』のことは、唐突に彼の話のなかに出て来たという印象を受ける。上祐としては、はじめから中沢や『虹の階梯』について話をしようとは考えていなかったことだろう。
------------------------------------------------------------

 この私の発言は、島田先生がここで指摘されるように、計画的なものではなく、不意に出たものです。さらにこれは、中沢氏に対して公に言っているのではなく、教団内部の出家修行者に対して言っていることです。

 本来は、オウム真理教の問題を解決する責任は、松本氏やその他の私を含めた幹部、さらには松本氏の家族などにあることは明白であって、中沢氏や、その書籍である『虹の階梯』には、全く罪はありません。このことは、前回の日記でも明らかにさせていただきました。

 しかし、当人である私たちの不明、不徳、力量の不足のために、(ようやく最近になって、アーレフの一部は脱会をし、新団体を設立することになったとはいえ)、全体としては、事件発生以来の12年の間で、なかなか問題を解決できていないという状況があります。

 そのために、宗教的な智恵も影響力もある中沢先生に対して、私個人の甘えや依存心を背景にして、出家信者を前にある意味で愚痴を言ったと解釈していただければと思います。

 ただ、オウムの問題は、単に一教団だけの問題ではなく、チベット密教を含めて、いろいろな宗教において、人を神としてしまう信仰の仕方が、その解釈を誤った場合にはらむ危険性について言及したいという気持ちがあって、チベット密教の教科書の翻訳である中沢氏の『虹の階梯』に言及したということも、また事実です。

 この点について、中沢氏が、近年の講演などで、チベットのグルを含めてグルとされる人の絶対性を否定していると解釈できる発言があると伝え聞いていますので、私としては、この点に関する中沢先生の詳細な見解に、非常に関心と期待があるのも事実です。

 最後に、教団内での不用意な愚痴ではなく、私の現在の中沢氏に対する評価を述べさせていただきますと、それは、最近の『週刊新潮』に、この話題が取り上げられた際に、中沢氏に近い編集者のコメントして掲載されたものにかなり近いものがあると思います。

------------------------------------------------------------
●『週刊新潮』4月5日号 
 中沢氏と親しい編集者はこう言う。
 「島田さんは中沢さんを昔の地平に引き戻そうとしています。でも、中沢さんはオウム事件以後、日本人にとって意味のあるものをつくろうと努力してきています。特にこの5、6年は『カイエ・ソバージュ』シリーズを刊行して、以前よりレベルが上がっています。中沢さんの頭の中にオウム事件は常にあるように思います。しかし、それに直接、答えるのではなく、思想を深め、コンスタントに著作を出す中で、答を出しているのではないでしょうか」
 問題の本は、4月1日から全国の書店に並ぶ。
------------------------------------------------------------

 私も、この編集者の方と同様に、いくつかの中沢氏の最近の著書を読んでいますが、そこには確かに、以前のチベット密教の中沢氏を超えた新しい思想を感じております。

 著作の中には、人類の宗教史・思想史・芸術史を一万年単位でダイナミックに遡って、人類が、特定の人物を神の化身として、王などと呼ぶようになる以前の時代にあった原初の精神性・思想性に言及しているものがあります。

 それは明らかに、教団の一連の事件の原因となった、人を神とするグルイズム的な思想を超えた思想だと思いますし、他にもいろいろな方々の著作を読ませていただいていますが、旧団体からの脱皮のために参考にできることは、是非とも参考にさせていただきたいと考えております。

 この中沢氏のアプローチ、すなわち、古いものを直接的に否定するのではなく、それを超えた新しいものを提示することによって、古いものを超えていくということは、宗教家・思想家のあり方としても、オウム問題の本質的な解決のためにも、非常に重要なことだと思います。

 現在のアーレフの信者などについても、松本氏が示した宗教性を超えるものがあれば、それに移っていくと思いますが、そのように感じるものがなければ、一連の事件があったとしても、依然として松本氏の信仰を続ける者が現実としております。彼らは、松本氏の信仰をする以前の世俗の生活に単純には戻れないと思います。

 それは、言わば太陽と北風、アメとムチの如く、旧教団を超えた新しいものと旧教団の否定が、双方相まることによって初めて真のオウム問題の根絶が実現すると表現したらいいかと思います。新団体も、旧団体を否定しつつ、それだけでなくそれを超えた新しい思想を創造していくことで、真にオウムを超えることができると考えています。

 一方、島田先生のお考えは、中沢氏自身が、オウムとオウムが使ったチベット密教のグルイズム等の教えに関して、オウムの解釈のどこが間違っていたかということや、この問題を本質的に克服する方法などを述べ、もっと具体的、直接的な総括をなして、二度と同じような問題が起こらないようにする責任があるということだと推察します。
 
 また、私も、自分でこれを言うのは甘えであることを承知しつつも、率直に言えば、チベット密教関係の日本の第一人者で、多大な影響力を持つ中沢氏でなければ、できないこともあるという思いもあり、いわゆるエースの登場を期待してしまう気持ちがあります。

 それはともかく、事件後に、中沢氏がなした新しい思想の展開と、島田氏がなした重厚なオウムの総括は、上記に述べたオウムの問題を解決していくために必要な、アメとムチの二つにあたると思っており、その点、深く感謝しております。

 最後にこの場を借りて、かつて旧教団オウム真理教において、多大なご迷惑をおかけしてしまった、島田先生と中沢先生の両先生に、その点についてお詫びさせていただくとともに、今回の件においても、図らずも、繰り返しお二人にご迷惑をおかけする結果になったことについてお詫びしたいと思います。

<<< 前へ【島田氏の中沢氏批判について】

次へ【4月12日】 >>>

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://www.joyus.jp/mt/mt-tb.cgi/84