日記

聖地巡礼日記10 日光の観音信仰と中禅寺との出会い
(2007年07月27日)

さて、今回は、日光の観音信仰の拠点である寺院を紹介したいと思います。
最大の拠点は、なんと言っても、日光山の輪王寺であり、東照宮のすぐ横にあります。

そこには、非常に大きい阿弥陀三尊像を収められていてて、確か、日本有数の大きさである、と記憶しています。
三像とは、阿弥陀如来、千手観音、馬頭観音の三仏であり、これら三仏は、それぞれ、神道の三つの神、日光の三つの山に対応しています。

なお、輪王寺は天台宗のお寺で、本殿の横の寺社では、時々護摩法(火を使った密教の供養の儀式)などが行われているのを見ることが出来ます。

さて、輪王寺に加えて、有名なお寺が、中禅寺です。
中禅寺湖の湖畔にありますが、実は、中禅寺湖という湖の名前は、このお寺の名前から来たもので、正確に言えば、中禅寺の近くの湖だから、中禅寺湖になった、ということになります。
 

















これほど有名なお寺なのですが、私が最初にこのお寺を訪問したのは、全く偶然でしかありませんでした。それは、今年の6月6日でしたが、その日は、中禅寺湖の湖畔のホテルに宿泊して、朝になってチャックアウトし、車に乗り込みました。

そして、湖畔をちょっと散歩しようと思い、何となく良い場所だなと思い、車を停車させたところが、後から思えば、ちょうど中禅寺の前でした。

 













その時、空を見ると、例の如く虹が出ていました。
私は、しばらく散策した後、どこか神社仏閣にでも行くか、と思って、そう言うと、広末部長が、すぐそこに中禅寺があることを教えてくれました。

それで、湖畔から中禅寺の方に目をやると、その寺の正に上空に虹が出ているように見えたこともあり、ただならぬ縁があるかもしれない  、と思って参拝することにしました。




 














さて、その寺で興味深かったのは、ご本尊の立木観音でした。なぜ立木観音と呼ばれているか、というと、その観音像は、木から彫られたのですが、その下部(足の部分)は、実際に、木の根のままで、土の中に生えている、というのです。


















これを聞いて、私は、これぞ、日本の宗教文化だ、と思いました。日本には、古代からの自然信仰や神道の中で、ご神木と言うように、木に対する信仰があります。神様も、一人二人ではなく、一柱、二柱と数えるほどです。木の他には、大きな石とかですね。

そして、仏像も木で作られたものが非常に多いのですが、それは、単純に、木を材料にして仏像を作る、という感覚ではなくて、ある仏師(仏像を彫る職人)の話しですが、そもそも神仏が宿っている木から、神仏の姿を現し出すのであって、彫っている最中に、仏の姿が見えてくるのだそうです。

こうした日本古来の自然信仰・神道と、外来の仏教の見事な調和が、立木観音だと思いました。生きた木が、その中から生きた仏を現しだしたとでも言うのでしょうか。

これと似た話はお地蔵さんですね。ご神体などと言って、木に加えて、石の柱を神聖視するのが、日本古来の信仰にありますが、その石の柱を仏様の形にしたのが、お地蔵様です。これは日本にしかない仏様の石像です。

また、この観音様は、日光にとっては、特別な観音様です。まず、日光を開山した勝道上人が、自分が見た千手観音を自ら彫ったものが、この観音像だと言うのです。

それだけでなく、この観音様には、不思議な物語があります。この観音様は、以前は、前に紹介した神社である中宮司にあったのですが、ある時、土砂崩れのため、仏像が湖に流されて失われ、回復が絶望視されていました。

ところが、しばらくすると、この観音像が、湖畔の別の場所に、奇跡的に現れ出たので(伝説では、自らお現れになった、とされる)、その場所こそが、この観音様がいらっしゃりたい場所だろう、として、作られたのが中禅寺です。

この話を聞いて、私は、この日、中禅寺がここにあるとは知らずに、なんとなくやって来て、それに加えて、その上空に虹が出ていたというのも、なにか不思議な縁だな、と思いました。


















さて、中を参拝しましたが、宗教美術的にも非常に優れており、見るのが楽しいお寺でした。また、観音菩薩に加えて、大黒天や密教の守護尊が祀られていたことも気に入りました。また、お寺の職員の方のホスピタリティも上々で、とても活気があって、それも楽しむことが出来ました。

こうして、私の中禅寺との出会いは、全く無計画なものでしたが、とても幸福なものとなりました。

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