日記

聖地巡礼日記13 天川、弁財天社、龍泉寺
(2007年08月05日)

天川の信仰体系を説明しますと、古くは神前崇拝の視点から、多くの川の水源として聖地とされていました。
そして、その後、修験道の開祖である役行者が、この近くの弥山の山に弁財天を祀りました。

そして、仏教では、高野山を開山する、弘法大師空海が、この地を修行の場としました。そのため、天川弁財天社のすぐ近くに、それにまつわるお寺があり、まさに神仏習合の聖地でした。

さて、弁財天社から車で十五分くらいのところには、修験道の聖地である龍泉寺があります。修験道の修行者が、ここを拠点として、その聖山である大峰山に登山していくために、古来から修験道のセンターとなってきました。


















龍泉寺という名前の由来は、この地に龍が現れたことによりますが、境内には、今でも泉がわき出ています。また、役行者といった、修験道の修行者だけでなく、空海の弟子達も、この寺の隆盛に関わっています。














天河神社の祭りに参加する修験道の修行者

この龍泉寺の近くにあるもので、特筆すべきものとして、御手洗渓谷があります。そこでは、天川弁財天社の近くの美しく繊細な川の流れとは違って、ダイナミックで流動的な川の流れや大きな石があり、その両脇を囲む森林の中の遊歩道は、とても気持ちの良い所です。

















そして、私が非常に印象深く覚えているのは、例によって、ここでの虹の体験です。それは、御手洗渓谷の川辺の大きな石で瞑想していた時のことでした。とても不思議な虹で、それは、大地から立ち上るアーチを描く虹とは、全く違うものでした。

















正確には、虹と言うより、虹色の雲(彩雲)だったのですが、頭の真上にある雲に、夕日が当たって、それが、虹色に輝いたもので、その形が、龍の形と似ていており、雲と共に流れるように現れて消えていった、不思議なものでした。
ロマンチックな解釈となりますが、これは、龍泉寺の龍とどこかでシンクロしたのかもしれません。















また、もっとロマンチックな解釈として、風水などでは、川は、その形から龍と関連づけられ(=龍脈)、また、日本には、虹自体を天に昇る龍と見なす考えもあるので、これは、天川(=天の川)という地名にふさわしく、まさに、天の龍を表すものだったのかもしれません。

こうして、天川は、その自然、人々、寺社のいずれをとっても、素晴らしく、非常に深みのある、最高の聖地の一つだ、と思います。

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