心理学と仏教

ユング心理学と仏教(3)

                                                                          田渕智子
●セルフリアライゼーションと解脱・悟り

ユングのいうセルフリアライゼーションの過程は仏教の解脱、悟りの過程に非常に似ているように思われます。われわれの意識は自我を中心としてある程度の安定性をもち、統  合性をもっています。しかし、その安定した自我にとどまることなく、その安定性を崩してさえ、より高い統合性へと志向する傾向が、人間のこころの中に認められるといっているのです。これは長年の心理療法で培った経験からユングはそう判断したのです。

この個人に内在する可能性を実現し、その自我を高次の全体性へと志向せしめる努力の過程を、ユングは個性化の過程、あるいはセルフリアライゼーションの過程と呼び、人生の究極の目的と考えたのです。そして、その高次の統合性へと志向させる働きをなすものが自己だと考えたのです。

ユングはわれわれが意識の世界のみを重んじることなく、無意識も大切なものであることを知り、この両者の相補的な働きに注意するときは、われわれ全人格の中心はもはや自我ではなく自己であることを悟るであろうとのべています。

このセルフリアライゼーションの過程はユングにいわせると、非常に困難な険しい道であると言っています。それは、自分の中の劣等な部分と直面し、それを統合していく努力が必要なのです。修行でも自分の煩悩を滅尽していくのは大変ですよね。それと似ていますね。

たとえば自分の中の女性性や男性性の統合、これは陽と陰の統合ともいえますが、これは非常に大変で努力を要するのです。

ユングはそれにはいったん自我を相当に強化し、無意識の世界に対して開き、自己との相当な対決と共同作業をとおしてこそ、セルフリアライゼーションが可能なのだといっています。これは西洋人が相当自我が強く、東洋人にくらべて無意識に開かれてないため、自我を強くしておかないと無意識に呑み込まれてしまうおそれがあるからなのです。

 ユング心理学は仏教に似ていますが、全く同じというわけではありません。カルマの法則や輪廻転生などにはほとんどふれていません。

あえていうなら、死後の世界を考えることなしにこの生はありえないというようなことをいっているだけなのです。

科学者という立場からあまり声を大にしていえなかったというのもあるでしょう。また煩悩捨断についてもあまり言及していません。

しかし、その考え方が仏教に近いのは、キリスト教の異端といわれているグノーシスの影響を受けているのが一因です。グノーシスの考え方は非常に仏教に似ているのです。グノーシスも非常に禁欲的な派もあり、この宇宙を消滅してしまうことこそがすばらしいことだとしている考えなのです。

仏教では煩悩捨断を強く説きますが、ユングはどちらかというと相反する性質の統合ということを主張しています。方向性は似ているのですが、細かい部分については若干異なっています。

解脱、悟りの状態を明確に説明しているわけでもないし、修行体系にまで及んでいません。やはりあくまで患者の治療というのがメインなのでなかなかそこまでいかなかったのでしょう。

しかし、それまでの心理学とは違い、東洋と西洋の橋渡しをするきっかけにはなったのではないでしょうか。
無意識の意識化という点では仏教と共通するものがあります。


●シンクロニシティについて

仏教の教えではすべては心の現われという教えがあります。これはデカルトが唱えた心と物質は別のものであるという二元論に反するものです。

ユングは心の分析を探求し続けた中でシンクロニシティという現象に注目しました。このシンクロニシティこそが外的世界と内的世界、心と物質に橋をかけるきっかけとなったのです。

そしてユングは個人的な交流のあったアルバート・アインシュタインから、それが物理学の新しい考え方と完全に両立するからということで、シンクロニシティの概念を追及するよう励まされました。

また、量子物理学で有名なパウリと、このシンクロニシティについて共著の本をだしています。それほど、パウリにとっても興味のある問題だったのです。シンクロニシティ、それは意味のある偶然の一致ということができます。

ユングはまた、次のようにもいっています。

「現象の意味のある同時生起は、まったくの偶然だとは考えられない---それらが増え、また対応関係がよりおおきく、より厳密になればなるほど。それらはもはやまったくの偶然だとみなされることはできず、けれどもそれには因果的な説明がおよばない以上、意味のある組み合わせだ、とでもしておくしかないのだ。」

これは仏教ではすべては心の現われということで説明がつきますが、科学的にそれを追求しようとしたことは大きな意味があるでしょう。

パウリもこのシンクロニシティについてユングとともに研究し、自然という概念に意味という価値を導入することによって、物理学の客観的思考態度がより主観的な諸価値と、統合されうるような道を示唆していたのです。

シンクロニシティの本質は、ある特定のパターンはそれを体験する個人によって意味や価値をおびている、という点にあるからです。物理学の従来の諸法則は、人間のさまざまな欲望や意味の要求には注意を払いませんでした。
---りんごは人間がそれを望もうが望むまいが落っこちる----のに対してシンクロニシティは、こころの内的プロセスをうつす鏡として現象化し、内的な心の変化が外界に現象化するということができるのです。
この考えは、まさに現象はこころのあらわれという仏教の教えと一致するのです。

パウリにまつわるおもしろいシクロニシティの話があります。いまでは科学の神話となってしまった『パウリの効果』の逸話です。

物理学の多くの理論家たちは、実験作業や実験室の設備にたいして深いアレルギー反応を示しますが、パウリの場合はこれがあまりにもばかげているほどひどかったため、パウリが実験室に入るだけで、真空ポンプは破裂し、精密な契機は壊れてしまうほどでした。

この『パウリの効果』の多くの実例は、いまだに物理学者たちの語り草になっており、なかでもとりわけ奇妙な逸話が  、J・フランク教授によって語られています。

あるときゲッティンゲンの彼の研究室で、複雑な装置が壊れてしまったのです。フランクはこのことをしるした手紙を、パウリにあてて書きました。パウリ君はチューリッヒに住んでいるのだから、この場合はパウリ効果をせめるわけにもいかないね、と。

 ところが、それに対するパウリの答えは、自分は実はそのころコペンハーゲンへと旅行していたところで、その事件がおこった時間にはちょうどゲッティンゲンの駅に列車が止まっていたんだよ、というものだったのです。

ユング自身が体験した例をあげてみましょう。

彼の患者のある女性は、人生に対してきわめて合理主義的な態度をくずさないせいで、あらゆる語りの治療が困難をきわめていました。あるとき彼女は黄金のスカラベ(コガネムシ)がでてくる夢のことをユングに語ってきかせのです。

ユングはその種の甲虫が、古代エジプト人にとっては再生のシンボルとしておおきな意味をもっていることを、知っていました。彼女がその話を続けているとき、ユングは診察室の窓が、かたかたとなるのをきいたのです。

 カーテンをあけ、窓を開くと、とびこんできたのは緑かかった金色の甲虫でした。ユングは彼女にそのスカラベをみせました。このときから彼女の過剰な合理主義の砦はやぶられ、治療のセッションはずっと実りの多いものとなったのです。

このように心の中に生じたことが、実際現象となって外界に物理的にも生じるという意味のある偶然の一致。これは偶然としてかたづけるわけにはいかない大きな意味をもっているとユングは考えました。

このシンクロニシティはユング派の分析家、アーノルド・ミンデルの研究によっても支持されています。

ミンデルははじめ物理学者としての専門教育をうけた人ですが、のちになって、彼がチューリッヒで学んだ、ユング心理学に転向しました。シンクロニシティおよび、物理学と心理学の共鳴可能性に対する関心から、彼は多くのユング派分析家にアンケート調査を行ってシンクロニシティの実例研究をしました。

ユングがすでに指摘していたように、意味を持つということ、そしてなにより精神の奥にひそむエネルギーの深い活性化に連動していることこそ、シンクロニシティの本質なのです。まるで無意識内部に起きたことが、外部世界に起きているかのように。

特に、精神のパターンが意識に届こうとするそのとき、シンクロニシティもまた頂点をむかえるのです。
それだけではなく、ある人が自分の人格内のさまざまな力が、新しく整列し直したことをはっきりと意識してしまえば、普通のシンクロニシティは消えるのです。

したがってシンクロニシティは、しばしば転換の時期に結びついています。たとえば誕生や、死や、恋愛や、心理療法や、集中した創造的な仕事や、ひいては転職といったような場合にまでおよびます。まるでこういった内的な構造の作り変えが外的な共鳴を生みだすか、あるいは「心的エネルギー」の爆発が、外の物理的世界へと伝えられてゆくかのようなのです。

アーノルド・ミンデルは、自分がイエスであり、光の創造者にして破壊者であると宣言した、ある精神病患者の例をあげています。彼がそう言ったまさにそのとき、なんと天井から照明設備が落ちてきて、男を気絶させてしまったのです。


●中国の雨降らせ

また、ユングの友人のウィルヘルムという人は中国でつぎのような経験をしました。

ある中国の村で、数週間にわたって雨が降らず、人々は雨降らせを呼びにやることにしました。雨降らせの老人は、村にやってくると、彼のために用意された小屋にまっすぐ向かい、雨が降りはじめるまで何の儀式もせずにそこにいただけでした。

いったいどうやって雨をふらせたのか、と聞かれて、老人は、雨の降る降らないには因果関係などなにもない、と答えたのです。村についたとき、雨降らせは、ここには不調和状態がたちこめていて、そのせいで自然の通常のプロセスがその固有の筋書きにしたがって動いていないのだということに気づいたのです。

雨ふらせ自身、この不調に影響をうけてしまい、だから小屋にひきこもって自分を落ち着かせることに専念したのでした。

老人自身の内的な調和がとりもどされ、均衡が確立されたとき、雨は当然のごとくにふったのです。降ることこそ、雨にとっての自然なパターンにほかならないのですから。

この話は、内部への働きかけという要素が外部への働きかけになったということをしめしている良い例です。


●グロフの研究

また、スタニスラフ・グロフはチェコソロバキア出身の精神科医ですが、彼の臨床例も興味深いものがあります。

彼はアメリカに渡って仕事をするようになりますが、LSDや過換気呼吸法などで無意識に入っていく心理療法を行いました。

そして彼は何千もの体験データを研究することができたのです。その中で興味深い例があります。これはその心理療法の中で過去世の体験をした例です。

「過去生の体験はしばしば他人を巻き込み、それによって生じる治癒が興味深い共時性のレベルを伴う場合があるのだ。たとえば、私は以前、長期間の難しい敵対関係に巻きこまれていた人物を扱ったことがある。

過去生の体験をしているとき、彼はこの敵対者が、遠い昔、いっしょに生きていた時代に、自分を殺した人物だということを知った。過去の中に入り込んで、その罪を許した瞬間、そのクライアントはこの敵対者に対する現在の人生における気持ちが変わるのを体験した。昔の敵意や怖れが一瞬にして消え、今までとは違う角度からそ の人物を見るようになったのである。

この変化が生じている時、そのクライアントのかつての敵も、同時にしかし、別個に、地球の反対側で似たような個人的な体験をし、同じ方向に変容していたのだ。ほぼ同じ時期に、二人の人間が二人とも基本的な見方を変える体験をして、それまで敵意に満ちていた両者の関係が癒されたのである。

この二人の人間を変えたそれぞれの出来事は、そのときは全く無関係のように見えたにもかかわらず、二人の人間を再びむすびつける結果をもたらすことになったのである。

この特別な例は、並外れてはいるが、私の治療では珍しいことではない。カルマで結びついたパートナーが劇的な変化を体験し、過去のくびきから解放され、長い長い年月存在していた古い傷を癒すのを、私は何度も見てきた。こうした態度の変化は、当人たちが何千マイルも隔たったところにいて、彼らの間に何の直接的なコミニュケーションがない場合であっても、互いに数分も違わない間に起こったのである。」
(『深層の自己回帰』:
スタニスラフ・グロク著)


●ミンデルの研究


アーノルド・ミンデルも同じような例を知っています。あるカップルが離れ離れになっているときに、ひとりが劇的な体験をし、もうひとりが同じ時間に変化するというケースを記録しています。

 たとえば、夫や妻が他の都市や国で心理療法をうけているあいだに、そのパートナーもまた深い内的な変化を経験するといったことはめずらしくないのです。そのような奇妙なできごとは、「精神的な絆」や、心のかよいあいの結果だというよりも、ある相互的なプロセスが同じ基底から展開しつつあるということ、そしてこの基底とは空間と時間の中におかれた個人の意識を超えて横たわっているものだということを、示しているのかもしれません。

これらの例は心が変わることによって、時空を超えて他の心も同じように、変化することができるということを物語っています。

他者と直接話し合ったり、謝まったりすることなく自分の心が変化するだけで相手の心が変化するという驚くべき事実があるのです。これはいったい何を意味しているのでしょうか。想念、思念、思いというのは時空を超えて伝わるともいえます。
私たちが何を思うか、何を考えるかによって現象も変わってくるのではないでしょうか。

ユングがとなえたシンクロニシティの概念はその後も多くの学者によって研究されています。そしてこの概念は仏教と科学をつなぐものであるといえるのではないでしょうか。

<<< 前へ【ユング心理学と仏教(2)】

次へ【ユング心理学と仏教(4)】 >>>

一般の方のために
ポータルサイト
総合入口ができました。こちらからどうぞ。
動画コーナー
ネット生中継
二十歳からの20年間
3月1日、全国書店で発売中。
ひかりの輪 ネット道場
どなたでも、道場でご提供している教えや修行法を、ネットを通じてご自宅から学んでいただけます。
「ひかりの輪」代表 上祐史浩オフィシャルサイト