セルフエンパワーメントの体験談
ひかりの輪で、実際セルフエンパワーメントの修行を行った人の体験談をご紹介します。
この修行は比較的やさしい修行ですが、その効果は大変高いことがこれら
の体験談からわかります。
理由の一つとして、密教法具の金剛杵を使うことがあげられます。この金剛杵から気のエネルギーが入ってくるため、霊的体験や神秘体験をしたり、深い瞑想に入りやすくなるようです。
法具一つ持つだけですが、驚くほどの効果があります。
●副代表・東京支部長 細川美香
金剛杵(ヴァジュラ)を持ち、セルフエンパワーメントの修行を行ったときのことです。「慈愛とは、慈悲とは」ということを意識しながら、弥勒菩薩の真言を唱え、瞑想を続けていると、まず、紫色の光が見え、そして次に青い色の光が見えてきました。そのまま瞑想を続けていると、金剛杵を持っている感覚がなくなりました。
その後、瞑想を続けてると、金剛杵を持った両手から、「ビリッ、ビリッ」という感覚で、両手に電流が流れて、体にエネルギーが流れていく体験をしました。 「利他の実践とは?」「自他の区別をなくすこととは?」ということを瞑想していると、エネルギーが頭頂に向かって集まり初め、まずは、紫色の光が見え、次は小さな白い光が見えてきて、それがだんだんと大きくなり、目の前で広がっていきました。
それと同時に、息をしていない自分に気が付き(それまでも、自分の息が微弱になり、息をする感覚が長くなっているという自覚はありました)、でも、気が付いてしまうと、苦しくなってしまい、息をしなくてはと思い、息を一生懸命し出すという体験をしました。
さらに、皆がセルフエンパワーメントの修行をしているこの空間は、非常に精神性・霊性が高くなっていて、他の人との体験の共有が生じていたようです。というのは、上祐代表も、私が青い色の光を見ていると感じており、さらに、「この修行の空間ならば、サマディ(心が静まり、呼吸をふくめた肉体の活動が非常に微弱になる超越的な瞑想状態)に入ることができると思う」と言われていたのでした。
こういった体験に加えて、最近では、金剛杵を持った手から、暖かいエネルギーが流れてきて、ふわっとした感覚を感じるようになりました。
※注意
誤解を避けるために明記しますが、ひかりの輪は、人を神としない、という原則があり、その一環として、いわゆる、超能力、超常的・神秘的な現象は、ヨーガ・仏教などの修行の中で、よく体験されるものの、それは、条件によって生じたり、生じなかったりする、非絶対的なものであって、誰かを神とする根拠には決してならず、さらには、全ての存在を愛するなどといった、人格の成熟にかわるものではないとしています。
また、その上で、逆にそういった超常的な現象自体を全面的に否定することもまた、不自然であると考えています。
●名古屋支部長 山口雅彦
セルフエンパワーメントの修行をしたときの体験です。
金剛杵(ヴァジュラ)を手に持って、金剛定印の手印を組んでしばらくすると、両腕からエネルギーが上がり、頭頂がしびれだしました。そのうち、手・腕全体が微細にしびれているようで、金剛杵を持っている感覚もなくなってきて、思考も静まり、心が少しずつ静まってきました。呼吸も微弱になっていました。
その後、額あたりが強くしびれたようになってり、益々、ほとんど思考が停止した状態になりました。ついで、赤紫に近い赤い柔らかそうな球が見え出し、それとともに慈悲の気持ち
が湧き上がってきました。
そのとき、これは仏性の現われであり、本質であると思いました。さらに、
「これ」は自分のすべてを知っていると思いました。自分の潜在意識もすべて。理屈ぬきで直感的にそう思いました。
その後、深い瞑想状態に入ったため、体が固定された感じがして、呼吸をしていないように感じる状態になり、何回か呼吸をした後に、微弱なゆるやかな呼吸に戻っていきました。
意識は拡がっていて、慈悲の気持ちはずっと続いていました。赤い球も間歇的に見えていました。それと同時に感謝の気持ちも生じていました。
その体験があって何日かたっても、その感覚は残っていて、すべての衆生に仏性があることや、自分の本質はそれであることが以前にくらべ実感として思えるようになりました。こういう体験が日々できるよう精進していきたいと思います。
●音楽奉納部長 小林由紀
今年の朝の修行時間、薬師如来のマントラが病を癒すということで、縁ある人々がさまざまな病から解放されることを祈って唱えていた時のことです。衆生の病は自分の病であり、まず自分が心の病を治さなければと思いつつ、5分ほど唱えていると、久しぶりにチャンダリー(体内に神秘的な熱を経験するチベット密教の瞑想体験)が起こって、頭頂から甘露(チベット密教の瞑想体験で、心地よく冷たい液体のように感じるエネルギー)が落ちはじめました。
そのまま唱え続けていると、さらに甘露ははっきりと感じられるようになり、身体の各部に落ちて行くにつれて、痛みのある部分が、治って行きました。その後何日か、その甘露によって、喉から胸の部分において、気(エネルギー)の流れの滞りが解消したり、緊張感が解けたりして、浄化が続きました。この浄化のスピードの速さには驚きました。それから毎日の修行の時間には薬師如来のマントラを加えることにしました。
その次の週、スタッフの修行の日に、みんなでセルフエンパワーメントの修行をすることになりました。各自効果的な修行があれば、それを行うということだったので、金剛杵を手に持ち、私
は薬師如来のマントラを唱えることにしました。
いつものようにチャンダリーが起き、身体が楽になって行きました。30分ほど唱えた頃、代表が道場に来られて何の修行をしているか聞かれ、薬師如来のマントラと答えると、私の周りに青い光が見えていたということで、薬師如来や大日如来の世界と縁が深いのではないか、ということでした。
その時自分では色は意識していなかったのですが、目をつぶると確かに青くなっていました。その後、薬師如来の観想を加えて、引き続きマントラを唱え続けたのですが、しばらくするとだんだん心が広がって行き、目の前が明るいグリーンに変わって行きました。グリーンはターラー菩薩の色でもあり、薬師如来とターラー菩薩とは関係があるので、何かが連動して、このような色の世界に入るのだろうと思います。
その後も、薬師如来のマントラを唱えると必ずチャンダリーが起こり、何時間か続きます。最近は、マントラを唱えなくても、薬師如来の話をするだけで起こることがわかりました。逆に、薬師如来に意識を向けないでいると、1日で起こらなくなります。
このように顕著に効果が現れると、もう薬師如来や他の仏陀が自分のそばにいるように感じ、修行をしよう、という気持ちになると共に、安心感があります。
これは、修行をせねばならない、という強迫観念的な意識ではなくて、気(エネルギー)の流れをよくするために、リラックスすることを含めて、バランスの取った修行を自由に行おう、という意識です。その意味で、まさに、心身の病を治す、といわれる薬師如来の癒しの力を感じました。
しばらくは、自分と同じである衆生がさまざまな病から解放されることを祈って、このマントラ修行を続けていこうと思います。
●長野小諸支部長 斎藤友希
初めてセルフエンパワーメントの修行をした時は、何にどのように集中したらいいのかよくわからなかったのですが、とにかく金剛定印を組んで弥勒の真言を唱えながら、弥勒半跏思惟像をイメージしてそこに集中してみました。
すると弥勒像の奥に深く広がる宇宙空間のような意識を感じ、感じるままにどんどんと意識を深く広げていくと、とても静かな、安定した、落ち着いた気持ちになることができました。初めての修行では、そこまでの体験で終わりました。
その後何日かして、同じように金剛定印を組んで弥勒の真言を唱えながら、弥勒像をイメージしていると、いつものように弥勒像の奥に意識が広がっていき、その後どこからか観音菩薩のイメージが出てきました。
軽くて明るい感じで、しばらくその観音様に集中していると、今度は今までに出会った様々な人たちが出てきて、その時に「なぁんだ、みんな私の中にいたんだ。みんな一緒なんじゃない。」そんな思いが湧いてきて、みんなが混ざり合っているような溶け合っているような、そんな感じでした。
そのときの心はとても明るくて、うれしいというか幸せというか、とても愛おしくて、なんとも言えない満たされた気持ちでした。瞑想を終わった時、この気持ちをいつまでも大切にしたいと思いました。
そして、この先セルフエンパワーメントの修行を続けることで、どんな世界、どんな心を体験させてもらえるのか、そう思うと、修行が少しだけ楽しくなった気がします。
●大阪支部長 田実恵理子
セルフエンパワーメント修行について(1)
最近の修行日のことです。儀式ヨーガを終えたあと上祐代表からいただいた「特別聖音水」を飲み「釈迦牟尼の真言」を唱えていました。
このとき金剛杵を手に持ち手印を組んで唱えていたのですが、なんとも表 しがたいのですが、真言と自分の肉体と法具が一体化したような感じになりました。私は真言に集中する修行はどちらかというと苦手ですが、このときはいくらでも集中ができ、真言を唱えるたびに気持ちよくなり非常に満たされた意識状態になり「この真言をずっと唱えていたい」と思っていました。
ほどなく次の修行メニューになり唱えるのをやめなければいけなくなったのですが「できればこの時間が終わらないでほしい」と考えてしまうほどの至福を感じていました。もしかすると、仏教の経典にある「悦」とか、そういった瞑想状態に近かったのかもしれません。そばにいた法友に聞いてみるとその人も「今すごく気持ちよかったね」と言っていました。
セルフエンパワーメント修行について(2)
年末年始セミナーの後数日集中した修行をすることができました。当初は疲れにより眠気などもでて基礎的な浄化に時間がかかってしまいまともに修行できたと思えるのは一日半くらいという悲惨な状況でした。そのため修行中は変化にあまり気づかなかったのですが。支部に帰り日々の活動に戻ってみると自分の状態がまったく変わっていることにきづきました。
まずアナハタチャクラのかなりの浄化と喉の一部浄化等により、修行前は倦怠感があったのですが心身が非常に軽くほとんど疲れない状態になりました。脳が掃除されたかと思うように意識が覚醒し思考が非常にスムーズに働くといったような細かいこともいろいろありましたが、なんといっても感じたのは、エゴがすーっと消えていき(実際は一時的なものではありますが)周りの人や物、風景などに自分が溶けあっているような、一部になっているようなそんな感覚が生じました。
無色瞑想など、自と他の区別を越える瞑想を修行中していましたので、その一部を垣間見る体験をさせていただいたのではないかと思います。






