7月4日 千葉道場説法会レポート~修行の活力になった説法~
(2009年08月08日)
7月4日に千葉支部で説法会が行われました。その模様を会員さんがレポートしてくださったので、ご紹介します。
7月4日に行われた千葉道場説法会レポートです。
今回の説法は、上祐代表の体調が万全ではないということでしたが、説法の内容は有意義なものが多かったように思います。
代表は数日前に、個人祭壇の浄化を3件行ったということです。個人祭壇の浄化を行った方々の自宅は、見違えるほどヴァイブレーションがよくなったということです。
今回の説法の主題は、
1.許すこと
2.与えることの大切さ
3.他の成長を信じること
でした。
それでは以下に説法の概要を示します。
☆まず許すことについて。
他人のダメなところを許せない人は、自分のダメなところも許せない。
よって他人のダメなところを許せない人は、自分で自分を責めてしまうようになる。
また、他人を許せない人は、自分は他人から許されていないと感じるようになってしまう。
そして、恨みが強い人は、(自分も他人から恨まれていて)自分は他人から嫌われているという妄想をしがちで、実際に人から嫌われている人が多い。
また、恨みが強い人は、恨みの心の働きにより自分のナーディーを締め付けるので、体にも痛みなどの影響・反応が出る場合がある。
ナーディー(エネルギーの流れ道)の各部所の詰まりによる症状は、 アナハタ・チャクラが詰まっていると、吐き気、頭痛。
ヴィシュッダ・チャクラが詰まっていると精神的な落ち着きがなく、なかなか寝られないなどの症状が出る。
よって徳川家康の言葉にあるように、「怒りは敵と思え」の実践が大事である。
☆次に与えることの大切さについて。
貪りと反対の心の働きが、与えるである。
貪りが強いと、正しく信仰することは難しい。
なぜならば、神々は必要なものしか与えないので、必要以上のものは神々からは与えられない。
よって必要以上のものを貪り求めると、それが神々からは与えられないので、その結果、神々を逆恨みして、神の存在を否定したりするようになってしまう。
また、貪りが強いと、(もっと手に入れたいという気持ちから)焦りも強くなり、その結果、自分の力でなんとかしようと焦ってしまい、独りよがりになりがちである。
その結果、この独りよがりにより、空回りをしてしまい、成功できないということになる。
貪りと逆の実践であるバクティヨーガ(奉仕)を正しく実践するためには、神への信愛と智慧が必要である。
バクティヨーガを正しく実践していると、そのところどころで自分が神々から守護されていると感じることができる。
☆他の成長を信じることについて。
他人の成長を信じるためには、大きな忍耐と心の自己管理が必要である。
他人をやさしく育むためには、自分の中の怒りを強い意志で抑えて、自己を制御・管理しなければならない。
本当のやさしさの背景には強い忍耐の心があるのである。
というような説法の内容でした。
この後、会員の質問から「ひかりの輪版 エクソシスト」の話や、先日亡くなられたマイケル・ジャクソンに対する代表の感想・見解などの話があり、いつもと毛色が変わって盛り上がった説法会でした。
許すことについては、以前の代表の説法に「仮面人間」のお話がありましたが、仮面の下に隠している自分自身の汚い部分を認めて受け入れること、これが大切なことだなあと改めて思いました。
他人より優れている部分も自分、他人より劣っている部分も自分。きれいな部分も自分であり、汚い部分も自分であると。
こういう自分を全部受容できれば、自分の心の投影である他人も受容できることになるわけで、難しいことですが、理にかなった説法だと思いました。
また、与えることの大切さのお話しで思ったことは、功徳を積むことの大切さと、カルマの法則は絶対なんだなということです。
私たちが何かを得るということは、その裏で誰かがそれを失っているということです。
つまり誰かから奪うことによって、自分のものになるわけです。
よって、カルマの法則により、他人から奪って得たものは、いつか失う(奪われる)運命にあるということになります。
これとは逆に、神々の意思に従って、先に誰かに与えて功徳を積めば、必要なものが自然と神々から与えられることになります。
カルマの法則は絶妙な法則だなあと改めて思いました。
それともう一言。これも以前の上祐代表の説法にあった観音様についてです。
観音様(あるいは神様)には自と他の区別がありません。
つまり観音様はすべての魂に対して平等です。
よって観音様は誰か特定の個人の、個人的な願いを叶えるということはありません。
なぜならば、だれかの個人的な願いを叶えるということは、願いを叶える人と叶えない人を区別することになってしまうからです。
それゆえに、観音様が叶えてくれる望みは、個人的な望みではなく、正しく多くの魂を利するための望みだけです。
(逆に個人的な願望で手に入れたものは、観音様の意思に叶っていないので、いずれ壊れる運命にあります。)
以前の代表の観音様のお話と、今日の代表のお話しは符合するなあと思いました。
また、説法会に参加した会員のみなさんから次のような感想がありました。
「他人を許せないときのメカニズムを具体的に分かりやすく説かれていて、なるほどなぁと思いました。」
「自分を許すことと他を許すことは、同時に起こる境地なのだなと納得しました。
また、神仏の祝福というものは、貪りや焦りがある状態では感じにくいということも納得しました。」
「マイケル・ジャクソンの話とか色々聞けて楽しかったです 。「ひかりの輪」が今後どんな団体と関わっていくのかも楽しみです。 今はその準備段階としてきちんと浄化をして心身ともに綺麗になり、しっかり教学して安定した心をつくりたいと思いました。 」
「『神々という目に見えないものを信じるには、智慧が必要』という言葉が印象に残りました。目から鱗が落ちた気がしました。」
「日常生活の中で、いろいろな人達と接するとき生起してしまう悪い心の働きを反省するのに、とても役に立つよいお話だったと思いました。 」
「日々生活していると、どうしても自分の事ばかり気にとめてしまいがちですが、今日の説法を聞いて"独りよがりにならないように"と、神々に言われている気がしました。」
などなどの感想が寄せられました。
今回の説法の内容はバラエティーに富んでいて、いろいろとみなさんの印象に残って、今後の修行の活力になったようです。
そんな千葉道場の説法会でした。
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7月4日に行われた千葉道場説法会レポートです。
今回の説法は、上祐代表の体調が万全ではないということでしたが、説法の内容は有意義なものが多かったように思います。
代表は数日前に、個人祭壇の浄化を3件行ったということです。個人祭壇の浄化を行った方々の自宅は、見違えるほどヴァイブレーションがよくなったということです。
今回の説法の主題は、
1.許すこと
2.与えることの大切さ
3.他の成長を信じること
でした。
それでは以下に説法の概要を示します。
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☆まず許すことについて。
他人のダメなところを許せない人は、自分のダメなところも許せない。
よって他人のダメなところを許せない人は、自分で自分を責めてしまうようになる。
また、他人を許せない人は、自分は他人から許されていないと感じるようになってしまう。
そして、恨みが強い人は、(自分も他人から恨まれていて)自分は他人から嫌われているという妄想をしがちで、実際に人から嫌われている人が多い。
また、恨みが強い人は、恨みの心の働きにより自分のナーディーを締め付けるので、体にも痛みなどの影響・反応が出る場合がある。
ナーディー(エネルギーの流れ道)の各部所の詰まりによる症状は、 アナハタ・チャクラが詰まっていると、吐き気、頭痛。
ヴィシュッダ・チャクラが詰まっていると精神的な落ち着きがなく、なかなか寝られないなどの症状が出る。
よって徳川家康の言葉にあるように、「怒りは敵と思え」の実践が大事である。
☆次に与えることの大切さについて。
貪りと反対の心の働きが、与えるである。
貪りが強いと、正しく信仰することは難しい。
なぜならば、神々は必要なものしか与えないので、必要以上のものは神々からは与えられない。
よって必要以上のものを貪り求めると、それが神々からは与えられないので、その結果、神々を逆恨みして、神の存在を否定したりするようになってしまう。
また、貪りが強いと、(もっと手に入れたいという気持ちから)焦りも強くなり、その結果、自分の力でなんとかしようと焦ってしまい、独りよがりになりがちである。
その結果、この独りよがりにより、空回りをしてしまい、成功できないということになる。
貪りと逆の実践であるバクティヨーガ(奉仕)を正しく実践するためには、神への信愛と智慧が必要である。
バクティヨーガを正しく実践していると、そのところどころで自分が神々から守護されていると感じることができる。
☆他の成長を信じることについて。
他人の成長を信じるためには、大きな忍耐と心の自己管理が必要である。
他人をやさしく育むためには、自分の中の怒りを強い意志で抑えて、自己を制御・管理しなければならない。
本当のやさしさの背景には強い忍耐の心があるのである。
というような説法の内容でした。
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この後、会員の質問から「ひかりの輪版 エクソシスト」の話や、先日亡くなられたマイケル・ジャクソンに対する代表の感想・見解などの話があり、いつもと毛色が変わって盛り上がった説法会でした。
許すことについては、以前の代表の説法に「仮面人間」のお話がありましたが、仮面の下に隠している自分自身の汚い部分を認めて受け入れること、これが大切なことだなあと改めて思いました。
他人より優れている部分も自分、他人より劣っている部分も自分。きれいな部分も自分であり、汚い部分も自分であると。
こういう自分を全部受容できれば、自分の心の投影である他人も受容できることになるわけで、難しいことですが、理にかなった説法だと思いました。
また、与えることの大切さのお話しで思ったことは、功徳を積むことの大切さと、カルマの法則は絶対なんだなということです。
私たちが何かを得るということは、その裏で誰かがそれを失っているということです。
つまり誰かから奪うことによって、自分のものになるわけです。
よって、カルマの法則により、他人から奪って得たものは、いつか失う(奪われる)運命にあるということになります。
これとは逆に、神々の意思に従って、先に誰かに与えて功徳を積めば、必要なものが自然と神々から与えられることになります。
カルマの法則は絶妙な法則だなあと改めて思いました。
それともう一言。これも以前の上祐代表の説法にあった観音様についてです。
観音様(あるいは神様)には自と他の区別がありません。
つまり観音様はすべての魂に対して平等です。
よって観音様は誰か特定の個人の、個人的な願いを叶えるということはありません。
なぜならば、だれかの個人的な願いを叶えるということは、願いを叶える人と叶えない人を区別することになってしまうからです。
それゆえに、観音様が叶えてくれる望みは、個人的な望みではなく、正しく多くの魂を利するための望みだけです。
(逆に個人的な願望で手に入れたものは、観音様の意思に叶っていないので、いずれ壊れる運命にあります。)
以前の代表の観音様のお話と、今日の代表のお話しは符合するなあと思いました。
また、説法会に参加した会員のみなさんから次のような感想がありました。
「他人を許せないときのメカニズムを具体的に分かりやすく説かれていて、なるほどなぁと思いました。」
「自分を許すことと他を許すことは、同時に起こる境地なのだなと納得しました。
また、神仏の祝福というものは、貪りや焦りがある状態では感じにくいということも納得しました。」
「マイケル・ジャクソンの話とか色々聞けて楽しかったです 。「ひかりの輪」が今後どんな団体と関わっていくのかも楽しみです。 今はその準備段階としてきちんと浄化をして心身ともに綺麗になり、しっかり教学して安定した心をつくりたいと思いました。 」
「『神々という目に見えないものを信じるには、智慧が必要』という言葉が印象に残りました。目から鱗が落ちた気がしました。」
「日常生活の中で、いろいろな人達と接するとき生起してしまう悪い心の働きを反省するのに、とても役に立つよいお話だったと思いました。 」
「日々生活していると、どうしても自分の事ばかり気にとめてしまいがちですが、今日の説法を聞いて"独りよがりにならないように"と、神々に言われている気がしました。」
などなどの感想が寄せられました。
今回の説法の内容はバラエティーに富んでいて、いろいろとみなさんの印象に残って、今後の修行の活力になったようです。
そんな千葉道場の説法会でした。







