聖地巡礼
ひかりの輪で訪れた各聖地のご紹介や、聖地巡礼修行をご紹介しています

2010.01.03 大洗・鹿島・鋸山への新年の参拝

【大洗・鹿島・鋸山レポート2】鹿島神宮での新年の参拝

 大洗の初日の出を拝んだ後は、千葉県の鹿島神宮(茨城県鹿嶋市宮中)を参拝しました。
 古代において「神宮」と公認されていたのは、伊勢神宮を除けば、鹿島と香取だけだったことから、相当の高い権威が認められていたことがうかがえますが、そのためか、新年の鹿島神宮は、初詣に来られた多くの人でとても賑わっていました。

 

kashima001

 

◆巡礼の流れ――建御雷神と建御名方神、鹿島と諏訪のつながり

 この鹿島神宮の御祭神である建御雷神(タケミカヅチノカミ)は、高天の原の天照大神により地上にあるこの国を治めるために遣わされ、はじめて国を譲らせることに成功した、大変力の強い神であると『古事記』に伝えられています。

 地上に降りてきた建御雷神は、先の【大洗磯前神社】の磯に出現されたという出雲の国を治めていた大己貴命と交渉し、その過程で、国を譲ることに異を唱えた大己貴命の息子である建御名方神(タケミナカタノカミ)との戦いで勝利を治めました。

 そして、諏訪まで追われて負けた建御名方神は、諏訪大社に祀られることとなり、建御雷神はその他の地を治めた後、鹿島神宮に鎮座したと伝わります。

 

kashima

 

 その諏訪大社へは、今回の一つ前の【諏訪聖地巡礼(昨年10月)】で参拝させていただいていて、その次に、今回、鹿島神宮を参拝する流れとなり、諏訪の建御名方神、鹿島の建御雷神、そして国譲り神話に関連する旅となっていることが感じられました。

 しかも鹿島神宮は、諏訪大社のご神体である守屋山のちょうど真東に位置しているという不思議な関係にあるそうなので、ここでも、鹿島と諏訪のつながりが感じられます。

 また、諏訪を通っている中央構造線は、この鹿島にもつながっているとされており、そこからも諏訪大社、そして直前にお参りした同じく東の果てといわれている大洗磯前神社とも関連しています。

 

kouzousenn

             (大鹿村中央構造線博物館HPより転載)

 

 このように日本最古の書である『古事記』の神話と関連する場所を巡っていると、その『古事記』が、生き生きと蘇って感じられてくる気がし、わくわくしてきます。

 

◆水の神としてのタケミカヅチノカミ

 参道を進み、奥へと入っていくと、御手洗池という清らかな水の湧く、神秘的な雰囲気の池がありました。

kashima003

 

 この池は、古来より、大人が入っても子供が入っても乳を越えることはなく、干ばつにも涸れたことのない霊泉であると言い伝えられ、毎年1月の寒い時期に、この池で、大寒禊が行われています。

 この池は、この地方では、飲用できる水の湧く唯一の場所であり、このあたり一帯は利根川や霞ヶ浦、鹿島灘など水に恵まれた水郷でもあるので、この鹿島信仰の根底には、水の神の信仰があるのでしょう。

 ここでは、霊泉の水をいただき、普段遣っている法具を浄めさせていただきました。

 

kashima004

 

 

◆奥社の要石

次は、奥社を参拝させていただきました。

 

kashima005

 

 

 ここには「要石」という石が祀られています。この石は本来、神が降臨する磐座だったと考えられ、また、この石が地震を起こす鯰の頭を押さえているといわれています。鹿島の神は、地震の神でもあります。

 

  kashima006 kashima011

 

 参道の辻には、鯰を押さえた建御雷神のお姿が掘られた大きな石碑がありました。

kashima007

 

 

◆蛇神の本質を内在させながら、雷神として知られてきた

  建御雷神は、その名にある通り「雷」の神として知られていますが、その本質が蛇の神であるという、たいへん興味深い記述を目にしました。

------------------------------------------------------------------


 タケミカヅチノカミの、タケは美称、ミカヅチは「甕ツ蛇(ミカツチ)」と読むことができる。
『常陸国風土記』に、ヌカヒメという蛇巫(へびふ)(神である蛇を祀り、神託を受ける者)が、神蛇を甕(かめ)の中で飼養していたことを示す伝承がある。それならば蛇は、甕の主ということになる。日本人の常として、容器はその内容物を象徴するから、この場合も蛇を飼養していた容器まで神聖視され、祭祀の対象となっている。
 この神蛇は後に雷神となる経緯が、『雄略紀』にある。三輪山の神蛇が見たくて、一度はこれを捕らえさせてみたものの、その眼光に恐れをなした天皇は、蛇を再び山に放ち、これに「雷」の名を賜った、という話である。
 しかし、まぶたがなくまばたきをしない蛇の目は、光の源泉としてとらえられ、蛇と雷は非常に古い時代から日本人によって集合されていたと思われる。(『吉野裕子全集 第5巻』人文書院 より)


------------------------------------------------------------------

 大自然と大自然に生きる生きものを神として感じていた古代人の姿が目に浮かぶように感じられるお話でした。また、次の巡礼は三輪山となっていますので、そのつながりも興味が惹かれます。

 

◆鹿島神宮の神鹿

  帰りの参道で、鹿島神宮境内で大切にされている鹿たちにご挨拶しました。

 

kashima008

 

 建御雷神は、この地が藤原鎌足(天智天皇に仕えた、大化の改新を断行した中臣鎌足)の故郷であることから、藤原氏の氏神として奈良の春日大社に分霊されました。その建御雷神のご神体は、鹿の背に載せられて運ばれたと伝えられ、実際に、その神鹿の子孫が、奈良の春日大社に生きていると伝わっています。

 

◆神仏習合と親鸞聖人

 その脇には、かつて鹿島神宮が神仏習合であったことを偲ばせる石碑がありました。
この鹿島神宮には、茨城県中部の稲田に草庵を結ばれた親鸞聖人がしばしば訪れたそうで、仏教の聖典も豊富に納められていたと伝えられています。

 

kashima009

 

 

 次は、鋸山へと向かいます。

 

<<< 前へ【【奈良・ヤマト聖地巡礼2】2日目 奈良と三輪山近辺の巡礼 (2月28日)】

次へ【2010年2月 奈良・ヤマト聖地巡礼 参加者の感想1】 >>>

一般の方のために
外部監査委員会
ひかりの輪を監査する「外部監査委員会」のサイト〈河野義行委員長監修〉
アレフ問題
アレフ洗脳被害のご相談窓口もこちら,アレフの盲信脱却法も掲載。
地域のみなさまへ
地域の住民のみなさまに向けて、団体の活動や、疑問へのお返事を公開。
ポータルサイト
二十歳からの20年間
3月1日、全国書店で発売中。
「ひかりの輪」代表 上祐史浩オフィシャルサイト
ひかりの輪 ネット道場
どなたでも、道場でご提供している教えや修行法を、ネットを通じてご自宅から学んでいただけます。