聖地巡礼
ひかりの輪で訪れた各聖地のご紹介や、聖地巡礼修行をご紹介しています

2010年10月 日光聖地巡礼

【日光レポート2】10月9日 二荒山神社、常行堂

◆二荒山神社

だんだんと雨が強くなってくる中、滝尾神社の坂を下り、次は二荒山神社を参拝しました。

 

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ここではまず、鳥居前にて、聖地巡礼では初の試みのUSTRAMのライブ中継を行いました。

電波状況もまずまずで、無事中継できて一安心です。

録画動画はこちらでご覧になれます。

 

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この二荒山神社は、日光の三つ聖山を「二荒山大神」という神としてお祀りしている、原初の山岳信仰を守る神社で、8世紀後半(766年)、日光開山の祖・勝道上人がこの地に紫雲立寺という寺を建て、その翌年に二荒山の神を祭る祠を建てたのが始まりと伝えられています。

勝道上人が、日光を開山した当時、開山を神仏に助けていただいたり、大自然の神秘が現れたという、さまざまな逸話が残されています。
例えば、日光の入口にある橋には、勝道上人が川を渡れず困り果て、神仏に祈願すると、大蛇が現れ、その身体が橋となって無事渡ることができたことや、紫色の雲がたなびくという奇瑞が現れた地に寺を建てたことなどがあります。

そして、興味深いのは、この地が神仏習合の霊場であるところです。

この神社の「二荒山」の名は、神道ではなく、仏典に由来していて、そのきっかけは、勝道上人がこの地にて観音菩薩を感得したことにあるのです。
インドの仏典では、観音菩薩の聖地は「ポータラカ」と記されており、漢訳仏典では補陀落(ふだらく)と音写されました。
 そこで勝道上人は、登拝に成功した現在の男体山を二荒(ふたあら)山と名付け、宮を立て、二荒山は神仏習合の霊場として栄えることとなったのです。

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なお、その「二荒」山が、弘法大師空海によって二荒(にこう)と音読みされ、日光(にっこう)という漢字が当てられるようになったといわれています。

境内には、清らかな水が湧き、祀られていたり、杉の巨木が祀られていたりと、自然がお祀りされていて、男体山の神である大国主神を祀る大国殿もあります。

 

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                                              (水の湧く所)

 

 

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                                                (杉のご神木)

 

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                                                   ( 大黒殿の内部 )

 

境内のいろいろなところを参拝させていただきました。

なお、この二荒山神社の境内(御神域)は、たいへん広大で、日光国立公園の中枢をなす日光連山をはじめとして、華厳の滝やいろは坂を含む3,400ヘクタールにおよぶ伊勢神宮に次ぐ広域となっているのだそうです。

 


◆常行堂

そして、二荒山神社の隣にある、常行堂を参拝しました。
こちらも、後述する輪王寺に付属する寺院です。
天台宗の修行である常行三昧の修行者が、名号を唱えながら阿弥陀仏の周囲を巡ることができるように設計されています。
ここで90日間唱え続け、巡り続ければ阿弥陀仏に会えるといわれています。

 

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                        ( 常行堂  )

 

また、阿弥陀仏のちょうど背後にあたる暗い後戸(うしろど)の空間に、摩多羅神(またらじん)という謎の神が祀られています。寺院の中に、神社がありました。
魔多羅神は、背後の空間から、阿弥陀仏のおこなう救済の働きを守護しているといわれ、この摩多羅神の正体は、またら=マハーカーラ=大黒天(神道でいう大国主命)との説があります。

これらの参拝を午前中で終え、昼食は、地元の名物の湯葉を使った食事をいただきました。

 

 

(2010年10月9日 実施)

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