【2月21日 京都レポート5】宇治川・宇治上神社・興聖寺
●宇治上神社--平等院の鎮守社として、頼通がもう一つの願いを託した社
平等院の参拝を終えたわたしたちは、宇治川へと歩いていきました。
宇治は、源氏物語の『宇治十帖』で有名な場所ですが、清らかな宇治川に山の緑が映える、文字通り風光明媚な地です。
琵琶湖から流れる豊かな宇治川が美しくきらめき、優しい雰囲気を醸し出していました。
橋を渡って、宇治上神社を参拝しました。宇治上神社は現存する日本最古(鎌倉時代)の神社建築として、世界遺産に登録されています。社殿は、仏徳山という山を背景としています。
鳥居をくぐると、「浄めの砂」という三角の砂が盛られていました。これは、古代より神の依代とされているものだそうで、上賀茂神社にも同じようなものがあるのを見たことがあります。
神社の起源は必ずしもはっきりしないそうなのですが、すぐ近くに宇治神社があり、明治維新前は両方を合わせて「宇治離宮明神」「八幡社」と呼ばれ、宇治神社を「下社・若宮」とするのに対して、宇治上神社は「上社・本宮」と呼ばれていたそうです。
平等院との関連では、鳳凰堂建立の8年後の1060年に、藤原頼通によって建立され、平等院の鎮守社とされたそうです。そして、頼道は、極楽浄土を平等院で、現世利益をこの神社で願ったといわれています。
わたしたちもそれに習い、参拝し、めいめいで、すべての人々の幸福への祈願をなしました。
境内には湧き水が沸いていました。この湧き水は「桐原水」と呼ばれ、宇治七名水の一つとされ、現在、現存するものは、これのみとなっているそうです。
●興聖寺--宋から帰国した道元の最初の寺
次に、すぐ近くの宇治川に面した山の中腹にある興聖寺(こうしょうじ)へと向かいました。
ここは、今話題の映画『道元』にも出てくるお寺で、禅宗である曹洞宗の開祖・道元が1233年、中国からの帰国後、伏見・深草の極楽寺跡(現宝塔寺)に創建した興聖宝林禅寺を始まりとするものです。
その後、道元が越前(福井)の永平寺に移ってからは衰退し、応仁の乱の兵火で焼失しましたが、寛永10年(1633)に復興し、今日では興聖寺が曹洞宗の修行道場ともなっています。
今回の巡礼のテーマの一つ「唯識」は、唯識瑜伽行派(ゆいしきゆがぎょうは)による教えであり、「瑜伽(ゆが)」という言葉通り、ヨーガ、瞑想、禅が根本としてあるものです。
この地では、その観点に基づいて、上祐代表からのお話がありました。
境内は、禅風の落ち着いた雰囲気で、それぞれ釈迦三尊像を祀る本堂を参拝させていただきました。
●宇治川のほとりでの儀式
宇治川のほとりを歩き、この日の終わりに、宇治川の中州で、祈願の儀式を行いました。
清らかな水と自然と歴史の豊かな宇治の真ん中で、すべての人々が苦悩から解放されることを願って、夕日に向かって、歌や演奏を捧げ、真言を唱え、この日の巡礼を終えました。
明日は、奈良巡礼です。






