【2月21日 京都レポート4】宇治平等院――極楽浄土を現世に
●宇治平等院--極楽浄土を現世に
次の参拝地は、京都南近郷の宇治市にある平等院鳳凰堂です。
境内に入り、まずは鳳凰堂を望める、浄土庭園の阿字池へと向かいました。名前の由来となった、鳳凰が羽を広げたような横長の形の鳳凰堂が、優美で軽快な姿で存在していました。
平等院鳳凰堂
わたしたちは、こちらの岸から、池向こうのかの岸に見える阿弥陀如来に手を合わせました。
この浄土庭園は、約20年前の発掘調査により、創建当時の姿が明らかになったという貴重な庭園で、当時は、宇治川の自然と一体化した開放的な空間であったそうです。
浄土庭園は『阿弥陀経』の極楽浄土の荘厳の記述を元に、その浄土を現世に現出させることを目的として作られたものです。確かに、この美しい庭園を見ていると、当時の貴族たちが激しく極楽浄土を願ったことが偲ばれます。
●阿弥陀の誓願--仏の救済の平等性
ここ平等院からは、その名前の由来から、阿弥陀如来の誓願として、仏の救済の平等性、衆生の平等性を学ぶことができます。
その阿弥陀の誓願とは、『無量寿経』の中に述べられている誓願です。
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阿弥陀如来は成道する前、ある国の王であったとき、その時代に出現した仏陀の説法を聴いて感動し、王の地位を捨てて出家し、法蔵菩薩という名の求道者として修行を重ねました。
そして、苦しんでいる人々を救済するために48の誓願を立てたのですが、その中の18番目と19番目の誓願が特によく知られています。
◎第18願◎
自分が仏となったときには、
十方の衆生がまごころこめて信じ願って、
私の国に生まれようとして、
一たび念ずるのでもいい、
あるいは十たび念ずるのでもいい、
そのようにしても極楽浄土に生まれる
ということが実現されないようなことがあったら、
自分は仏とはなりません。
ただ五逆の罪を犯した者と、
正しい教えを誹謗する者は除きます
◎第19願◎
自分が仏となったときに、
十方の衆生がさとりを得たいという心をおこして、
もろもろの功徳を修め、
まごころこめて願いをおこして
私の国に生まれようとしたならば、
命の終わるときに、
自分は大勢の聖者たちとともに
それに囲まれてその人の前に現れるであろう。
もし現れなかったら、自分は仏とはなりません
そして、法蔵菩薩は、長きにわたる修行の後、成仏して阿弥陀如来となり、西方極楽浄土を築き上げたので、この誓願はすでに成就したものとされています。
つまり、人々は、阿弥陀如来を念ずることによって極楽浄土に生まれることができるのであり、死の直前にその願いを起こすならば、阿弥陀如来が極楽浄土からお迎えにきてくださるのであると、説かれています。
なお、極楽浄土に往生することが目的であるかのように一般には誤解されていることが多いのですが、実際は極楽浄土に往生した後、修行して、成仏していくというのが本来のあり方です。
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●平等院鳳凰堂(阿弥陀堂)内部
さて、いよいよ、平等院右手の朱色の二橋を渡り、鳳凰堂の内部を参拝しました。
中央には巨大な阿弥陀仏が座し、豪華な天蓋が真上を飾っています。
そしてその周りを、雲の中にたくさんの供養菩薩--踊るもの、さまざまな楽器を奏でるもの、印を結ぶものなどが軽やかに舞い立ち、立体感を醸し出していました。
ここで、わたしたちは、阿弥陀如来を参拝し、この現世を浄土と見、すべての人々を仏の現れと見る教えの体感や、この世を浄土とせんとするすべての人々の幸福の祈願などを行いました。
さて、当時の天井などの極彩色の彩色、扉に、四季折々の風景とともに描かれた阿弥陀の九品来迎図などは、CGによって現代によみがえった姿で、隣接する平等院ミュージアムで拝観することができましたが、たいへん美しい日本風の色づかいが印象的でした。
●平等院建立の背景--末法思想と阿弥陀信仰
最後に、平等院建立の歴史的な背景について触れておきたいと思います。
平等院は、11世紀(1052年)に、藤原頼道が、父である時の権力者・藤原道長の別荘を、仏寺に変更したのが寺としての起源とされています。
平等院が仏寺となった年である1052年は、最澄著の『末法灯明記』により、「末法初年」とされていたため、末法思想が当時の貴族や僧侶らの心をとらえ、極楽往生を願う浄土信仰が社会の各層に広く流行していた時代です。
末法思想とは、釈迦牟の入滅から1500年目(または2000年目)以降は、仏法がすたれ、天災人災が続き、世の中は乱れるとする思想です。
このような背景で、その翌年である1053年に、西方極楽浄土をこの世に出現させたような阿弥陀堂(現・鳳凰堂)は建立されました。
当時の貴族は、極楽往生を願い、再訪極楽浄土の教主とされる阿弥陀如来を祀る仏堂をさかんに造営したといわれていますが、現代に生きるわたしたちは、この世を浄土と見、心の中に浄土を見ていきたいと思います。






