その1 会津――かつての仏教都市
3月の1日と2日の土日に、関東地方の会員の方々と共に、福島県・会津へ、会津薬師巡礼へ行ってきました。レポートが少し遅れてしまいましたが、たいへんよいところでしたので、何回かに分けて、ご紹介したいと思います。
今回も、その地の恵みに触れることができ、ありがたく、うれしい巡礼となりました。
会津にはいろいろな見どころがあるのですが、その中で今回は、会津五薬師信仰の巡礼、薬師如来が祀られている温泉の恵みに触れること、そして、東北のこの地にもある、空海ゆかりのお寺の巡礼などを行いました。
会津は、かつて仏教都市としてたいへん栄えた地で、平安時代には奥州の仏教文化の中心地だったそうです。
残念ながら、伊達政宗や平泉の藤原氏の会津侵攻、そして戊辰戦争でかなりの文化財が焼滅してしまい、現在、その面影はほとんどないのですが、残された寺社からも、昔の信仰のようすをうかがい知ることができるような場所でした。
慧日寺跡の看板
その、仏教文化が花開くきっかけとなったのは、平安時代初期に起こった、会津磐梯山の大噴火で、それは、遠く離れた京都の朝廷まで震撼させたほどの大変なものであったといわれています。
冬の会津磐梯山(1819m)
それを鎮めるために、弘法大師空海が、朝廷に「火山鎮火」を命じられて会津にやって来て、その後、徳一という高僧が、会津が仏教都市となる基礎を築いたといわれています。
徳一廟(徳一の墓と伝えられる)
会津には、徳一ゆかりの慧日寺跡という、かつての仏教文化の中心地があります。以前に一度行ったことがあるのですが、その素朴さと信仰の深さのようなものに、惹かれるものがありました。
今の季節は、まだ雪に埋もれて入れない時期なので、いずれ、雪が溶けたら、ぜひ訪れてみたいと思っています。
慧日寺跡看板より
そして、徳一のことだけでなく、弘法大師空海といえば、最近巡礼した高野山。そして京都の東寺が有名ですが、意外にもこの東北の地まで空海が足を伸ばしていた、ということも知り、興味は深まったのでした。この辺はもっと詳しく調べていきたいと思います。(つづく)
高野山






