2月3日 節分祭と採燈護摩 天河にて
祝詞奏上や玉串奉納、美しい音色の笛の奉奏などが厳かに行われています。神社で聴く奉納演奏は、透明で、心がこもっていて、いつ聴いても心洗われる気持ちになります。
そして村の年男・年女による、豆まきが始まりました。
「鬼は~うち~」「福は~うち~」と唱えられ、福豆が撒かれました。鬼を内に。みな福豆を喜び競っていただいていました。
お二人の修験者が、松明で神火を受けていました。この修験者は、聖護院門跡の流れを汲む方たちだそうです。
たくさんの修験者が、一斉に法螺貝を奉奏していました。
神主と修験者が一体となっての神事。
珍しい、神仏習合の神事です。
そして、神火を先頭に、修験者の方が護摩壇へ向かわれ、参列者も後に続きました。外は雪が降っています。
神社の境内に組まれた大きな護摩壇に、火が入りました。もくもくと煙が上がっていき、しばらくすると炎が燃え上がりました。
辺りは煙で一杯になり、祝詞やお経、真言が次々に唱えられ、護摩木のお焚きあげが行われていました。
護摩は、人間の煩悩を焼き尽くす悟りのための炎でもあり、平和・幸福への祈りでもあり、こうして多くの人が集まって祈りを捧げる祭りは、たいへんすばらしいものだと感じました。
護摩が終わると、その場は節分祭の直会(なおらい)となり、村の方々手作りのお汁粉やお神酒、その年の吉方に向かって巻き寿司を食べるという"がぶり寿司"が振舞われました。ほんとうにあたたかい風習です。
こうして節分祭は終わりました。古来の信仰が継承されているこの山里の祭りは、厳かで、楽しくて、あたたかく、神秘的で、生き生きとしたものでした。
採燈護摩の後は、夕方から、護摩による土器の野焼きという変わった護摩と、「世界の共存共栄と平和への願いを込めて」という奉納コンサートが行われていたので、それも見学させていただきました。
それぞれの祈りのかたちを見せていただいたように感じました。
コンサートでは、「ほんとうにここは、あたたかくやさしく、どんなものでも受け入れてくれる・・・」と演奏者の方は、感慨深くお話されていました。
この祭りの祈りのような心で、日々を生きたいと感じさせられた天河の節分祭でした。
明日は高野山へと向かいます。






