日記etc
スタッフによる日記やコラム

山口指導員『こころコロコロ日記』

卑屈を超える方法①

●「縁起の法・つながり」の理解が卑屈・傲慢を超える

卑屈さに悩んでいる方は多いと思います。
卑屈というのは、自己否定の心です。
「私はだめ」「私には価値がない」など。

その反対が「自分には価値がある」「私はすばらしい」という思い。
しかし、これは傲慢につながりやすい危険を孕んでいます。

傲慢は卑屈と裏表ですから、本来の自己肯定は傲慢でない自己肯定でなければ、いずれはまた卑屈に転じてしまうものです。

現代の自己責任という言葉は、卑屈と傲慢を生み出すものの考え方を表していると思います。

つまり、自分が努力し、自分の力で何かを達成した。俺はすごい!
逆に、自分には能力がなく何もできない。私はダメ。

これは、自分の力だけで達成したり、失敗したりした、という意識になっているのです。

しかし、果たして、自分だけの力で成功したり、失敗したりしているのでしょうか?

そんなことありえません。

自分が成功に至るためには、多くの人の努力、関わりという事象の積み重ね、それと時・タイミングということもあります。

「お陰様で」という言葉を最近はほとんど聞きません。私の祖父祖母の世代までの言葉だったように思います。
この言葉は、自分の力でなく、他のお陰でこうして無事でいられる、あるいはよいことがあった、ということを現わしています。そんな言葉が自然に出てくる意識が昔はあったのです。

そういう他に支えられて生きている(生かされている)実感なく、自分の力だけで成功や失敗を考えれば、傲慢、卑屈に陥っていくことになるでしょう。


 ※ここで、注意しておかなければならないことは、最近では失敗を他人だけのせいにするという人も多くいて、実はその場合も卑屈を増大させることになります。このことは、「卑屈を超える方法②」で紹介します。


そう、「他に支えられ」というのが縁起、つながりの法則なのです。

例えば、私たちは毎日食事をします。
美味しい、まずいとなにげに食べているときが多いのではないでしょうか。
しかしここで、このご飯(米)は自分が作ったのではなく、農家の方が手間暇かけて作ったものであり、また、産地からそれを運搬した人がいて、さらにお店で売ってくれる人がいて、そして、それを炊いて今自分が食べることができる、ということを考えてみる必要があります。

これてはお米だけでなく、他の野菜類もそうです。

また、人の力だけでなく、太陽、水、土、養分がなければ作物は育ちません。このように、多くの人、自然に支えられ、その恩恵によって日々食事ができ、生命を維持していくことができているのです。
いくらお金があっても、これらの人、自然の支えがなければ、食べ物は口に入りません。

なんと有り難いことでしょう!

今着ている服もそうです。材料栽培から糸にして、布を織り、服に仕立て、と自分で作ったわけではありません。それをしてくれた人々がいます。食べ物と同様多くの人、自然に支えられて、その恩恵をうけているのです。そして、毎日、服を着て生活できるのです。

では、雨風を凌ぎ、寒暑を凌ぐことができる家はどうでしょう。自分の持ち家でなくても、アパートやマンションでも、自分で材料から建てることまで自分でやった人はいないでしょう。 材料を作る人がいて、木を切り出す人がいて、運ぶ人がいて、建てる人がいて、そして今こうして、雨の日も、暑い日も、寒い日も安全に家で過ごすことができるのです。

このように、毎日私たちが恩恵を受けているものは、すべて他の支えによって享受できているのです。

なんと有り難いことでしょう!

これは、事実ですから、その事実に目(意識)を向ければ誰にでもわかります。
ただ、日常の中で目を向けていないので、日々そのようなことに思いが至らないのです。

さらにもっと、気づきにくいのが「空気」です。空気の恩恵を意識することはホントに少ないのではないでしょうか。
オギャア!と産まれてから一時もその恩恵に与らなかったことはありません。

ホントに合掌・感謝です。

こういうことを具体的に実感できると、感謝の気持ちが生じてきます。そして、それに続いて、「自分は他からこんなに恩恵を受けている、だったら自分も他に何かできることはないだろうか」という思いが自然に生じてきます。


このように、自分が多くの人、自然・宇宙に支えられ、恩恵を受けてて生きている(生かされている)ことが実感できると、それと同時に潜在意識の中には「自分は生きる価値がある」「自分は生きていていい」ということ(思い)が生じ、蓄積されます。

ですから、このように多くに支えられ生かされていることに感謝の思いを持てば持つほど、自分に価値があると思うようになって(それは表層で思うのではなく、潜在意識でそのことに気づく)、卑屈さはなくなっていきます。

これこそ、傲慢に陥ることのない自己肯定です。

人は自己存在意義を求めて生きるものですが、外側の人や現象に自分の価値を求めることは、傲慢・卑屈への道です。しかし、現に受けている恩恵に目を向けることで生じる自己価値は傲慢・卑屈に導くことなく、その逆に「生かされてある」ことへの感謝、謙虚さを生みます。

「生かされていること」「お陰様」を実感して生きていくことが幸福への道です。

落ち込み・卑屈を乗り越えたいと思っている方は、ぜひ、食事のとき上記のように、人、自然に恩恵を受けていることを思い描いて「いただきます」と食事をするようにしてみてください。30秒くらい食事の前に思えばいいのです。小さなことですが毎日積み重なれば、意識に変化が生じます。

さらに折に触れ、服や靴や家や・・・・いろんなものに目をむけて、支えられていること、つながっていることを実感してみてください。

そしていると、知らず知らずのうちに、卑屈、落ち込みやすい心が少なくなっていることに気づくことでしょう。

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