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スタッフによる日記やコラム

山口指導員『こころコロコロ日記』

卑屈を超える方法②

●カルマの法則の理解が卑屈を超える

前回に引き続き、「卑屈」を超える方法のお話です。

今回は、自分を責めるのではなく、他人を責める、あるいは他人のせいにすることが卑屈さを作り、増大するという話です。

「自分がこんな状況に陥ったのは、あなたのせい」と自分を省みることがないことは、どんな人でも状況によっては生じることでしょう。そして、そのように他人のせいにすることの結果、「卑屈」が生み出されるのです。

「他人のせい」にすることがどうして卑屈を生み出すことになるのでしょう?
その仕組みについてお話します。

「あの人のせいで私はこうなった」ということ=「私はあの人に翻弄された」ということです。さらにその認識は「私は自分を制御できない他に翻弄される無力な存在」という思いを生みだします。そして、「卑屈」へという図式です。

この認識・思いは表層の意識で生じるのではなく、潜在意識で自動的に生じる仕組みです。ですから、自分(表層の意識)では認識していません。

もう一度言います。

「私がこうなったのは、あなたのせい」と人のせいにするとき、それと同時に潜在意識に、「自分には何の力もなく外的現象に翻弄される無力な存在なんだ」という認識が生まれます。これは、「他人のせい」と思った瞬間、「自分は無力」という思いがこれはほとんど同時に生起するのです。これは自動的に生じます。

「人のせい」=「人に翻弄される」=「自分で自分をコントロールできない」→「無力」→「卑屈」という図式です。

このように人のせいにすることは、卑屈を増大させることになります。


ここ何年間か「モンスターペアレント」という言葉をよく聞くようになりました。
これは、クレイマーなわけですが、このような人たちも物ごとを「人のせい」にする人たちです。
一見、この人たちは強そうに見えますが、心の背景には「卑屈」が隠されているということが、上記の仕組みから理解できると思います。
事実を受け入れて我が身を振り返ることができれば、異常な批判・避難はしないでしょう。それができないからこその異常なクレームです。その背景は、事実を受け入れたら押しつぶされてしまう自分がいるのでしょう。事実を受け入れて耐えきれるほど、自己肯定がないのです。
こういう人たちは傲慢でしょう。傲慢と卑屈は裏返しであり、彼らは傲慢ではあるが、本当の自己肯定感はありません。そして、卑屈さを強く持っています。

今、私はこのような人たちを批判しているのではなく、傲慢と卑屈がセットであり、「他のせい」を主張することはそれを強めるということの例として、彼らのことを話題にしています。


話を戻します。
ですから、「卑屈」を超えるには、「他のせい」にしないということが必要になります。

そこで、「自分に起こることは、自分の為した行為の結果である」という「カルマの法則」が出てきます。

卑屈を超える方法=カルマの法則の理解を深め、それに則り現象を見る、ということになります。

ここで、「自分のせい」ということで、今度は逆に卑屈になるのではないか?という疑問が生じるかもしれません。

しかしそれは、前回ご紹介した「縁起の法、つながりの理解が卑屈を超える」を併せて行うことで解決されます。

「カルマの法則」も「縁起の法」の一部です。

極端な「自分が悪い」という思いも、極端な「他が悪い」も問題です。

「縁起の法」という物事の真の実相を説く法則を理解してこの両極端な心の働きから脱していくことが重要です。
それが「卑屈」を超える道です。

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