指導員紹介
「ひかりの輪」の指導員のご紹介です。

指導員

山口雅彦/名古屋支部長、ロシア人元オウム信者への脱却支援担当(行法・心理学)


  
 名古屋支部、ロシア人元オウム信者へのオウム信仰からの脱却支援、心理学部門、行法部門を担当している、山口雅彦をご紹介します。

山口は、大学で心理学を学んでいた視点から、オウムの持っている被害妄想的体質に気づいていったといいます。

 



◎学生のころからの生きる意味への模索と、母と友人の死

私は、中学後半から「なぜ、人は生きているのだろう?」という「生きる意味」に対する疑問が生じだしました。思春期によくある「はしか」のような疑問です。

高校、大学になってからもその問題は消えず、宗教(主に仏教)・哲学・心理学・教育・小説などさまざまな本を読みあさりました。もちろん、答えは出るものでなく、自分でもそんな問題を考えるのをやめようと何度も思いましたが、無駄でした。

大学一年のとき、私が子供のころからずっと病弱であった母が亡くなりました。それから半年後、山登りのサークルの友人が山で遭難死しました。ずっと病弱であった母の人生、若くしてこの世を去った友人の人生、その二人の死により、人生の意味、生きる意味をよりいっそう考えるようになりました。


◎オウム真理教への入会──自己の成長のため

就職は、ひょんなことから知的障害をもつ子供・大人の福祉施設で働くことになりました。知的障害を持つこの人たちがどう生きることが幸福なのか? そのために自分が何をしたらいいのか? 何をしてあげられるのか? 何ができるのか?と考える日々でした。
今まで考えてきたテーマそのものの仕事についたのです。仕事のやりがいはありました。

その一方で、自分自身の成長、宗教的・精神的なものを促進したいということで、瞑想やヨガを実践していました。本格的にやりたいということでオウム真理教に入信しました。 オウム真理教で修行を続けるうちに出家したいという気持ちが出てきて、入信から2年半後出家しました。


◎科学尊重主義への疑問

自分自身の生き難さと、この今の世の中のあり方、近代以降の物心二元論からはじまる科学尊重主義による物質的・精神的弊害に、これでよいのかという疑問、このままでは世の中は悲惨な状況にすすんでいくのではないか、そして、自分が生きている間に第三次世界大戦が起きるのではないかという思いが生じていました。それは、中学時代に話題になった五島勉さんの『ノストラダムスの大予言』が少なからず影響を与えていました。

このあたりの世を憂える心情は、連合赤軍事件まで起こした、新左翼の人たちにつながるものがあると思います。あさま山荘事件があったのは中学生のときでした。政治運動(左翼)は怖いなと思い、左翼運動には入っていきませんでした。あの事件により多くの人たちは、新左翼運動に対して否定的になっていき、私の大学時代には下火になっていまいした。
あさま山荘事件がそうであったように、オウムの事件も宗教というものに対する恐怖を多くの人たちに植え付け、それまで以上に日本人を新興宗教嫌いにしていったのだと思います。


◎オウムは個人の生き方、社会のあり方に対して、救済を打ち出していた

それはともかく、個人の生き方、社会のあり方この両方に対して、「救済」を打ち出していたオウム真理教は、まさに私の心にフィットしました。

オウム真理教のすべてをとんでもないものだとは思っていません。いわゆるヴァジラヤーナと言われている教義やキリスト教的予言の部分を除いた原始仏教、南伝仏教の部分、あるいは、その強引なやり方は別としてヨーガ行法の部分に関してはそれなりに評価できるものであると思っています。


◎「なぜ、事件を起こしたのですか?」

地下鉄サリン事件が起こったときは、支部活動をしていました。
その後も支部活動をしていた私は、事件が障害となって、多くの苦しみをもった人たちに法則によって苦しみを超えていく道を示せない状況になっていることで、「事件がなかったらなあ」という思いと「松本氏(当時は尊師)、なぜ事件起こしたのですか?」と心の中で問うことを何度も繰り返していました。

この問いを問うことは、事件はとんでもないことであるという事件否定につながり、ひいては松本氏に対する疑問につながることなので、それ以上追究することはしませんでした。松本氏を疑うことの恐怖がそうさせていました。

事件は、私たちにはわからない深い意味があるとか、マハームドラーであるということでおさめようとしていました。しかし、そのようなことで本当に心は納得していませんでした。自分をごまかしていただけです。


◎「真島事件」の衝撃

一連の事件の一番初めの「真島事件」について知ったとき、「なぜ、遺体を焼却することにしたのだろう?」という疑問が生じました。もちろん、自分たちに不利になるからであるわけですが、「だからと言って普通、法を犯すか?」という疑問です。「良心というものはないのか?」、「当たり前に考えて、やめようとは思わなかったのか?」。
弟子たちは、自分の良心に従って松本氏の指示を拒否する、ということができなくなっていたのでしょう。


◎被害妄想的体質だったことに気づく

この教団は比較的早い時期から、社会は自分たちに必要以上に危害を加えるのではないかというような被害妄想的体質だったんだと思いました。
それは、松本氏の意識の持ち方と関係しているのではないかと思います。

社会に対する被害妄想。障害者としての生い立ちから、被害者意識が芽生えていったのではないか。
自分は本来はもっと素晴らしい存在であるはずなのに、そうなれない自分の満足できない境遇は、障害を持つということで不当に扱われている結果ではないか、という思いがなかっただろうか?
オウム真理教の性格は、当然、教祖のカラーを強く反映しているだろう。そして、そのカラーに同調しやすい人たちが集まってこなかっただろうか?
卑屈・被害妄想とその裏返しの傲慢・誇大妄想をもつ者たちが。
社会の中で不器用なるがゆえに生きづらさを感じていたり、実際にちょっと蔑んでみられたり、劣等感を持っていたり(エリートと言われる人たちも強い劣等感は優越感と背中合わせにもっているものである)した人たち。

そういう人たちは、社会は自分を不当に扱うという被害妄想をもっていなかったか?少なくとも持ちやすかったことは事実ではないか。そういう人たちが集まってきていなかったか。

弟子である私たちの中にグルと共通した心性があったのではないだろうか。
それは、自分自身が、卑屈・被害妄想その裏返しのプライドというものを持っていることと、周囲の出家者を見てきて思うことです。松本氏の場合は卑屈さというよりも、自己誇大視とそれによる被害妄想という感じはします。


◎自己正当化と優越感

被害妄想・劣等意識とそれを補償する優越感情・誇大妄想、これをうまくくすぐられたと思います。

社会で何らかの生きづらさを感じていたものにとっては、社会はおかしい、社会の方が間違っているという教えは、自己正当化できる(自分の被害妄想を肯定できる)「ありがたい」教えであったと思います。それゆえ、社会は自分たちを弾圧する敵であるという洗脳に自ら染まっていったのではないかと推測されます。

さらに被害妄想を強めることとして、自分たちは汚れ多い魂であり、グルがいなければどうにもならないということを多く刷り込まれ、そのことでさらに卑屈と依存を強め、社会は敵という被害妄想も強めていったのではないかと思います。

また、劣等感情の表裏である、優越感情を肯定してくれる教えもありました。自分は優れた特別な存在でありたいという欲求を叶えてくれる教えです。
それは、「偉大な救世主」の「選ばれた弟子」。真理を知らない世間一般の人に比べ自分(たち)は特別な優れた魂であるという教えです。これにも、喜んで自ら進んで洗脳されていったのではないでしょうか。
それによって社会との壁はさらに厚くなっていきました。

うまくやられた!と思います。といって、他に責任を擦り付けているのではなく、自分がそれに感応してしまう要素を持っていたのが問題であるということを言いたいのです。

第一の真島事件がなければ、第二の事件はなかったのではないでしょうか?
第二の事件をやった後は、殺人を正当化するためにヴァジラヤーナという教えを利用したのだとも思います。犯罪を実行した人たちは、弟子という「選ばれた魂」の中でもヴァジラヤーナを実践できるさらに「選ばれた魂」という優越感情を与えられていたのだと思います。


◎二度と同じ過ちは繰り返したくない

完全・完璧な救世主なら何をしてもいいという論理。しかし、その前に何を根拠に松本氏を完全・完璧であると認めることできるのか?が問題です。
いまだに、私たちのグループに反する教団の人たちは、松本氏のことを完全・完璧な存在であると思っている人たちがいます(中には、思い込もうとしていると言った方が正しい人たちもいるでしょう)。完全・完璧であるグルの弟子である自分はスゴイという自己誇大性を満足させることができるから、そう思い続けたいのだろうと思います。

この人間の身をまとっている限り、人間としての制約をうけるのは当然であり、完璧な何の間違えも犯さない人が存在するはずなどないことは、当たり前に考えればわかることです。
しかし、かつての自分もそう思っていました。しっかり洗脳されていたのです。しかし、それは一連の事件を知らなかったからです。どんな事件があったかを知ることにより、それにひびが入ります。松本氏も人間であると。

一連の事件のあらましを知って、やはりショックでした。しかし、知ってよかったと思います。そのショックのお蔭で、マインドコントロールされていたんだということが実感としてわかりました。それは、まるで氷が解けるような、あるいは、我に返ったような感じで解かれていきました。

ごく当たり前の感情として、人を殺すということを肯定することはできません。どんなに理屈をつけようと、一連の事件は肯定できません。

人間は妄想によって生きる生き物だと思います。そして、それはどのような妄想であっても私たちを苦しめます。ゆえにお釈迦さまは、物事を「ありのままにみる」ことを説かれたのでしょう。
自分の中にある、卑屈・被害妄想、そしてそれを補償する傲慢さ・誇大妄想それをしっかり認識し、物事をできる限り客観的に、ありのままにみることができるように努力を続けていきたいと思います。
そして、二度と間違いは繰り返さないようにしたいと思います。


◎仏教・東洋思想と、心理学の融合を目指す

最後に、今後、新団体で私がどのようなことをやっていきたいかといいますと、仏教・東洋思想と心理学を融合させて多くの人の苦しみを超えるお手伝いができればと思っています。


ヨーガコースの指導中

ヨーガ・仏教の教えを、ユング心理学やトランスパーソナル心理学と融合させるべく研究しています。それに基づいた心理学の講座、カウンセリング、ヒプノ・セラピーなどを行なっています。認定ヒプノセラピストです。
認知療法を中心にセルフ・ヒーリングの講座も制作中。


◎ヨーガ行法・瞑想・ヒーリング

また、ヨーガ行法・瞑想の指導もしています。スタンダードなヨーガ、悟りに至るための効果的ヨーガの指導に加え、今、ブレス・セラピーのひとつとして「呼吸のヨーガ」の研究開発中です。

さらに、密教法具を使った聖音を音源とした聖なる異次元空間を作り出すヒーリングの研究もしており、ある程度の効果は実証されつつあります。

今後もさらなる研究を続け、東洋の宗教的伝統技法と西洋のセラピーを融合させて、新たな精神開発の道を探っていきたいと思っています。

◎オウムの総括

山口雅彦個人の、オウムの総括文書は、
オウムの教訓サイト
『私のオウム真理教総括』で、ご覧いただけます。


◎経歴

1958年 静岡県生まれ
中央大学で社会心理学を学ぶ
卒業後、知的障害児者の施設で子供・大人の人たちの指導にあたる
1990年6月 オウム真理教に出家
出家後は、出家した子供たちの指導や支部活動において在家信徒の指導教化にあたる
2007年3月 アーレフを脱会、現在に至る


担当: 名古屋地区
メールアドレスnagoya@hikarinowa.net

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