指導員紹介
「ひかりの輪」の指導員のご紹介です。

山口雅彦/役員、名古屋支部長、ロシア人元オウム信者への脱却支援担当(行法・心理学)

 私は現在、名古屋支部を担当して、愛知県・岐阜県・三重県・北陸地区の窓口となっています。

ロシア人元オウム信者へのオウム信仰からの脱却支援のため年に何度かロシアにも出かけています。また、心理学部門、行法部門を担当しています。

仏教を開かれた仏陀釈迦牟尼は、「偉大な心理学者」と西洋の仏教学者に言われています。心の仕組みと苦しみの仕組みを説き明かされ、21世紀の現代にこそ仏教の果たす役割は大きいと思います。

ひかりの輪では、その教えを現代社会の問題に対応すべく新たに説き明かしていくことを目指しています。

仏教の教えと心理学(ユング心理学、トランスパーソナル心理学など)を融合させて、現代人にもわかりやすく、受け入れやすく仏教の法則を伝えていくことが自分の役割であると思っています。自分自身の瞑想を深め、研究を深めて多くの方々のお役に立てる実践ができたらと思っています。→【動画】心理学講座はこちらでご覧になれます


◎ひかりの輪の修行によって私が得た体験


◆自我意識なき意識状態(2009年5月)

それは、長野県・戸隠神社の宝篋印塔に向かう電車の中でした。電車から外を見ていたとき、ふと、自分がいないということに気づきました。「自分」という思いがないのです。「唯、見ている」だけで見ている人がそこにはいないのです。「私」という意識がなく、唯、気づいている意識だけがありました。どう表現したらいいのか難しいのですが・・・

これは決して、変な体験ではありません。精神的におかしい状態ではありません。
私たちの意識というのは、ただ認識するだけの働きで、それを純粋意識と言います。 それが、日常においては、さまざまな思いが生じ、純粋意識の状態でなくなっています。このさまざまな思いによって苦しんでいるのが人間ですが、普通なかなかそのことには気づきません。瞑想などで心を見つめるとそれがわかってきます。

そして、ヨーガ、仏教においては、この純粋意識を本当の自分であると言います。 イメージとしてろうそくの炎という感じです。自分という考えはなく、ただ、光輝いて、ものを照らしている。何の思考も判断もありません。不思議な感覚でした。

今まで、ミクシィの日記などにも「自我意識なき意識状態」ということを書いてきましたが、実体験はしたことがありませんでした。体験してみると、自分が思っていた感覚ではなく、さらっと軽い感覚で、「自分がない」とはなんと楽なことだろう、というのが感想です。

宝篋印塔に向かう杉並木を歩いているときも、「唯、歩いている」という状態が続きました。「歩いている人」はいません。「見る」も「聞く」も体の「動き」も、何をやっていても、「やっている人」は存在せず、ただ、その物事が起こっているような感覚です。

 そんな状態ですから、宝篋印塔で瞑想したときには、そのまま、自然と融合した一体感を感じました。ちょうど、瓶に入った水が壊れ、大海に溶け込んだような感じでした。「私」という殻が消えた意識状態、枠(輪郭)がなくなった状態です。瞑想時間があっという間に過ぎました。

その日から、一週間はそんな状態、自我意識が薄れたり、また、なくなったりということが続きました。 その後は、これ以前に比べ自我意識が弱くなったと感じます。そして、自我意識が薄くなったり、なくなったりする感覚が時々生じます。

自分にとらわれることは苦しみであると仏教は説きます。これは、少し考えてみると納得のいくことです。 自分が気に入っているものが、壊れたり、無くなったり、盗られたりしたら苦しみが生じます。しかし、とくにどうってことないものが壊れたり、無くなったり、盗られたりしても、どうってことなく苦しむことはありません。好きなもの、気に入ったものが手に入らなければ苦しみます。

しかし、とくに好きでもないものが手に入らなくても、すぐに諦めがつきくるしみません。このように、自分にとらわれることは苦しみですから、自分という意識が弱まることは苦しみも弱まるということになるわけです。

なぜ、このような体験が起こったのかを考えてみると、2008年の夏以降、ひかりの輪で本格的に説かれ出した「縁起の法」「空」に基づいた、ものの見方や瞑想をしてきたからだと確信しています。

自分の体の分子が1年ですべて、食べることや呼吸によって入れ替わってしまうことのイメージ、これは、自分の肉体が固定した自分だけのものであるという錯覚を取り除いてくれます。今、自分でない分子が、食事や呼吸によって体内に入り自分になる。そして、今まで自分の肉体を形成していた分子が体外に排出され自分でなくなる。

このようなことをイメージすることによって、自分の肉体の輪郭がぼやけてくるというか、固定的な実体はない、自分と自分でないものの区別は薄れていきます。そうすると「自分」というものに対するとらわれも弱まってきます。

このように外界と自分との肉体の交流だけでなく、心のレベルでの他人や社会との交流=自分だけの固定した考え・価値観はなく、相互に影響しあったもので、固定された実体はないということを考えること。

また、すべてが網の目のようにつながっていて、自分はその全体のつながりの中で生きていること=孤立した実体のある存在でないこと、を繰り返し想起すること。

また、唯識のすべての事物は根本心であるアーラヤ識の現れであり、それは万人が共有する自と他の区別のない意識であるという教えを何度も考えイメージすること。それらによって、自我意識が少しずつ薄れていったことによる体験だと思います。

この体験をさらにより深いものにしていくためには、「止観」の瞑想が必要だと感じています。
唯識派はヨーガ行=止観の実体験から生まれてきた教えです。また、『ヨーガ・スートラ』においても、心の作用の止滅することをヨーガの定義としています。私たちを苦しめている心の作用とは、自我意識によるものです。ですから、自我意識が薄れていくことによって自分に対するとらわれが薄れ、とらわれが作り出す苦しみが少なくなるということです。 「縁起の法」「空」の理解、唯識の心の理論、そして止観行によって、自我意識が弱まり、止まる状態は生じていきます。

ひかりの輪のエンパワーメントである聖音法輪を受けると、同様の意識状態になります。この聖音法輪とはドニパトロ(シンギングボウル)の音の回転と、縁起・循環の法則が流れてくるもので、やはり、法則を聞いたり、考えたりすることにより自我意識が弱くなっていくのだと思います。


◆すべては大日如来の現れ(2009年10月)

大日如来の光明真言を唱えるようになって4,5日しての体験です。 光明真言という大日如来の真言を、縁起の法(つながりの中で生かされていること)を考えながら、感謝の気持ちを持って唱えていました。 その時のことを書いた日記(ミクシィ)がありますので、一部引用します。

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(2009年10月22日)
この大宇宙が地球を作り育んでいます。
太陽の恵み、そして、地球の恵み、大気の恵み、大地の恵み、水の恵み・・・
そうしたもののお蔭で私は生きることができる。

私は自分の力で生きているのではありません。
誰が私の心臓を動かしているのでしょう?
誰が呼吸を続けさせているのでしょう?
当たり前のことこそ、最高の神秘。

私たちは大いなる存在の懐のなかで育まれています。
それがマハーヴァイローチャナ、大日如来。
その大慈悲に感謝。

祭壇の前で、光明真言を唱えていると、祭壇自体が大日如来の現われであるように生き生きと輝いて見えてくる。
すべてが、生き生きと溌剌としている。
真言を唱えながら、「ありがとうございます」という思いが湧き上がる。
何か内側から軽快な力が湧き上がる。

こんなにすっきり、爽やかで、体の中心に軸が定まったような感覚はかつて経験したことがない。
そして、心は柔らかい。(引用終わり)
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この体験の後、以下のような思いが生じました。

以下日記からの引用続き。
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これで、自分は救われるかもしれないと思いました。
オウムの信仰が崩れて、何らかに対する信仰を立て直す端緒をつかみつつあるような感触。

オウムの事件があって、特に1997年以降、ある意味惰性の中で抜け殻のように宗教生活を続けてきて、2000年アーレフになって何とか自分を立て直そうと、仏教的法則を多くの人に広めようと意欲をかき立てて一時はなんとか保てても長続きしない自分がいました。

その後、ひかりの輪の前身である、M派(上祐派)時代からひかりの輪になって、新たな宗教思想というものを探り、事件後においてそれまでにない充実感はありました。仏教の教えは素晴らしいと思い、その教えに則って生活していけば皆幸福になると思っていました。

しかし、それだけでは自分の中に今ひとつ強力な力が湧いてきませんでした。何か弱いと、何か足りないものがあると感じていました。 うっすらと「信じる」ことが弱いと、信仰が弱いと感じていました。 確かに教えは信じています。しかし・・・

オウムでの痛手の後遺症がそうさせているのか?
オウムではこの現代社会において通常の生活を捨てて出家したのですから、一定の信仰は持っていたと言っていいでしょう。それが、あのようなことになり、信仰が崩れてしまいました。 人生を懸けた結果が破綻。

そこから、新たな信仰をつかむことは・・・・ 思想だけでは力が弱い。それが信仰にならなければ力は湧いてきません。 信仰は一次元、次元が違うもののように思います。「信」は強力な力を湧き出させます。

といって闇雲に盲目的に信じることではありません。そこには教え・思想があり、それを背景とした信心です。 自分の内なる「仏性」に対する信、宇宙の根源に対する信、大いなる存在に対する信、どういう言葉で言ってもいいでしょう。

そして、その背景に縁起・循環・つながり・無我・無常・陰陽・バランス・・・の法則があります。
今、新たな信仰が芽生えつつあるという予感があります。(引用終わり) ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

この体験は一回だけのものではありませんでした。この日記に書いた日の前日からこの体験が起こりました。この日記の翌日も起こりました。それも日記に書いていますので引用します。

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(2009年10月24日)
昨日も朝、光明真言を祭壇の前で唱えていると、どんなものにも、「大いなる存在」「大日如来」が潜んでいるような感覚がしました。
それは感謝であり、喜びでした。
すべてのもの・ことが認められている世界。
すべてが「大いなるもの」の計らい。
ゆえに、私はすべてを受け入れる、ありがとう、という感じでした。
(引用終わり)
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このような体験はしばらく続きました。そして、少しずつその体験が深まっているように思います。以下も日記からの引用です。

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(2009年10月27日)
すべてが赦されている世界。
すべてが肯定されている世界。
大日如来の現われである世界は明るく肯定的だ。
一つ一つの存在が活き活きと輝いている。
生命の不思議な営み。
すべてが生かされ、支え合っている。
私もあなたも、どんな人も60兆の細胞が躍動している。
その一つ一つに大日如来が潜んでいる。

木々が、草花が、大地が、水が、鳥たちが、風が、子供たちが歓喜の舞を舞う。
鳥のさえずり、川のせせらぎは大日如来の歌声。
すべてが大日如来の懐に抱かれ、生命が踊る。

感謝と喜びの世界。
ありがとうございます。
大いなる光の宇宙仏陀に感謝します。

このような思いを、外を散策しながら、光明真言という大日如来に関係する真言(マントラ)を唱えているときに実感しました。
多くのものに支えられ生かされていることへの感謝と、すべては宇宙を象徴する仏陀である大日如来の現われである、と思いながら真言を唱えていました。
すると、周りのすべてのものが活き活きと輝いて見えてきて、大日如来の存在を天空・大気に感じました。(引用終わり)
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このときはもう本当に、歓喜と感謝以外なく、すべてが大日如来の現れと感じました。子供たちも、大人も、小川も、鳥も、木も、すべてが、世界が歓喜で輝き感謝で溢れていました。それは、生命賛歌でした。この世界がそのままで輝いていました。すべてが許され認められている世界でした。

大乗仏教に「現世即浄土」という教えがありますが、このときはまさにこの世が浄土と言ってもいい光り輝く歓喜の世界で、「現世即浄土」の体験だったのではないかと思います。

 そして、このとき、ふと空を見上げると彩雲が出ていました。これは驚きでした。なぜならこれで、この体験が起こり出して彩雲(※)を見たのは4回目(4日連続)だったからです。

(※彩雲は昔から吉兆とされる。古くから、景雲や慶雲、また瑞雲などとも呼ばれ 、仏教などにおいては「日暈」などとともに、寺院の落慶、入仏開眼法要などには「五色の彩雲」等と呼ばれ、よく発生する現象として知られる。 また、西方極楽浄土から阿弥陀如来が菩薩を随えて、五色の雲に載ってやってくる来迎図などにも描かれており、瑞相の一つとして知られる。)

心と外界の現象の関連、これだけ繰り返すと肯定せざるをえません。彩雲を4日続けて見た経験などこのとき以外ないのですから、心と外界のシンクロ現象を感じざるをえませんでした。

さて、この体験がどうして起こったかその理由・原因を考えてみます。

①先に書いた、半年ほど前に経験した自我意識なき意識状態がまず関係していると思います。自我意識がある程度弱まり出していたこと。

②自我意識なき意識状態のところでも書きましたが、この大日如来の体験も「縁起の法」について考えることによって起こっています。「縁起」「空」の教えを思索することによって、つながりの中で生かされていることの実感が生じ、感謝が生じたこと。そして、感謝が強まると、自分を生かしていてくれる万物(宇宙)の奥に、自然と、大いなる存在=神仏の存在を感じるようになったこと。

③そうした感謝の状態・気持ちで大いなる存在としての大日如来の光明真言を唱えたこと。 以上が体験が起こった原因・条件だと思います。 ひかりの輪で説かれている教えを学び、考えることによって起こったことです。

もう一度、私の体験の大まかな流れを示すと以下のようなものです。

「縁起の法」→「感謝」→「神仏へ信仰」

「感謝」の段階で、かなり幸福になります。喜び、ありがたさが心に溢れます。

さらに「信仰」に至ると慈悲に包まれている実感を得て、自分が生きていていいんだという安心感が生じ、安定したものになります。

この体験を得るには、難行・苦行は必要ありません。縁起の法でものをみて、自分が万物から支えられていることを実感し、そのことに感謝すれば、その後は、自然に起きてきます。 歓喜が生じ、自分を支えてくれる万物の背後に神仏の存在を感じだします。

そして、感謝の気持ちで仏の真言を唱えることで、さらにすすんでいきます。すべてが神仏の現れであると感じます。神仏が自分を生かしてくれている慈悲に気づいていきます。仏に包まれ育まれていることを感じます。そして、それが自分ひとりでなく、すべての存在が自分と同じように慈悲に包まれ生かされていることもわかるようになります。

ですから、これは多くの人が実践することができる「易行」易しい修行であると思っています。
このような状態で生きていけたら幸福ではないでしょうか。

現代は「うつ」の方が多く、うつでなくても卑屈な人が多いと思います。自分も他人も認めることができず、心がすっきりしないで日々を送っている人々に、自分も他人も大いなる存在に認められ愛されている実感を得ていただいて、苦しみから脱却してほしいと思います。

今、私は名古屋支部とロシアを担当しています。 そこで接する人に、自分の体験をもとに、何をどのように考え、見ていけば、すべてを肯定できる意識状態=幸福になれるかを話しています。

神仏に、そして、すべてに生かされていることに気づき感謝すること。それは仏教で縁起と呼ばれている「すべてが関連しあって存在していること」を学んでいくことによって気づいていけます。

そして、すべては仏の現れであり、素晴らしい人と素晴らしくない人の区別、価値ある人間と価値のない人間の差別がないことの実感を得ていくこと。 そして、それは根源ひとつであり自分と他人の区別はないということ。 これらのことを実感していくことによって他との対立のない、そして他を愛する安定した心が得られます。

名古屋支部では、毎月上祐代表の説法会が行われています。 また、日曜日に上祐代表の中継説法と私の勉強会とヨガを行っています。勉強会では、仏教の法則を自分の体験にもとづいた話や心理学的なものと融合させた話をしています。

また、ロシアにおいては、オウム真理教の教えのどこがどんなふうに誤っていたか、そして、それから脱却する教えを話しています。といっても、日本においてもそれが土台でできたひかりの輪の教えですから、ロシアでも日本でも話す内容に変わりはありません。 自分だけでなく人も幸福になっていく(自分だけが幸福になるなんてありえません。

すべてがつながって一体であるわけですから、自分の幸福と他人の幸福は一体です。
ですから、本当に幸福になるには自他ともに幸福になるしかありません)、考え方、価値観、人間観、世界観を広めていくこと。 それは自分も他人も認めることができる意識。 それは「すべてが仏の現れ」と実感することができるようになること。

多くの人がそうなれるよう、自分にできることをやっていきたいと思っています。


 ◎オウムの総括

ひかりの輪が設立されて行った、個人のオウム時代の総括・反省の文章は、オウムの教訓サイト私のオウム真理教総括』に掲載しています。


◎経歴

1958年 静岡県生まれ
中央大学で社会心理学を学ぶ
卒業後、知的障害児者の施設で子供・大人の人たちの指導にあたる
1990年6月 オウム真理教に出家
出家後は、出家した子供たちの指導や支部活動において在家信徒の指導教化にあたる
2007年3月 アーレフを脱会
2007年5月 ひかりの輪の立ち上げの中心的スタッフとなり、役員となり、現在に至る

◎連絡先ほか

山口雅彦メールアドレス  nagoya@hikarinowa.net
    @hikari_yama

名古屋支部住所

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一般の方のために
外部監査委員会
ひかりの輪を監査する「外部監査委員会」のサイト〈河野義行委員長監修〉
アレフ問題
アレフ洗脳被害のご相談窓口もこちら,アレフの盲信脱却法も掲載。
地域のみなさまへ
地域の住民のみなさまに向けて、団体の活動や、疑問へのお返事を公開。
ポータルサイト
二十歳からの20年間
3月1日、全国書店で発売中。
「ひかりの輪」代表 上祐史浩オフィシャルサイト
ひかりの輪 ネット道場
どなたでも、道場でご提供している教えや修行法を、ネットを通じてご自宅から学んでいただけます。