細川美香/全国会員教化部長、東京支部長、千葉支部顧問
今回は副代表役員であり、全国の会員教化、東京本部、千葉支部を担当している細川美香をご紹介します。
細川は人生に行き詰まっている中、母親の影響でオウム真理教に入信しました。突然の事件に驚愕しながらも、葛藤の中、自分を見つめ直し、2度と同じ過ちを起こさないよう、反省し、本当の意味で、人の為になるような生き方をしたいと思っています。
◎出家までの道のり
私は新団体で、副代表の一人として、全国各地の道場を統括する立場となります。
自分自身も、東京、千葉、横浜の道場を担当しています。
旧団体アーレフにおいても、東京、仙台、船橋、名古屋といった各地で、在家信徒の方々の面倒を見ると共に、多くの非信者の方々と対話をしてきました。
しかし、その後、旧団体の事件が発覚し、大変驚愕しました。しかも、一緒に出家していた弟が逮捕されたこともあり(比較的微罪で数年で出所しましたが)、この10年あまり、ずっと考えてきました。
幼少の頃は、自然の中で遊ぶのが好きで(と言っても、実家が岐阜の田舎なので、必然的にそうなっていたところはありますが)、神様の存在、そして、目には見えないけれど、自分の存在より、大いなるものが存在していることを、確信していた、そんな子供でした。
そんな幼少期を過ごし、大人になっていくわけですが、その過程の中で、いろいろな喜び、苦しみを経験しつつ、次第に、「人のために生きたい」「人の手助けが出来れば」という思いが強くなっていきました。
高校生の頃は、「なぜ生きているんだろう」「なぜ自分は人間なんだろう。」「死んだらどうなるのかな。」「なんで人間は指が五本ついてるの」という、ある意味答えが出ないことを考えながら、自転車通学をしていました。
社会人になってからは、時間の自由とお金の自由があり、いろいろなことをやってみました。旅行に行ったり、スポーツをやってみたり、何かをその中で見つけたくて、必死になっていろんなことをやっていたように思います。 ですから、仕事が休みの日は、ほとんど家にいなくて、母に怒られたりしていました。
しかし、そのような生活を2,3年過ごしたのですが、何も見つけることができなく、次第にそれ自体に飽きていきました。それと同時に会社での行き詰まり、正確に言えば、自分自身の行き詰まりを感じ、「このままでいけない。このままの自分ではいけない。何か変えていかないと」と思ったのが、22歳の頃でした。
「自分を変えたい」という思いは、日に日に強くなるのですが、それをする術がわからず、なんとなく日々を過ごしていたところ、元々精神世界に興味があった母が、オウム真理教に巡り会い、入信しました。
そのような流れの中で、私も入信してしていくことになりました。
宗教や修行に抵抗がなかったわけではありませんが、だからといって、精神世界、心の世界に興味がなかったわけではありませんでしたので、熱心とは言えませんが、それなり活動していました。
元々、自分の中に「何か人のためになりたい」「人の手助けをできる自分になりたい」という思いもありましたから、奉仕活動などは抵抗なくやっていました。
そのような活動を続けて2年後、出家することになりました。
◎出家と事件
出家後は教団の掲げる「救済」という名のもと、日々活動をしてきました。
苦しんでいる人が、修行をしたり、法則の実践をすることで、苦しみが和らいでいく姿を見ることが嬉しかったし、やり甲斐がある活動でもありましたし、充足感もありました。
しかし、出家して5年後、教団が恐ろしくも忌まわしい事件「無差別大量テロ、地下鉄サリン事件」を起こしたのです。
突然の強制捜査、一体何が起こったのか、起こっているのか、わかりませんでした。
そして混乱の中、私はと言えば、教団が地下鉄サリン事件を起こしたことを知らず、国家権力が教団を弾圧するために、強制捜査をしているんだ、と思い、教団を守らなければという思いの中、捜査官と闘っていました。
今、思えばおかしな話ですが、教団は国家権力から弾圧されているとか、フリーメーソンから攻撃されているとか、陰謀論含め、それが日常の中で普通になされていた会話でした。また、それがあたかも本当かの話のように思えるから、またこれ不思議で、その当時、教団にいた人は、私を含め多くの人が、陰謀論などを信じていたと思います。
そして、それを基本にして、特に後半(93年以降)は、みんなが行動をしていたようにも思います。
繰り返される強制捜査、弟の逮捕、そして、松本氏の逮捕、自分自身の取り調べと、目まぐるしく過ぎていきました。
その中で、事件は教団がやったのだと、確信をしていきました。
「なぜ事件が起きたのか、起こしたのか」については、理解できませんでした。
人々の幸せを、救済を掲げていたはずの教団が、なぜそのようなことをしたのか?当時の私には理解しがたいことでした。
というより、この事件には意味があったのだと、あったに違いない、と思っていたし、そう思いたいとも思っていたからです。
そんな自分の思考を打ち破っていくことになったのは、逮捕された弟とのやりとりでした。
(弟の出所後ですので、97年後半になりますが)
弟は事件関係で逮捕されましたので、松本氏対して、教団に対してかなりシビアな見方をしていました。
私はといえば、当時はまだまだ、松本氏に対しての信が残っていましたし、旧教団での独特の法則が抜けていませんでしたから、弟と何度言い合いになったかわかりません。
弟との会話で印象に残っているやりとりがいくつかあります。
ある日、弟から「おまえはサリンを撒けと言われたら、撒くのかよ!」と質問されました。
その時私は心の中では「撒けるはずない、撒くわけない」と思いながら、口に出すことが出来ずにいました。
というのは、「サリンを撒く」と言わないと、松本氏に対して帰依が出来ていないと思われるから、という、一種の強迫観念がありました。
オウム時代はともかく、松本氏の指示に無思考に従うことが、松本氏に対しての帰依の証だから、と何度も繰り返し言われて来ましたし、私自身、信徒教化活動の中でそのように言ってきました。
何も答えられずに黙っていると、「撒けないなら、撒けないって言えよ。オウムの人は、出来ないのにできるっていうからよくないんだ。撒けないって正直に言えばそれで良いんだよ」と言われました。
私はそれについても何も言えず、黙っていました。
肯定もできないけど、否定もできない、という中で葛藤していました。
このような会話を何度も続けていく中で、次第に自分の中で作り上げていたものが、少しずつですが、壊れていきました。
◎反省から新団体へ
松本氏に対しての自分の見方の偏りに気付き、それが、逆に、自分に本当のことを理解させなくしていること。
自分たちこそが真理だと思い、傲慢だったこと。それにより、プライドを充足させてきたこと。
真理だからといって、嫌がる人に無理強いをしたり、悪いことをしたと思っても謝れなかったり、どこまでも自己肯定していた自分に気が付きました。
「私は「真理」という名のもと、傲慢になり、どれだけの人を傷つけてきたのだろう」と。
事件のことを知らなかったから、というのは言い訳にしか過ぎません。
それは、教団が、教団に属している人が生み出したものだからです。
言い換えれば、私たち自身が事件を起こしたと言っても、言い過ぎではないと思います。
「松本氏が唯一絶対のグルで神であり、オウムこそが真理の団体で、他は外道である。神である松本氏がやることにはすべて意味がある。何をやってもいい。自分たちの宗教こそが真理で、他の宗教は真理ではない。真理に、松本氏に巡り会った私たちは救済されたけれど、そうでない人は救済されていない。」、という、選民思想という傲慢な思い、考えが、事件を起こし、人を殺してしまうような教団を作り上げたのだと思います。
そして、そのように松本氏を信じ、実践していた私たちも、同じように事件の責任があるのだということを、真摯に受け止め、反省していかない限り、また、同じようなことが起きてしまうと思います。
私は間違っていた、教団は変わっていかなければ、このままでの状態ではいけない、と、強く思うようになったのが、2003年の終わりから、2004年にかけてでした。
そのころ、上祐氏は2003年に教団の改革を掲げたものの、いろんな反対に合い、その延長線で修行に入られていました。
しかし、上祐代表の話されていた「教団改革」を、このころ遅ればせながら自分なりに理解、納得し、その必要性を強く感じていました。
今後はさらに旧教団のことを振り返り、自分を見つめ直し、2度と同じ過ちを起こさないよう、反省し、本当の意味で、人の為になるような生き方をしたいと思います。
そういう経緯もあって、2004年末頃から、教団分裂が始まった後は、旧教団を反省して、やり直していく、上祐(元代表)派に属して、活動することにしました。
上祐氏の新団体は、従来の宗教を超えた団体として、様々なスピリチュアルプログラム、ヒーリングプログラムを展開し、利用者の方々の心身の癒しのために奉仕させていただきたい、と思っています。
さて、このサイトで紹介されている他のリーダーの方々が、様々な宗教や精神世界に関する深い知識や、ヒーリングの専門技能を持っています。
しかし、私自身は、色々なことに関心があり、色々なことに、そこそこ才能があるのですが、これといって、自分の専門分野とか、特殊才能がないのが特徴です。
しかし、何もなければ、失うものも何もなく、その意味で自由で、幸福である、と言うことができますし、どんな方も、気楽にコンタクトしていただければ、と思います。
◎特徴
以下は、私の技能でもなく、担当分野でもなく、単なる趣味としてですが、
(1)自然が好きです。
オウムに出家する前から、よく各地の自然・聖地を観光しました。
新団体のナチュラルヒーリング(聖地・自然の中の癒し)は気に入っています。
(2)物を作るのが好きです。
細川家の伝統です。陶器の製作家や、作曲家などがいます。
新団体のホーリーアートヒーリング(宗教芸術による癒し)のお手いをしています。
(3)京都、そして、奈良吉野の天河が気に入っています。
仏像が好きです。好きな仏像は、広隆寺の弥勒半迦思惟像と、熊野那智の青岸渡寺の
如意輪観音です。
素晴らしい仏像は、最高の癒し効果があります。
(4)良い香りが好きです。
名前の通り、美しい香が好きです。
新団体も、アロマテラピー、自然で神聖な香りによる癒しを取り入れます。
(5)光が好きです。
根暗だからかも知れませんが、メールアドレスも、光ウイングです。
新団体では、光と色による癒し(ライト&カラーヒーリング)を提供します。
(6)きれいな物が好きです。
例えば、花が好きです。私の船橋道場もきれいです。(^^)
美しい心は、整理整頓からがモットーです。ぜひ道場にお越し下さい。
(7)上祐代表は……
愛もあるし、
面白いところもあるし、
厳しいところもある人です。
こうして、平凡・器用貧乏・癒し系の私ですが、最大の特徴は、不思議なことに、優れた友人、知人に恵まれる運があることで、皆さんに感謝して生きています。
新団体の中では、潤滑油的な役割を果たして、ご利用下さる皆さんに奉仕させていただければ、と思います。
◎オウムの総括
細川美香個人の、オウムの総括文書は、
オウムの教訓サイト
『オウム・アーレフの総括と今後の抱負』で、ご覧いただけます。
◎経歴
1966年生まれ
1988年
オウム(現アーレフ)に入会
1990年
オウムに出家
1991年
以来、オウムの東京本部道場、仙台道場、船橋道場を担当。
2005年
上祐派の活動を始める
2007年
アーレフを脱会して、今現在に至る。
担当
ひかりの輪本部(東京支部/東京・埼玉地区)
電話番号 03-3309-3096
メールアドレスtoukyou_niji033@yahoo.co.jp
千葉支部(千葉県鎌ヶ谷市):千葉地区
電話番号 047-441-4540
メールアドレスfunabashi0717@yahoo.co.jp
横浜支部(神奈川県横浜市):神奈川・静岡地区
電話番号 045-882-1337
メールアドレス:yokohama_d@yahoo.co.jp







