一般・会員の方の声
一般の方、会員の方の、ひかりの輪についてのさまざまな声をご紹介します

オウムを脱会し、ひかりの輪に入会して(~2009年)

すべてがブラフマンの一部に~ひかりの輪になって以降の自分の修行(Kさん 39歳・大阪)

●宗教観の変化

ひかりの輪になってからの私の宗教観はかなり変わってしまいました。
きっかけは上祐代表の説法からでした。オウム・アーレフ出身の私の宗教的世界観はサーンキャ二元論で真我が三グナに惑わされて少しづつ下の世界に落ちていったという二元論的世界観でした。つまり自と他の世界です。

しかし、その時の代表の説法はヴェーダーンタ学派の不二一元論のものでした。何のことかと思われるかもしれませんが、簡単に言うと自と他というものが存在していると我々は思っているのですが、真実は全てはブラフマンより生じたものであるという思想です。同じインド思想ではありますが、世界の捉え方かなり違います。自分と他人というのは幻影で、全てはブラフマンの一部なのです。この説法は、後々の私の瞑想体験に大きな影響を与えました。

●すべてがブラフマンの一部に

今年の夏のセミナーの次の日のことでした。セミナーの最終日、ある事があり私の心はもうボロボロ、自暴自棄な感じで悲しみの中にいました。しかし、取り返しがつかないとは言え、もう2度とこのような思いはしたくはないと思い、少し自分を立て直し、いつの日か自分の欠点がなくなるようにと瞑想を行なっていました。

そして徐々に集中が高まり、私は私にとって何ものにも変え難い体験をしました。今まで私と思っていた自分がなくなり、ブラフマンの一部としての存在になる体験でした。
その体験の直前までは、Aさん、Bさん、Cさんというように個別にあったのが、すべてが連結した存在で全てがブラフマンの一部であるとしか認識できなくなっていました。
Aさん、Bさん、Cさんがブラフマンの一部なのはもちろんで、空も大地も空気も全てがブラフマンなのです。部屋にある布団もパソコンもテレビもブラフマンの一部でした。そして、ブラフマンの本質は空性で、すべては空であったのです。

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●瞑想体験の深まり

そしてこの時私は、自分の今まで犯した間違いにも気づきました。それまでは、あの人のここがおかしい、あれがおかしいと批判ばかりしていましたが、そうではなく、自我意識を強めるのは×(バツ)で、自我意識を弱めるのが○(マル)という考えです。善悪という強烈な意識に支配されていましたが、こうなると何が善で何が悪かうかつに言えなくなりました。空性に到達した意識でしか判断できなくなるのですから。

あとで、なんでこのような体験をしたのかと考えてみると、この体験には冒頭の説法の内容と、この時のセミナーで受けたトンラの瞑想とセミナー時の説法で、華厳経の話がイニシエートされていたので、これらがベースになって起こったように感じます。神秘体験とはほど遠い私でしたが、一挙に神々の世界の一端に触れたかのようでした。

この体験以降、ちょこちょこと色々な体験をするようになりました。
ある時のことです。体のある部分にかなりの痛みを感じていて辛かったのですが、あの時の体験を思い出し、四念処に応用してみました。痛い痛いと思っているが、私というのは存在せず、私があると思っているが真実はブラフマンの一部としての存在しかいないのだから、痛い痛いと苦しまなくてもいいんじゃないかと思うと、スッと痛みが消えたのです。その後も同じ箇所が痛み出した時に同じように瞑想すると痛みがスッと消えました。

●大自然をブラフマンの象徴として

また、あの体験以降、空(そら)がブラフマンの象徴に見えるようになりました。
ある仕事中のことです。機械の整備をしながら空を見ていると、地上の世界にはごちゃごちゃと色々な物があるが、真実の鏡である空(そら)に写しだすと、すべては空性なんだと。そしてブラフマンはいつも、もう遥かな昔からその真実を空(そら)というものを存在させることによって無明に覆われた我々に示していたんだと思えるようになってきました。今でも空をみると一種独特の感情が湧きます。ブラフマンと共にいるというような感じです。

 

秋のセミナーではまたちょっと違う体験をしました。みんなで三輪山を見ながら、代表が古代人がなぜ山をご神体にしたのか等の説明でした。

古代人は我々のように山を物として見ていたのではなく、大自然を生命体として見、自分達を大自然の一部として見ていたんではないだろうかというものでした。そしてみんなで瞑想していると、周りが少々ざわついていたせいかあまり集中はできませんでしたが、三輪山を見ながら瞑想していると確かに山が一つの生命体のように見えてきました。

 

そして、その夜のことです。天川のバンガローで一人離れて光明真言を唱えながら山を見ていると、昼の体験以上に山が生き生きとして見え、今にも動き出しそうに見えるという、本当に山が一つの生命体のように感じられるような体験をしました。

ヨーガでは大宇宙をブラフマンとして見、大乗仏教・密教では大宇宙を大日如来・ヴァイローチャナとして見ます。この瞑想体験のように山だけを一つの生命体として見るのではなく、もっと徐々に視野を広げて最終的には地球を、宇宙をブラフマン、ヴァイローチャナとして見られるようになれば、古代の叡智の世界に触れられるのではないだろうかと、今、夢想しています。

 

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