過去の宗教生活の中で作ってきた観念や妄想が音を立てて崩れていく(Kさん 30代男性・大阪)
今日は休みの日でしたので、道場で前日あった東京本部での説法の録画を見せてもらおうと思って、大阪支部へ向かいました。
私の仕事の休みはカレンダー通りではないので、道場でのイベントには参加できないことが多いのですが、そんな私のような者の為にも色々と日々の実践ができるようにと、ひかりの輪では色々と工夫をこらしてくれています。
その中の一つが、遠方に済んでいてあまり道場に行きづらい人や、仕事の都合で参加できない人の為に説法をインターネットや録画機器を使って見られるようにしてくれています。
昨日の説法はネパールでの報告があるというので、早く見たいなと思い見せていただきました。しかし、ネパールの報告も面白かったのですが、説法の内容にもかなりの衝撃を受けました。
話の土台は縁起の法や唯識理論なのですが、オウム時代からやっていた私にとってはとても驚くべき内容でした。それは私自身も強烈にはまり込んだ、教祖の超能力に対する妄信や、所謂、教祖の前世や来世の話に関するものです。
超能力に関して免疫の無い私は、そういう能力を持っている話を他人から聞いたり、自分自身で実際に見聞きすることによって、「この人はすごい。本当にこの人のいうようにこの人は神の化身に違いない」とはまり込んでしまったのでした
ところが、上祐代表はそこで疑問を私たちに投げかけます。「どうして超能力があるからといって、その人を神の化身とするのだ?」と。「例えば母親が娘とかと言葉を交わさなくても相手のことを手に取るように分かったりするではないか。そうするとその二人の間では母親は超能力者ということになる。元代表である松本氏も縁のある弟子の間では多くのそういう能力を発揮はしたが、まったく縁のなかったような人にはそのような能力を見せることは出来なかった」と。
縁起の法の解釈からこのような話がなされたのですが、「超能力とは縁のある双方の関係性の中で発現されるもので、それをニュートンの法則のように、全ての人には見せられないのだから、共同体の中でそれを言っていても問題は無いが、縁のない人にそれを押し付け、信じないからといって軽蔑したり、相手を邪なる者とするのはおかしい」と。
また、前世や来世の話も出てきました。「証明できないものなので、言いっぱなしになる」と。確かに「縁のある集団の中では、その人が釈迦のように見えたり、未来のマイトレーヤに見えたり、キリストのように見えたりする」と。
しかし、これも「超能力と同じように縁のある人の中で起こる、釈迦やマイトレーヤやキリストとのシンクロ現象ではないか」と。
「縁のある人達の間では、そういうふうに見えるのはよくある話なのだ」と。
しかも、「前世ヴィジョンをみたり、来世ヴィジョンを見たとは言うが、心理学でいうシンクロヴィジョンを見たのではないか」と。
上手くは書けませんが、過去の自分の宗教生活の中で作ってきた観念というか妄想が音を立てて崩れていくような説法でした。しかも、これらの話が過去の聖者方の言葉や釈迦牟尼の法則の中から出てきているので、私としては納得せざるを得ない話でした。
法則っていうのは一切の妄想の入る余地のないものなんだなと、感じさせられる説法でした。






