一般・会員の方の声
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聖地巡礼に参加して(~2009年)

【諏訪・八ヶ岳・高遠聖地巡礼】万物・神仏に感謝(名古屋支部 男性 50代)

今回10月10日~12日に聖地巡礼として巡回したところは、
井戸尻考古館→中ッ原遺跡→白樺湖(御座石)→鳴石
分杭峠→諏訪大社上社前宮→ミシャグチ総社→北斗神社→上社本宮
→下社春宮(万治の石仏)→下社秋宮→(上社前宮)水眼の清流の源流(水源地)
守矢山→北横岳、でした。

今回巡礼地として訪れたところの宗教的意味合いは、大極・循環・(一元思想の象徴としての蛇(蛙)信仰の形跡を求めて)・回転・循環・撹拌・混合を縄文文化の形跡を色濃く残す縄文信仰の跡に体験的確認する意味合いがあったのかもしれない。

包括的な宗教的意味合いはともかくとして、知的理解を深めさせてくれるに充分なところは、井戸尻考古館でした。


井戸尻考古館

ここに展示された縄文土器類の文様、それらの解明に努めた数々の解説文書には、非常に自らの宗教観との共通性を垣間見ることができたとても有意義なところであった。

中ッ原遺跡は四本づつ長短の御柱が復元されたところで、その中央は不思議な空間を作り出していた。

白樺湖(御座石)、ここでは私を充分休息させてくれ、蓼科山と共に望郷の思いを懐かしく思わしめてくれる地域であった。

鳴石、これに近づきまだ眼には見ることが出来ない地点から強烈なパワーを感じ、眼に入った瞬間、光の柱のような、或いは、大華厳寺(東大寺)の文字が眼に飛び込んできた時と良く似た、とても存在感の強いパワーが感じられた。

初日の高遠宿舎での護摩の儀式における護摩壇の炎は、特別に印象深い美しいもので、皆が唱えるマハーカーラ(大黒天)の真言のカラーがそのまま護摩の炎に現れ出る不思議な炎をそこにいるすべての人が一緒に体験させて頂いた。

分杭峠、ここはその近くに接近する河川流域にある橋を越えると感じはじめる、他との明らかな違いがありました。
その中心スポットでの一時間近くにおける瞑想は、強烈なエンパワーメントを与えられた印象と同時に、私の日頃の穢れが一気に浄化される作用が働き、この後の水眼の清流の源流に辿り着くまで、最も辛い巡礼の体調となってしまいました。

上社前宮→ミシャグチ総社→北斗神社→上社本宮→下社春宮(万治の石仏)→下社秋宮

この間は、分杭峠での霊的影響から、非常に私自身の霊的エネルギーの混交が起っていて、その状態の制御が大変でしたけれども、春宮・秋宮は初めての参拝でした。

特にやはりミシャグチ総社での瞑想のひと時は、とてもありがたい安らぎの時であって、去りがたい思いを残して北斗神社へと歩みを進めました。

水眼の清流の源流、上社前宮に戻り、そこから源流へ向けてのなんの変哲もない登り道が、今回の巡礼では私の最大の難所でした。足を前に一歩すすめるのが苦痛でした。

しかし直ぐそこに水源地がありそうなところまで来たときふっと軽くなったように思います。そして源流の水を汲んで飲んでさらに回復できたような感じで、下り道はかなり軽快になっていたと思います。

二日目の、護摩の儀式における真言を唱えていて、既に完全に意識が護摩の炎と一体化してしまって、表層意識は朦朧になって参加していたように思います。気が付くと護摩の儀式が既に終わる時になっていました。

三日目の12日は、先ず守矢山への登頂そしてしばらく山頂にて瞑想、そして、登山口へ降りてきてからの儀式、そして、現在では北八ヶ岳に分類されている北横岳へピラタス蓼科ロープウエイで、標高2237メートルまで標高差466メートルを僅か7分で安易に登り、その高地にある坪庭散策をしました。

前日までにかなり自然と聖地によって日頃の汚れが洗い落とされていたものと思われ、守矢山への登坂は比較的軽快な歩みでしたが、心中どうもいま一つ重いなぁという印象が残っていました。

それは戸隠や上高地の岳沢へ登っていく時のような、進むほどに軽快になっていかないという感じが、私のここ最近の汚れの度合いを如実に顕わしているように、改めて反省させられる登路の内省でした。

しかし、山頂に着いて360度の絶景とその各方向に眺められる思い出深い乗鞍岳、穂高岳、或いは太陽が未だ仰角30度に満ちていない7時頃の山頂で、輝く太陽に降り注がれる光に照らされ、反対方向の諏訪湖は登った時は、真っ白な雲に覆われまったく見られなかったが、次第に雲が晴れ下山前には諏訪湖の水面も眺められるようになりました。

遙か彼方の山々は、ほとんどすべてが見渡せ、蓼科山も雲が懸かっていたが、次第に全貌を露わにし、またこの後訪れる北横岳も全景が眺められた。

守屋山山頂の美しい景色

この守矢山山頂のほんの少し横に、守矢神社奥社として、弓が置かれた祠があり、参拝しました。ちょっと興味深いエネルギーを発していました。

その先に □□神社と書いた旗が立っていたが、その先へは行って見ることはせず、直ぐに山頂に戻り、先ず北方を向いて立禅、そして東方を向き立禅、そして南方太陽方向(おそらくまだ東南にも達していない太陽)の光を浴びながら坐して瞑想を始めてしばらくすると、分杭峠で長時間瞑想して起きた現象が即座に起って来ました。

そうしているうちに、他の方の登ってくる気配を感じ始めていると、『さーそろそろ行きましょう』という声が聞こえ瞑想の時間は終了しました。

今思うと上昇間もなしの陽光はとても清々しく、我々に生命エネルギーを注ぎ込んで下さっているものだと改めて思わされ、太陽の恵みに感謝する気持ちを日頃忘れていたなぁと、そして改めて太陽の恵みに感謝するべきと強く感じさせられました。

登って来た道を登山口まで降り、朝食の弁当の後、昨日まで宿舎で設えられていた祭壇とほぼ同じようにそのキャンプ地でおよそ皆が東方を向くような形で、そこへ特設祭壇として設置され、儀式が執り行われました。

クリスタル・ボールを演奏する会員さんのすぐ傍に坐り、儀式に参加しました。ある大きさのクリスタル・ボールの奏でられる音に、共振して私の体内のエネルギーは急上昇することも起きてしまいました。

『万物・神仏に感謝』

おそらく今回、上祐代表はこのフレーズを何回となく唱え続けておられたと思う。

日々の生活習慣の調節(抑制)を怠りがちな私のような凡夫は、こういった神聖な波動を直接感じさせてくれるところへ、私の肉体を運ぶことによって始めて、自己の汚れを自然が、聖地が、教え諭してくれる、そうしてやっと感謝の気持ちを呼び戻させてくれると痛感させられました。

実は三日間のうちで最高に良い状態になったのは帰りの渋滞に巻きこまれながらの帰路でした。

頭頂から甘露が落ちるところまでは行かないまでも、その直前の状態、頭の上部全体がじわーと冷たい心地よい状態に包まれ続ける状態が生起したのは、長野県から岐阜県に入った辺りからだったと思います。

やはり相当鈍い霊性の感度になっていたということを、帰路改めて思い知らされ反省することしきりです。

機会があればまた巡礼には誘って頂きたいと思います。今度参加させて頂ける時は、今回よりはより良い感度を参加初日から発揮できる状態にしておきたいものだと思います。

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