(1)カルマと因果の法則
(2008年02月28日)
さて、次に、仏教教義の中核である、「カルマの法則」、「因果の法則」について考えてみましょう。
これは、私たちの日常生活でも、「因果応報」「自業自得」などという言葉となって、よく知られているものです。
仏典では、自分のなした行為の結果は、必ず自分に返ると説かれます。これは、自業自得という言葉で有名ですが、因果の法則と言います。
因果の法則の基本は、幸福は、善い業(良いカルマ)の結果であり、苦しみは、悪い業(悪いカルマ)の結果であるということです
そして、仏教では、十の悪業(十悪、十不善行)というものを説いています。これをなすと、その結果として、不幸な転生をするとされます。この不幸な転生とは、地獄、餓鬼、動物の転生であり、大変な苦しみを味わわなければならないとされます。
そして、その人のなしたことは、その人にだけ返り、もしあなたが人を殺すなら、その果は、あなたの両親でも子供でもなく、あなた自身に返ると説かれます。よって、もし自分、そして、他人を利することを望むなら、悪業をやめて、善業を積む必要があります。
◎十の悪業
さて、十の悪業とは、三つの身の悪業、四つの口の悪業、三つの心の悪業に分けられます。それは、
身の悪業とは、(1)殺生、(2)偸盗、(3)邪淫と言い、これは、(1)他の生き物を殺すこと、(2)自分に与えられないものを取ること、すなわち盗み、(3)姦通、強姦といったような正しくない性行為を行なうことです。
四つの口の業とは、(1)妄語、(2)綺語、(3)悪口、(4)両舌と言い、これは、(1)嘘、(2)無駄話・噂話をすること、(3)悪口あるいは粗暴な言葉を話すこと、(4)人を仲たがいさせる言葉を話すことです。
心の悪業とは、(1)貪(貪欲、貪り)、(2)瞋(瞋恚、怒り)、(4)癡(邪見、無智)と言い、(1)他人に属するものをむやみに欲しいと思うこと、(2)邪悪な思いを持つこと、そして、(3)例えば因果の法を信じないといった誤った信念、考えを持つことです。
そして、これら悪業がどのような不幸をもたらすかは、どのような心の働きで、その悪業がなされたか、どれくらいの頻度でなされたか、その対象は誰で、その程度は重いか軽いかなどによります。
その結果、地獄に生まれ変わるか、餓鬼に生まれ変わるか、動物に生まれ変わるかが決まるなどとされます。
◎十の善業
この反対に、善業によって、幸福な転生を得ることが出来ます。幸福な転生としては、無色界、色界、あるいは、欲界の天界といったもので、善業の動機、頻度、程度、対象、その他によって決まります。
そして、善業については、十の善行(十善業)が説かれます。これは、十の悪業をなさないことです。すなわち、(1)不殺生、(2)不偸盗、(3)不邪淫、(4)不妄語、(5)不綺語、(6)不悪口、(7)不両舌、(8)不貪欲(無貪)、(9)不瞋恚(無瞋)、(10)不邪見(正見)です。
次に、単に十の悪業をなさない、という意味での十の善業ではなくて、これを発展させて、十の特別な善行というものも説かれます。
それは、
1.殺生をせず、他の命を救うこと、
2.盗みをせず、寛大であること(布施をなすこと)、
3.邪淫をせず、そして他にも同じようになすことを勧めること、
4.嘘をつかず、誤解を生まないように真実を話すこと、
5.悪口を言わず、優しく静かに話すこと、
6.無駄話をせず、教えや祈りのように意味あることを話すこと、
7.仲違いさせる言葉を話さず、ケンカの仲裁をし、敵を仲直りさせること、
8.欲を持たず、満足を知ること、
9.他に対して邪悪な気持ちを持たず、善い思いを持ち、
10.誤った信念、考えを持たず、正しい宗教を信じ、その教えに確信を持つこと
などと表現することが出来ます。
◎十の善業のもたらす幸福
そして、十の善業のそれぞれについて、それを積むことで、次のような幸福を得ることが出来ると説かれています。
もし、他の命を救い、殺生を行なわないなら、寿命が長くなります。反対に、繰り返して殺生をなすなら命は短くなり、病が続くとされます。
人に施して、盗みをなさないならば、その人自身が豊かになり、盗みを行なうならば貧しくなり、盗みに遭うとされます。
身を清く保ち、邪淫をなさないならば、結婚生活・友人関係はうまくいきますが、反対に、邪淫を行なうならば、結婚生活はうまくいかず、夫または妻に裏切られます。
真実を語り、嘘をつかないことで、他の人は、あなたの言うことを信じます。しかし、いつも嘘をつくなら、だれもあなたの言うことを信じなくなります。
意味のある言葉だけを語り、噂話をしないなら、自分も意味のある言葉を聞きます。一方、無駄話をするならば、自分もたわいのないことしか耳にできません。
快い言葉を話し、悪口を言わないなら、他の人も、あなたに優しい言葉を話してくれるでしょうが、常に他人の悪口を言うならば、自分も悪口を言われ、粗暴な言葉で話し掛けられます。
仲たがいさせるような言葉を避け、人を仲良くさせるなら、いつも友人と親しく付き合うことができますが、反対に、仲たがいさせるなら、敵をつくり、妬まれ、友人関係は貧しいものになります。
満足を知り、他人のものを欲しがらないなら、何にも、不自由することはないでしょうが、隣人のものを常に欲しがっているような人は、乞食になり、常に満たされることがなくなります。
他に対して善き思いを持ち、悪しき思いを持たないならば、人々に親切にされ、尊敬されます。一方悪しき思いを持つことによって人に疑われ、害されることになります。
正しい正確な見方をすることによって、智性・智慧は増し、頭はいつもさえています。しかし、誤った見方に執着するならば、心は狭くなり、智性は働かず、疑いに満たされます。
◎六道輪廻をもたらす六つの煩悩
さて、以上の十の悪業、十の善業とは、別の因と果の教えとして、六つの悪い心の働きによって、六つの苦しみの世界に転生する、という教えがあります。いわゆる、地獄、餓鬼、動物、人間、阿修羅、天界の六道輪廻です。
もし、強い慢がある人は、欲界の神として生まれ変わります。欲界の神は、一時的には幸福ですが、それは永続せず、その後に苦しみの世界に落ちていきます。
次に、嫉妬の強い人は、阿修羅として生まれ変わります。この世界は闘争によって苦しまなければならない世界です。
そして、愛著、偏った愛の強い人は人間、無知によって動物、貪りによって餓鬼、怒りによって地獄に、それぞれ生まれ変わります。
こうした欲六界の転生から解放されて、究極的な目的である解脱を達成するためには、こうした煩悩を取り除いて、善行を行なう努力をすることが必要です。
そのためには、まず、何をなし、何をやめるかを理解し、自分のなす行為を、身・口・意の三つの門を通してチェックすることが大切となります。
そして、常日頃から、善行を増加・増大させ、悪行を止滅させ、悪業の輪・流れを断ち切り、善業の流れ・輪が途切れないようにします。これが、仏陀の教えの意味であり、修行の目的であるということができます。
以上が、仏典にある「カルマの法則」「因果の法則」についての基本的な説明です。
しかし、現代の日本人の皆さんにとっては、「悪いことをせず、良いことをせよ、というこの教えは、確かに道徳的であり、よく分かるけど、実際に、自分が他になしたことが、自己に返ってくる、というのは本当だろうか」という思いが、本音としては、出てくる人も多いでしょう。
だとすれば、この点について、よく考えてみる必要があるでしょう。そうすることで、この仏教の根本的な法則を深く理解することができるからです。
また、科学的な思考の強い人にとっては、なしたことが返ってくる、という法則が成立する、根本的な原理の説明が欲しいでしょう。よって、これらの点について、補いたいと思います。






