会員向けメッセージ・特別公開

カルマ・ヨーガについて1
(2008年11月14日)

(2008年07月01日会員向けメッセージより転載)

●すべての人を神の現れと見るカルマ・ヨーガ

「カルマ・ヨーガ」とは、インドヨーガの言葉であり、日本人にはあまり馴染みがない。さらに、そして、ひかり  の輪の「カルマ・ヨーガ」は、インドの「カルマ・ヨーガ」そのものではなく、独自の解釈の部分がある。

インドヨーガなどでは、すべての人を神の現れと見て奉仕するヨーガであり、その意味で、「労働・奉仕のヨーガ」と言われることがある。ここでの特徴は、すべての人を神の現れと見る、という点と、それに基づいて奉仕する、という点である。そして、ひかりの輪においては、前者の「すべての人を神の現れと見る」という点を特に強調している。

では次に、なぜ、「すべての人を神の現れと見るか」について、説明する。これにはいろいろな理由がある。

その一つは、ヨーガなどを含む、インド古代思想には、すべての人々の本質は、宇宙の根本原理であるブラフマンと本質的に一体である「アートマン」であるから、すべての人々は、そもそもが、神の一部である、という世界観がある。特にヴェーダーンタ哲学ではそうである。

これと似た思想として、大乗仏教には、すべての衆生に、「仏性(仏陀になる可能性)」がある、とする教義がある。この「仏性」という思想は、歴史的に、上記のヴェーダーンタの思想の影響を受けたのではないか、と思われるが、一般の仏教研究では、仏教は、「アートマン」の思想そのものは受け入れていない、とされている。

 

●すべての人を学びの対象、導き手と見るカルマ・ヨーガ

第二の理由は、厳密には分からないが、ひかりの輪独自の解釈である。といっても、その解釈は、仏教の根本法則に基づいているので、全く独自の世界観の展開なのではなく、仏教の根本法則に基づくならば、このように考えられるだろう、といったものである。

ここにおいては、他の人々を含めて、自分が体験する人たちはすべて、「自分の内面の投影である、という見方がある。これは、すなわち、言い換えるならば、他の人々は、自分の内面を教えてくれる存在である、ということなのである。

その意味で、他の人々は、自分にとって、自己を知るために、(神仏が与えてくれた)自分の「学びの対象」、自分の「導き手」である、という考えなのであり、この意味において、自分が接するすべての人々について、「神仏の現れ」である、と考えるということである。

よって、この教えは、すべての人々が、実際に全知全能とされる絶対神である、と主張しているのでは当然無く、単に、自分を高めるための方便・手段として、自分の「学びの対象」として、神仏が、ないし、その意思である宇宙法則が現しだしている存在だと解釈する、ということなのである。

 

●すべては自分の心の現れという仏教

これを前提として、関連する仏教の法則について述べることにする。

まず、仏教においては、自分が体験するすべては、「自分の心の現れ」である、という思想がある。これは、特に、仏教の中の唯識派と言われる宗派の思想において特に顕著であり、唯識派では、(その人の体験する)外界の現象は、その人の潜在意識である阿頼耶識が現れだしたもの、という解釈をしている。

 そして、唯識派ではなくとも、そもそもが、「因果の法則」、「カルマの法則」、「自業自得」などを説く仏教思想では、自分が体験する外界の現象は、自分と全く別のものではなく、自分の内側の業に関係するという考えがある。

この思想は、簡単なようで、理解するのはなかなか難しい。そして、「すべては(自分の)心の現れ」とか、「自業自得」と言っても、厳密に考えるならば、実際には、これには、さまざまな違った教え、違った解釈が内包されていて、それらを一つ一つ別々に理解した方がいいのではないかと思う。

 

●他人=自分と見る、カルマ・ヨーガ

その中の一つは、思想・世界観としては、単純なものである。すなわち、自分が他から体験することは、過去に自分が他になしたことである、と考えるものである。

例えば、過去世に他を傷つける悪業をなしたから、今生、他に傷つけられた、といった解釈である。これは、仏典などにもよく出てくる話で、今生の不幸や幸福の原因として、過去世にこういった悪業・善業があった、という具体的な物語がある。

これは、「他人=自分」と考える世界観だ。詳しく言えば、現在の自分が他から体験すること=過去の自分が他に体験させたこと、という世界観だ。よって、現在の他人は、過去の自分であり、現在の自分は未来の他人、ということになる。

そして、これの世界観に基づくならば、他人の悪業は、自分の過去の悪業の投影であり、今は自分に現れていなくても、自分に潜在的に存在しているものであるから、未来にそれが現象化しないように、その他人を反面教師として、自分を内省し戒める、という考え方が出てくる。

そして、具体的な修行実践としては、悪業をなしている他人、特に自分を傷つける他人について、

1.自分の潜在的な要素の投影であると見て憎まずに許し、
2.反面教師として学んで自己の潜在的な悪業を止滅し、それに感謝し、
3.(感謝に基づいて)奉仕すべきである、と説かれる。

また、善業をなしている他人についても、同じ原理で解釈され、

1.それは、自分の潜在的な善業の投影であって、
嫉妬せずに素直に喜び、
2.見本として学んで自己の善業を高めて感謝し、
3.感謝に基づいて奉仕すべきである、と説かれる。

 

●他人=自分という見方ができない場合

しかし、この実践の困難は、「他人=自分」という見方ができない場合である。人はどうしても、プライド・虚栄心といったものがあり、他人と自分を区別して、自分の方が正しく、他人が間違っていると考える。

そして、自分の悪業は見ようとしなかったり、すぐに忘れたりする一方で、他人の悪業には目ざとく、特に自分が傷つけられた場合は一生忘れない、という傾向がある。

また、この自分を優位にする傾向の反動として、現実の中で挫折した場合などは、自分なんか全くだめだ、と考え、極端な自己否定に走る場合もある(これもまたこれで、他人と自分の区別につながる)。

また、この教えの背景に、「過去世」などといった、科学的に知ることができない概念が出てくることも障害の一つである。多くの人が、自分の「過去世」を覚えていない(科学的に言えば、たとえ「過去世」なるものがあったとしても、「過去世」の記憶といったものがない)ために、自分の今生の幸福・不幸が、自分の過去世の業によるものだ、と考えにくい。

「自分は仏教を信奉している」と言っている人たちさえ、少なからぬ場合において、自分が今生経験している、さまざまな人々を含めた外界が、自分の業の現れであると考えて、例えば、自分を傷つける人さえ、誰も憎まない、ということは難しい面がある。

 こういった問題を乗り越えるためには、プライド・虚栄心を薄めるために、絶えず自分を謙虚に見つめ、自分の悪業をしっかりと把握することであろう。仏教的な表現で言えば、ザンゲの実践である。

こうして、自分をできるだけ客観視することは重要である。「類は友を呼ぶ」「五十歩百歩」とよく言われるように、第三者から見ると、自分と自分に近い他人は、相互によく似ている、と思われる場合が多い。

また、(仏教の唯識派と思想・教理が似ているとされる)ユング心理学の説く「影の投影の理論」も役に立つと思われ、これについては、別のテキスト「仏教心理学」において、ある程度述べたので参考にしていただきたい(また、山口部長の心理学の講座は、さらに詳しいので、参考になる)。

最後に、この思想は、誤用・悪用される場合もあるので、注意が必要である。すなわち、今生、自分が誰か他人を傷つけた場合にも、それは、他人がなした過去世の悪業のためであるとして、自分の行為を正当化してしまうものである。オウム真理教の信者などに、この解釈があったのではないか、と考えられ、これについては深く反省する必要がある。

私は、仏教を含めたインド古代哲学の「自業自得」の法則の意味合いは、自分が傷つけられたときなどに、他人を恨む・憎まずに愛することが、その目的だと考える。よって、自分が他を傷つけたことを正当化するために用いてはならない法則である。

そして、自分が他を傷つける場合は、他人の過去に似た悪業があろうとなかろうと、自分自身は、その行為によって悪業を積み、それによって未来に苦しむのだから、他人を傷つけてはいけない、と解釈するのが、自業自得、カルマの法則の正しい用い方、解釈であろう。

こうして、法則は、すべて方便・手段の側面があり、その手段の目的は何かをよく理解して、法則を適切に解釈することが重要である。目的を考えずに、法則の適切な解釈をしないで、法則の言葉だけが、一人歩きして絶対化すると、本来の目的とは逆行する結果にもなる。

法則とは、多くの場合、短い言葉だけで経典に現されただけのものである。よって、それは、常に人の理性による適切な解釈が必要なものである。ところが、人には煩悩があるために、法則を自分の煩悩・エゴに都合がよいように解釈してしまう場合がある

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