新団体の一元論の思想
(2007年03月05日)
3月5日
新団体の教義について、多少、お話ししたいと思います。
新団体の教義のベースは、旧団体の終末思想的な
善悪二元論を越えたものです。
旧教団の終末思想的な善悪二元論とは何か。
旧教団は、ヨハネ黙示録やノストラダムスなどの
終末予言を独自に解釈しました。
そして、松本氏を神の化身であり、
ハルマゲドンの際に現れるとキリストとして、
信者をキリストの聖徒としました。
そして、外部社会をキリストを弾圧する
マーラ(悪魔)の軍勢と見なし、
信者は、真理の戦士として、その悪の社会と戦う、
という教義を展開しました。
ここには、この世界を教団と外部社会を境にして、
神と悪魔、聖と邪、善と悪に二分する思想があります。
これを終末思想的な善悪二元論の世界観と言いました。
ちょっと難しい言葉ですね。
でも、宗教ではよくある思想です。
古くは、善悪二元論の世界観で有名なゾロアスター教。
それが、ユダヤ教やキリスト教の
終末思想にも影響を与えた、と言われています。
仏教にも与えました。
シャンバラの預言などがそうです。
しかし、今から思えば、この余りにも単純な世界観は、
アニメやフィクションの世界であって、
決して現実ではなく、
それ故に、信者の被害妄想であり、
同時に、誇大妄想でした。
教団がいわゆるヴァジラヤーナ活動と呼んで、
実行した教団の軍事力の形成と、
それによって、成就させようとしたハルマゲドンの予言は、
1995年に、一連の事件として発覚し、教団は破綻しました。
元代表のハルマゲドン予言は、
1997年、99年、2003年、2006年と
予言されましたが、
その全ては成就せず、
松本氏自身が精神的な変調をきたしました。
一連の事件は陰謀ではなく、
裁判での様々な証言の結果として、
教団の関与と判明し、
松本氏の死刑判決も確定しました。
では、新団体がベースとする思想は何か。
それは、仏教、本来の一元的な思想です。
それは、全てを神と見る面がある、
神道の思想にも本質的に一致します。
釈迦の説いた仏教において、
その根本とされる法則は、縁起の法と言います。
縁起とは、縁が条件という意味で、
起は生起する、という意味です。
よって、全ての現象が条件によって生起している、
という意味になります。
これは、わかりにくいですね。
この教えの重要な視点は、
全ての現象が、何らかの条件に依存して生起する、のだから、
全ての現象は、そのものだけで独立して存在はしていない、
ということです。
例えば、私が生きていくためには、私だけでは生きていけません。
私の外にある、空気、水、他の生き物による食べ物を
取り入れる必要があります。
それどころか、人は、原子・分子レベルでは、
自分の中の原子と外の原子は絶えず入れ替わっています。
こうして、人は自分では自分の力で生きている
と思いこむけれど、
実際には、自分以外の様々なものに依存しています。
よって、縁起の法が言いたいことは、
全ては相互に依存し合っている、
ということになります。
そして、この見方を突き詰めると、
全ては相互に依存し合っているのだから、
本質的には全ては繋がっていて、一体である、
という見方になります。
バラバラに見える、様々な人々や、生き物、
そして、大自然も、
正確に観察すると、バラバラではなくて、
宇宙、地球の全て、全ての生命、全ての人々は、
相互の依存し合って存在し、
それ故に、本質的に、一体である、
という思想が、ここにあります。
この思想の中では、私というものは一体何か、
という問題が出てきます。
どこまでが私で、どこまでが私ではないかのか。
例えば、自分が肉を食べる時、
食べた後は、その肉は私の体の物であり、
食べる前には、私ではなく、他の生き物のものです。
爪を切る前は、それは私の物で、
切った後は、外のものです。
髪の毛もそうです。
体の中を出入りする、空気、水、食べ物、排泄物。
そして、生まれる前は、私たちの体は、
他の人=母親の物でした。
受胎する前は、全く他の人の物で、私の物ではなかった。
そして、死ぬと、地に返り、
他の生き物の物になっていきます。
よって、仏陀は、「私」というのは実体がないものだ
と説きました。
私なりに、分かりやすく言えば、
他人とは別の「私」というものは、
人間の頭の中の観念的な存在であって、
物理的に見れば、少し大げさに言えば、科学的に見れば、
他と本質的に区別された私など存在しない、
私と私以外は区別することはできない、
ということです。
なのに人は、自分の頭の中で創った、
他とは別の存在である「私」という
観念的な存在を愛するが余り、
本当は、私と区別できない「他人」という存在に対して、
それをひどく傷つけてしまう、という過ちを犯している、
と仏陀は説いたのだと思います。
これは、私たちの日常生活において、
全くの常識とされ、ある意味で絶対的な存在でさえある、
「私」
という存在について、
非常に冷静で、鋭い洞察ではないかと思います。
全ては相互に依存し合っている
全ては繋がっている。
全ては本質的に一体である。
だから、
人間は、この宇宙の一部であり、
宇宙という巨大な生命体の中の、
細胞のようなものである。
これが、新団体が第一に掲げる、一元論的な世界観です。






