初めての方へ
初めての方は、まずは、こちらのページをご覧ください。「ひかりの輪」とは何かご紹介しています。

■ひかりの輪とは

  • ひかりの輪とは――東西の幸福の智恵、思想哲学の学習教室

                                                             2014年10月 代表 上祐史浩

    ◎ひかりの輪:東西の幸福の智恵、思想哲学の学習教室

      ひかりの輪は、物に限らず、心の幸福のために、仏教などの東洋思想や心理学などの東西の幸福の智恵・思想哲学を学習・実践する教室です。

       その教室の学習の中で、仏教、神道、修験道、仙道、ヨガ・ヒンズー、聖書系の宗教の思想哲学の学習は行っていますが、特定の教祖・神・教義を絶対視することはなく、宗教ではありません。

       また、学習の対象には、物心両面の幸福に役立つと思われる、心理学、西洋哲学、自然科学が含まれています。

    ◎宗教ではなく宗教哲学として:理性で宗教を解釈し活用する

    宗教は、崇拝対象に対する疑問や理性による考察を許さない絶対的な信仰や、行きすぎた盲信を伴う場合があります。

      しかし、宗教やその解釈の一部には、盲信を必要とせず、理性に基づいて納得できるものがあり、それを「宗教」ではなく、「宗教哲学」と呼びます。
    例えば、仏教も、大学の専攻に仏教哲学・東洋哲学といった言葉があり、ダライラマ法王も、仏教は、哲学・科学・宗教を含んでいると語っています。

       宗教は、盲信という弊害があります。その一方で、その一部には、人の幸福のために、合理的でかつ奥深い智恵・人生哲学もあります。
    そして、宗教の弊害を避け、その一部から、幸福の智恵を抽出することは、皆さんにとって、人生の大きな宝となるのです。

    ◎心理学・物理学も学び、東西の思想哲学の融合を目指す

    また、仏教などの思想の中には、現代の最新の心理学や物理学などと思想が一致するものが少なからずあります。そして、実際に心理療法として取り入れられた仏教の瞑想法などもあります。

    ひかりの輪では、心理学や物理学といった、最新の科学も同時に学んで、東洋と西洋の思想哲学のバランス・調和を取ることを重視しています。

    ◎ひかりの輪の目的

    ひかりの輪の目的は、心と体、物心両面の幸福のための様々な智恵・思想を学び、新たに創造し、それを普及させていくことです。それは、物の豊かさに限らず、心の幸福・豊かさ・解放・悟り、真の自己実現・人生の目標の達成、さらには、21世紀の社会全体の幸福を含みます。

    今現在の社会を見ると、様々な意味で行き詰まり、一種の限界に来ている面があると思います。
    物は豊かになっても、バブル経済の崩壊、厳しさを増す経済競争・労働環境の中で、お金や名誉を中心とした従来の幸福感が揺らぎ、多くの人が、様々なストレスを抱え、精神病や自殺も多くなり、心の幸福、生きる目的を見失っているように思えます。

    社会全体を見ても、少子高齢化・人口減少・財政赤字、諸外国との経済・外交・領土・安全保障問題での摩擦・緊張、原発・温暖化などの環境・エネルギー問題などを抱え、将来に対する様々な不安を抱える人が多くなりました。こうして、 個々人の生きる目的・目標と同様に、国家としても、今後日本は、どういった国を目指すのかも不明確なようです。

    こうした時代には、「真の幸福とは何か」、「人はいかに生きるべきか」、「21世紀の社会はどうあるべきか」を改めて考えることが必要だと思います。そのためには、これまでの人類の思想・哲学を学んで上で、それを土台として、21世紀のための「新しい幸福の思想」を創造していく必要があると思います。

    そして、それは、従来の宗教や思想哲学が抱える問題・弊害・限界を抜本的に乗り越えたものとなるだろうし、そうでなければならないと考えています。こうして、ひかりの輪は、21世紀のための「新しい幸福の智恵の学びと創造の場」です。

    ◎盲信・強制を排除した思想・哲学・宗教への姿勢

    ひかりの輪では、私を含めたメンバーの過去数十年の体験の反省や成果に基づいて、古今東西のさまざまな思想・哲学・精神科学・医学などを土台として、「古きを温め新しきを知る」精神で学びつつも、非合理的なもの、妄信・迷信・狂信にあたるものは、努めて排除しています。

    宗教に関して言えば、「神」などの崇拝対象は、その神聖な意識を引き出すシンボルであり、それ自体が唯一絶対ではないと考えています。貴方に必要でなければ、持つ必要はないし、貴方に有益であれば、貴方に合ったものを尊重すればよく、人それぞれで良いと考えています。

    これは、宗教を信じる自由も信じない自由も認め、宗教間の対立を越えて融和をもたらす新たな思想でもあります。そのため、教室の中でも、皆さんに、日本人に合うと思われる仏像・仏画や、自然のシンボルを紹介することがありますが、それも何ら強制ではありません。嫌でなければ、試していただいたり、気軽に楽しんでもらえればいいものです。

    言い換えれば、ひかりの輪の学習・実践は、当然「信じれば救われる」というものではなく、皆さんがご自身でよく考えながら学び、納得したものを取捨選択していただくものです。そして、ひかりの輪の指導員も、代表である私を含め、普通の意味の教室の先生ではあっても、不完全な人間の一人です。

     

     

     

  • 団体名「ひかりの輪」の由来

      「ひかりの輪」という団体名には、さまざまな由来があります。

       まず、上祐代表を中心としたひかりの輪のメンバーが、団体を発足させるきっかけとなったのは、日本のさまざまな聖地・自然の中での体験でした。その中で、重要な気づきがあった時などに、不思議と、空に、太陽の周りの虹の光の輪を見たのです。日暈ともいわれるとても美しい現象です。ここから、ひかりの輪という団体名が来ています。

       そして、「輪」という言葉は、輪のように、万物が平等で一体であるという思想・人間観・世界観を示しています。実は、聖徳太子の名高い「十七条憲法」でも、輪をたとえとして、「万人を平等に尊重すべき」と説かれています。

       さらに、この「輪」は、太子が説いた日本精神の根本である「和」にも通じます。万人・万物を平等に尊重する「輪の思想」から、万人・万物の調和・平和を願うものです。また、心理学者の研究では、輪は、世界の諸宗教や文化に共通する神聖なシンボルとも言われます。例えば、仏教の法輪、大乗仏教の曼荼羅、禅宗の円相、仏陀やキリストの輪状の後光、道教の円形の太極図などです。

       そして、「ひかり」とは、物理的な光に限らず、智恵の光、精神的な光を意味します。光がなければ、物を見ることができませんが、どのようにしたら幸福になるかを知るために必要なのが、智恵の光です。仏教でも、物事を正しく理解できず、不幸になることを無明・無智と言い、これを越えるものが、仏陀・菩薩の智恵(智慧)の光とされます。

       こうして、「ひかりの輪」とは、万人万物が平等一体という智恵に基づいて、万人万物への尊重や愛を育むことを示し、その「智恵と愛の輪」の広がりを願った名前です。

       この名前を一つのシンボルとして、ひかりの輪は、21世紀において、個々人の智恵と慈悲が増大して、人と人の和合が進み、諸宗教諸民族の対立が解消され、宗教と科学が融合して人類の叡智が進化し、さらには、人類と大自然・地球との調和が深まることを願っています。

■オウムの脱却・払拭――「脱麻原」「反麻原」の改革

  • 「オウムの脱却・払拭」の概要

       「ひかりの輪」では、2007年に発足以来、オウム真理教や一連のオウム事件に対する反省・総括に基づいて、

    (1)麻原・オウムの教義・性質からの脱却(脱麻原)

     ①居住形態・資産などの大きな変化

     ②オウム問題の原点=「親との断絶」の解消

     ③外部監査委員会を設置、外部の監査・指導の受け入れ

     ⑤宗教から哲学教室への変革

     ⑥様々な意味で麻原から完全に離脱

     ⑦オウムの脱却・払拭の歩み

    などの団体改革を成し遂げました。

       さらに、オウムの拡大・再来を防ぐために、

    (2)麻原・オウムの教義・性質とアレフの活動に
        徹底的に反対し、その広がりを阻止(反麻原)


    の活動を徹底してきました。

       そして、これら「脱麻原」「反麻原」の活動は、第三者の識者や報道機関等によって、広く認められてきました。

     ⑧外部監査委員会による監査と結果

       このコーナーでは、その詳細について、お知らせいたします。

      (なお、これらの記事は、2014年12月1日に公安調査庁長官が公安審査委員会に対して「ひかりの輪」への観察処分更新請求を行ったことに対して、「ひかりの輪」側が同委員会に対して提出した反論の意見書をベースにして作成したものです)。

  • ①居住形態・資産などの大きな変化

    「ひかりの輪」は、発足以来、改革を続け、その施設・居住形態・活動形態・外部との交流等に関する大きな変革を実現しました。
    その結果、オウム真理教のように「一般と異なる閉鎖的な出家教団が大規模施設に集団居住している状態」というような状態は、完全に払しょくされています。
    これは、必ずしもこの3年間に行われたのではなく、発足以来7年間の継続的に続けてまいりました。その結果、特にこの3年間は、外部の方々の目にも鮮明な変化となっているかと思います。
    これは重要な、麻原・オウムの性質や教義からの脱却の活動(「脱麻原」)であり、「ひかりの輪」がオウム真理教ではないことの証左ですが、同時に、現在公安調査庁により請求されている観察処分の必要性要件である「閉鎖的な団体」にはあたらないと認識しております。
    以下詳述します。
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    1 スタッフ・資産の大幅減少と、居住形態・施設の大きな変化━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
    (1)
    スタッフの大幅な減少

    オウム真理教・麻原は、家族との縁を絶つ「出家」を重視し、オウム真理教は、閉鎖的な「巨大な出家教団」を形成し、社会と断絶されていました。
    「ひかりの輪」は、その問題が解消しています。
    オウム真理教・麻原の教義では、「ひかりの輪」が行っているように、出家を辞めることや、脱会することは、真理から離れ、麻原との縁が切れることになる大きな悪業とされ、その形態が肯定されてきました。しかし、「ひかりの輪」は、その教義を、過ちであると反省・総括を行い、その結果、出家制度を解消し、開かれた団体としてのあり方をとっています。
    「ひかりの輪」のスタッフ(団体専従のスタッフ)は、現在17名です(同居している一般会員は5名)。
    これは、発足当初から、3分の1以下に激減したことを意味します。 %E5%B0%82%E5%BE%93%E4%BC%9A%E5%93%A1%E3%81%AE%E4%BA%BA%E6%95%B0.jpg
    スタッフは大きく以下の2種に分かれています。

    ①団体活動の指導員等: 9名
         代表1名、副代表3名、指導員等5名
    ②その他外部就労者、高齢者や病人など: 8名
       
    外部就労者:4名  ※(うち66歳の高齢者1名)、70歳以上の高齢者:3名
         内部事務手伝い(兼病気療養中):1名※外部就労者の中に精神疾患者を含む
    (2)一般会員の人数
    「ひかりの輪」のスタッフのみならず、一般会員も、発足当初の106名から97名に減少しています。
    オウム真理教には、「まずは入信」「まずは麻原の弟子に」という教義があり、いかに入信者を増やすかという教団でした。しかし、「ひかりの輪」は、そうしたオウム真理教の反省・総括から、宗教団体ではなく、哲学教室として、入会しなくても学べるという仕組みを取っており、入会を積極的には求めていないため、一般会員も減少しております。
    よって、総会員数は、162名から114名に減少しています。 %E7%B7%8F%E8%A8%88%E3%82%B0%E3%83%A9%E3%83%95.jpg

    (3)資産の推移
    「ひかりの輪」の資産(現金・預貯金・貸付金)は、スタッフの減少にもかかわらず、オウム事件の被害者・遺族の方との賠償契約に定められた義務的な額の賠償金支払いを堅持していることもあり、以下の通り年々減少傾向で推移しています。

     
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    2 集団居住と大規模施設を解消しました
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    「ひかりの輪」スタッフの居住状況については、以下の通り、
       ・大規模施設や集団居住は、完全に解消され、マンションか一軒家に、1名~数名が住んでいるのみです。自宅で教室を開いており、自宅と教室は兼用です。実際、上祐が住む本部教室は、上祐の自室が教室兼用になっています。
    詳しくは、以下に、図と写真で解説します。
    (1)東京本部教室
    マンションの201、206、207の3室に居住し、201号室と207号室で、自室兼教室を開いています。
    ※5階建てのマンションの、他の階や部屋には、一般の区民の形がお住まいです

    ●居住者 スタッフ4名です。(同居の会員も1名います)

      201号室: 指導員2名、206号室: 指導員1名、(同居の一般会員1名)、207号室: 指導員1 名
    後ろ: 上祐、広末  前:水野、細川
    ●201号室

    スタッフ2名が居住し、上祐の自室兼・教室機能があります。
    ●上祐の自室を、兼・教室として、使っています。
    ※教室として使うときは、このようにふすまを取り払って広くして使います。

      

    ●206号室 スタッフ1名(広末の住居)、
                    (同居の一般会員も1名います)
    ●207号室 スタッフが一人暮らし(細川の住居兼教室)

     (2)仙台支部教室(一軒家)

    ●スタッフが一人暮らしをしています。

      (諸事情により、モザイクで失礼します)
    ●教室内のようす
     
    ●家の様子


     (3)名古屋支部教室(一軒家)
    ●居住者 :スタッフ2名(指導員の山口(真ん中)1名、外部就労者1名)、
                  同居の会員1名

    ●家のようす(一軒家)

    ●教室内のようす


    (4)大阪スタッフ住居等(一軒家)
    ●女性スタッフ2名で住んでいます。
      田渕(指導員〈下記写真〉)+1名(高齢者)
    ※関西に住む高齢の家族の介護のため、千葉から大阪に引っ越し、実家と往復しながら暮らしています。

     
    ●室内の様子


    (5)福岡支部教室(一軒家)

    ●居住者 スタッフが一人暮らし 吉田(指導員)
    ※高齢で病気の両親の介護のため、近隣の実家と往復をして暮らしています。

    ●家の様子

    ●教室内のようす

    (6)長野連絡所(一軒家)

     ●スタッフが一人暮らしをしています。 宗形(指導員)
    ※難病・身体障害者の高齢の両親のケアのため、長野から東北に定期的に帰省しています。

    ●教室内の様子

    (7)千葉連絡所(一軒屋)
    ※団体の高齢者・病人の介護などをしている家です。
    ①スタッフ6名: 高齢者3名、内部事務手伝い・病気療養中1名、外部就労2名
    ②同居の一般会員 2名:(うち1名は80代高齢者)
    ※外部就労者の中に病人を含む
    ●家のようす



    ●教室内のようす

    (8)横浜連絡所(アパート1階)
    ●スタッフは住んでおらず、一般会員が1名住んでいます。
    ●教室内のようす


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    3 オウム型の出家教団の廃止を確認し、
        スタッフ制度を正式に導入しました

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    「ひかりの輪」では、すでに以前から「オウム型の出家教団」は長らく廃止され、スタッフ制度(専従会員制度)が導入されていたところですが、昨年(2014年)9月17日には、正式に出家教団の廃止とスタッフ制度の導入を明記した「専従会員に関する規定」を、改めて確認し定めています。
    同規定において、スタッフは、家計を共有した共同生活を送るものの、個人資産が相当に認められています。例えば、年金・不動産・相続資産などは、個人資産の扱いとなります。
    オウム真理教が出家者の全財産を教団に布施させたことを反省・総括し、そうしたことからの完全な解消です。
    また、「ひかりの輪」においては、親などの親族との交流や介護、外部監査委員会等の外部指導の受け入れを含め、様々な外部との交流が促進されています。

  • ②オウム問題の原点=「親との断絶」の解消

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    1  親への感謝を育む内観の実践━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

    かつてのオウム真理教および現在のアレフでは、特に出家信者と親族との連絡を規制するなど、家族・親族を軽視する傾向が強く、それが一連の事件の原因の一つになったものと「ひかりの輪」では反省・総括を行ってきました。

    そこで「ひかりの輪」では、発足以来、オウム真理教の反省・総括を深めて文書化することに加え、2009年2月以降、刑事政策・犯罪者更正の専門家である法学部の大学教授(現ひかりの輪外部監査委員)のご指導を受けながら、組織的に、自己反省法「内観」を実践し、オウム時代への反省・総括をいっそう深めてまいりました。

    内観とは、もともと、自分を反省するための浄土真宗系の一派の修行「身調べ」から生まれたとされています。
    身調べから宗教的な要素を取り除いて、誰にでも実践可能な自己探求法・自己反省法として、吉本伊信氏によって、70年ほど前に確立され、効果が認められているものです。

    内観は、これまで、犯罪者更生、更生教育のために、刑務所や少年院等でも指導されてきており、内観の実践者が5年以内に再び刑務所に入ってくる確率(再入率)は、 実践していない者に比して約50%に低下しているとの報告がなされているほどです。

    また、内観は、企業研修や学校教育、心理的な治療の場でも用いられています。

    内観では、自分がこれまでの生涯で、

      ①他人からしてもらったこと
      ②他人にして返したこと
      ③他人に迷惑をかけたこと


    を一つ一つ思い出していくという作業を行います。

    すると、自分は両親をはじめとする周囲の人物から非常にたくさんのことをしてもらっているにもかかわらず、自分は周囲に大したことをして返してあげておらず、むしろ多くの迷惑をかけてきたという事実に気づき、すなわち自分の自己中心性を自覚し、反省し、他者への感謝と奉仕に向かっていくことができるようになるのです。

    「ひかりの輪」では、以下のように、大学教授をはじめとする内観の専門家のご指導をいただいてきました。

    ①内観の講義2009年3月3日

    大学教授を「ひかりの輪」本部教室にお招きし、上祐はじめ「ひかりの輪」役員・指導員の全員と、希望する一般会員らに対して、内観についての講義を約4時間にわたって、実施していただきました。

    ②内観の実践指導  2009年3月10日

    大学教授を「ひかりの輪」本部施設にお招きし、「ひかりの輪」役員・指導員ら10名に対して、約12時間にわたって、内観の実践指導をしていただきました。
    (そのまま、数日~一週間ほど、各自で自主内観を続けました)

    ③集中内観  2009年3月中旬

    副代表の広末晃敏ら役員2名が、大学教授のご指導のもとで、内観の専門研修施設(長野県飯田市)において1週間にわたる集中内観を実践しました。
    (広末は、内観直後に、20年ぶりに実家に帰省し、両親との劇的な関係改善を遂げ、大学教授と共に「ひかりの輪」会員への内観指導を担当することになった)

    ④集中内観  2009年12月下旬

    指導員の宗形真紀子ならびに吉田惠子が、内観の専門家である波多野二三彦氏(元弁護士:詳細は後述)を「ひかりの輪」東京本部教室にお招きし、1日約12時間を約1週間にわたって、内観の実践指導をしていただきました。

    内観の実践指導 2012年4月以降

    大学教授に、全国の「ひかりの輪」教室(仙台、東京、名古屋、大阪、福岡、千葉、長野)を巡回し、上祐を含む各地の「ひかりの輪」役員や指導員・会員等に対して、内観の実践指導を行っていただいています。

    具体的には、

    【期間】 2012年4月から2014年10月までの間
    【場所】 のべ25箇所で、(ひかりの輪各教室)
    【人数】 のべ158名 (ひかりの輪の会員等)

    に対して、指導がなされました。

    こうして、「ひかりの輪」の指導層が、専門家の指導のもと内観を修得した上で、幹部研修においても実践を繰り返し、さらには一般会員等に対しても紹介・指導し、その実践を推奨しています。

    この内観においては、まず両親への感謝を培っていくことになりますが、これは、オウム事件の原点ともいえる坂本弁護士一家殺害事件の原因となった親子断絶の問題を解決することに大きく寄与しています。

    現に、後記の通り、オウム真理教の反省・総括を行い、その結果、親族との関係を復活させていく中、さらに内観を深めた結果、約10~20年ぶりに両親に面会したり、関係回復したりした者が出てくるなど、親族との関係改善に顕著な効果が生じています。

    親族との連絡を長期間絶っている者がいれば、その者に対しても、内観の実践や親族との連絡をとることを団体として推奨しています。

    さらに、思想面についても改革が進み、両親の子に対する愛の中に神仏の愛が現れること、すなわち両親の延長上に神仏がましますとして、両親の本質を神仏に等しいものと位置付け、尊重しています。

    これは、両親の子に対する愛は偏った愛着心に基づくものとして低く見て、両親との関係を断ち切るようにと指導したオウム真理教・アレフの教義と比べれば、思想の劇的な転換を示すものともいえるのではないでしょうか。


    (1)大学教授による内観指導

    大学教授による内観の指導実績については、同氏が委員を務めるひかりの輪外部監査委員会の「外部監査結果報告書」に報告されています。

    報告書には、内観がマインドコントロールからの解放の道であり、それを「ひかりの輪」が積極的に採り入れてきたことが記されている、同教授の「意見書」も添付されています。

    大学教授の内観指導においては、同教授のもとで1週間の内観を行い両親との劇的な関係改善を果たした広末が、教授を補助する面接補助者を務め、教授とともに、全国各地で「ひかりの輪」会員への内観指導を実施してきました。

    指導を受けて内観を実践した者(通常は、教授や広末の定期的な面接を受けながら、朝から夜まで1日中内観に取り組む)が全員、内観終了後に感想文を書いて、教授に提出し、また教授との面談を行います。

    感想文のうち、本人が外部に公表することを承諾したものについては、外部監査委員会のホームページに掲示されています〉。

    (2)波多野氏による内観指導

    波多野二三彦氏は、オウムのマインドコントロールを解く、犯罪者更生、内観の専門家です。

    前記の通り、「ひかりの輪」指導員の宗形は、2009年に波多野氏から1週間の集中内観をご指導いただきました。

    波多野氏は、元弁護士で、地下鉄サリン事件解明の大きなきっかけを作り、いわば「オウム真理教のマインドコントロールを解く第一人者」といえます。 すなわち、地下鉄サリン事件の実行犯・林郁夫の拘留中に、林に対して2ヶ月間の内観指導を行い、改心に導いた方で、波多野氏の内観指導がなければ、林の早期自白はなかったと思われます。

    以下、同氏の著書『内観法はなぜ効くか――自己洞察の科学[第5版]』よりご紹介します。
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    「著者は岡山から東京丸の内警察署に数回通い、そこに拘留されていた林郁夫に内観の指導を試みました。彼は丸の内警察署の房内で、素直に、かつ真剣に内観法の実践をし、程なくその真髄を会得し、オウムの強固なマインドコントロールから解き放たれ、その後は、日々被害者の供養の祈りを捧げ、自分の犯した罪を涙とともに懺悔し告白する、清らかな人間に一変しました。
    (中略)
    彼はまさに、かつてのオウムのカルトにくるめられて積み上げた膨大かつ強固なカルトの記憶を、内観実習によって一気にかなぐり捨て、内観者らしい穏やかさでそれらの記憶を再構成し、新しい衣に身を包み、日夜贖罪と修養に務めつつある、健気な受刑者であることがわかりました。

    内観法のすばらしいところは、こうした極めて短期間の、集中的記憶再構成の実践体験の効果が、その後20年30年永続し、内観以前のあさましい姿に戻ることがないというその特性です。(序文ⅱ~ⅲ)」
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    また、波多野氏は、前記同氏の著書の中で、宗形の内観について以下のように評価してくださいました。

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    「[事例三 元オウム信者の内観]

    著者は、2009年の年末に近い頃、『オウム真理教』から脱皮し、「ひかりの輪」を立ち上げその代表となった、かつてオウム真理教の大幹部であった、上祐史浩氏から依頼を受け、かつて同氏の秘書をしていた宗形真紀子さんの内観指導をしました。

    宗形さんは、内観実習の2010年の立春の頃、自身の深い反省から、『二十歳からの20年間――“オウムの青春”の魔境を超えて』(三五館)という、元信者の立場からオウム告発のとなる著書を刊行されました。

    内観実習から数ヶ月後のことでした。 宗形さんはその本の中で、次のようにご自身の内観を振り返っています。 「(中略)波多野先生ご指導の内観では、今こそ、そうした思いに終止符を打ちたいという覚悟を決め、長年憎んでいたその人に、長い時間を振り当てました。すると信じられないことが起こったのです。
    (中略)
    そして、この内観という長い旅のすべての想起が、素直な、ありのままの私に戻っていけるよう導いてくれていた、ということに心から感謝しました。」

    このように、著者の前で新しい自分自身と和解した宗形さんは、その瞬間、喜びのあまり、吹き出す涙と、つららのように長くたれ下がった鼻水で、ご自分の膝をしたたかに濡らされました。」(p231~233)」
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    2 指導員の講話・教本・書籍・講演での
        内観の重要性の強調
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    内観により顕著な変化が生じたことを認識した「ひかりの輪」では、以下の通り、指導員が、講話・教本・書籍・講演において、内観の重要性を強調し、その実践を推奨してきました。


    (1)上祐史浩によるもの

    上祐は、自著『オウム事件 17年目の告白』(扶桑社、2013)において、以下の通り記しています。

     ○親に対する感謝を深める内観法

    この問題  に対し、2009年になって、私たちは、親などへの感謝の心を深める「内観」という自己反省法を導入した。

    内観は 、学会もあり、海外にも広がっている手法である。

    その方法は至って簡単で、専門家の指導の下、自分が、両親 ・親族・知人に、幼少期から現在まで、①してもらったこと、②お返ししたこと、③迷惑をかけたことを思い出す作業である。それを丸一日から一週間ほど集中して行うというものだ(最初から親がいなかった人は、親代わりの人について行う)。

    幸運なことに私たちは、内観の権威の大学教授の方の直接指導を得る機会に恵まれた。この先生は、後にひかりの輪の外部監査人に就任された。

    まず、団体の指導員が研修を受け、先生の本を紹介したり、詳細を教本にし、在家会員にも配布・解説した。
    我々は、普段は「親ならば当然だ」とか、「もっとしてほしい」との思いのために、親をはじめとする人々から受けた膨大な支えを忘却している。それを改めて思い出すと、感謝の心が生まれる。そして、感謝の心が深まると、幸福感も深まる。こうして多くの支えを得ている自分を認識することで、健全な自己価値の認識が生まれるのである。

    この健全な自尊心の形成は、前に述べたように、誇大自己を抜け出す力となるように思う。 「世界の中心の自分」から、「多くの人間の一人」ではあるが、同時に「親をはじめとして多くの人・万物に支えられた(繋がった)価値のある自分」に変わる。

    そして、感謝を通して自と他の繋がりをよく認識すると、最終的には、自分と他人の区別を超えて、大きな温かい心が生じると思う。 過去に親などとの関係において傷を感じ、誇大自己の傾向が生じていたとしても、こうした内観によって、親などの恩を再発見し、その問題を解消する事例が多い。(p226~)」


    (2)広末晃敏によるもの

    ①「内観フォーラム」での講演

    2009年11月17日、広末は、都内の大学で開かれた内観実践者の会合である「内観フォーラム」に出席し、以下の内容を講演しました。

    ・アレフからの脱退と「ひかりの輪」設立の経緯
    ・「ひかりの輪」で内観を行うようになった経緯
    ・大学教授による「ひかりの輪」への内観指導
    ・大学教授の指導による広末個人の内観体験
    ・広末が内観の結果、20年ぶりに実家に帰省し、両親と和解したこと、両親のありがたさ等
    ・内観の実践は、傲慢・不寛容・他への無関心を解消し、オウム問題、カルト問題の解決に寄与すること

    なお、この講演に対して、聴衆の1人が、「大学での内観フォーラムで、先生(※広末のこと)のお話を聴き、涙がポロポロ出て、大感動しましたので(他の人も)、その感動をみなさん方にもお伝えしたく企画しました。」として、次項②の講演が企画されました。

    ②市民団体での講演

    2010年4月25日、広末は、「自己反省法“内観”によるオウム問題の解決」をテーマに、市民団体で講演を行いました。
    「東京セルフ研究会」という30年以上の歴史を持つ市民団体の研修会が、開催した研修会において、広末が講師として招かれたものです。

    内観を自らが行った体験や、「ひかりの輪」の多数の会員に指導して得られた効果を報告し、内観がオウム事件の反省と総括、再発の防止に極めて有効であることを話しました。

    ③「第9回 内観国際会議」での講演

    2013年5月25日から26日にかけて、世界各国の内観実践者が、東京の都内大学に集まり、「第9回 内観国際会議」が開催されました。

    内観国際会議は、基本的に3年に1度、関係各国の持ち回りで開かれており、昨年はちょうど日本で開かれました。

    会議には、オーストリア、ドイツ、アイルランド、中国、台湾、韓国、そして日本の大学教員や学校教師、企業経営者、内観研修所長など、多くの人々が出席し、各国の内観の実践状況や研究結果、体験談などを発表しました。

    広末は、この2日間にわたる会議の一番最後に、発表の機会を与えられ、自身がオウムというカルトに嵌り込み、その過ちに気づいて「ひかりの輪」の設立に動き、内観の実践を通じてカルトを抜け出してきたこと、20年ぶりに実家に帰って両親に受け入れられたこと、そして多くの人の内観のお手伝いに努めてきたことを話しました。

    前記大学教授は、この広末の講演について、前記意見書で高く評価しました。

    ④書籍出版

    広末は、これらの講演等を聴いた出版社の編集者から、内観をテーマにした出版を勧められ、原稿案を完成させています。現在、この原稿案に基づき、出版を検討中です。

    この原稿案には、広末の内観体験のみならず、「ひかりの輪」が内観を導入することになった経緯や、「ひかりの輪」会員らによる内観の効果、カルト対策としての意義について、詳細に記されています。

    ⑤内観の面接補助者としての活動

    広末は、大学教授による前記「ひかりの輪」会員への内観指導において、教授とともに全国を回り、教授の面接を補助する面接補助者として、内観指導を補助してきました。
    その数はのべ150名以上となります。
    また、内観の重要性を会員に説き続けています。

    ⑥マスコミの取材での活動

    また、広末は、マスコミの取材に対しても、内観の重要性について、繰り返し訴えています。



    (2)宗形真紀子によるもの

    宗形は、自身の内観体験について、自著『二十歳からの20年間――“オウムの青春”の魔境を超えて』(三五館、2010)に、次の通り記載しています。

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    「[内観による自分自身との同調]

    昨年は、二〇〇九年の三月と一二月の二回ほど、それぞれ一週間ほど、集中的に内観を行ないました。

    「内観(内観法、内観療法)」とは、日本で開発された、自己を見つめることによる自己改善の方法です。

    具体的には、〇歳から現在までの人生について、父母、家族などの身近な人との今までの関わりを、①してもらったこと ②して返したこと ③迷惑をかけたことの三つに沿って、一日一五~一六時間を使って、徹底的に見つめるというものです。

    二00九年になって、内観の第一人者である教授が、「ひかりの輪」に内観の講義やご指導に来てくださるという機会があり、わたしは他の十数名ほどと一緒に、その機会に、先生の講義を受け、集中的に内観を行ないました。

    一回目の内観では、お世話になった比較的やりやすい人の内観を行ないました。わたしが、いろいろな人に、してもらったことと迷惑をかけたことがいかに多く、して返したことがあまりに少なく、ほとんどないという事実に気づいて、愕然となりました。今まで、いかに感謝の気持ちなく、傲慢に生きてきたのかということを改めて思い知ったのです。

    ちょうどそのころはオウムの総括の作業の中で、自己処罰感に偏った意識になりがちな状態だったのですが、この内観の実践により、これまで関わりのあったいろいろな人に、どれだけ支えられ、お世話になって、愛されて生きて生きたかという事実を実感をもって感じることができ、世界が明るく広がっていく気がしました。

    12月に入り、別の先生が、集中内観を担当するために、「ひかりの輪」まで来てくださる機会があったので、わたしは思い切って集中内観に入ることにしました。

    思い切って、というのは、わたしはまだ、一回目の内観ではやりきれなかった、内観をしにくい何人かについての課題を残している状態だったからです。

    しかし、今回こそは、もうそういったことを思い続けるのはいいかげんに終わりにしたいと願い、祈るような気持ちで、やりにくい人への内観をしようと、集中内観をすることに決めて、思い切って入りました。
    (中略)
    こんなことがわたしに起こるとは驚きでした。

    内観の先生はそのことを、内観によって経験される「自分自身との同調・和解」だと教えてくださいました。

    同調するとは、ラジオのチューニングが合ったときのように、自分が喧騒の中でピーピーガーガー言わなくなり、静かな境地が出現してくるさまをいうとのことでした。

    その場所に波長を合わせさえすれば、素直な、ありのままの自分でいられるというもので、内観により、素直な、ありのままの自分でいられることの幸せを、体感的に教えていただくことになったのです。(p244~248)」
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    3 スタッフが、親との交流を回復、
        親の介護を行い、団体が支援していること
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    (1)「ひかりの輪」スタッフが両親等と関係回復した事実

    オウム真理教の反省・総括の実践や、内観の実践等によって、以下の通り、「ひかりの輪」のスタッフは、両親等と関係回復したり、両親等の介護をしたりするようになりました。

    特に役員・指導員のケースについてご報告いたします。

    ①上祐史浩


    上祐は、大学教授の指導により内観を実践した後、母親への劇的な心境の変化が起こり、母親と十数年ぶりに再会し、関係が回復しました。心境の変化や母親との交流については、以下の通り上祐の自著ならびに雑誌のインタビュー記事に記載されているので、ご紹介します。

    ●『オウム事件17年目の告白』(扶桑社)より


    ○父親の悪口を言わず、褒め称えた母親


    次に、母親について。子どものときに私が母親に感じたのは、まじめでいい人だが、辛そうな様子も覗かせるため、身勝手で(誇大妄想的なまでに)上昇志向の強かった自分には、理想像とはなりにくかった。父親にも母親にも、子どものときの私は真の尊敬を持っておらず、だから、理想の親のイメージを麻原に求めたのだと思う。

    しかし今思えば、父親が家を去り、頑強とは言えない体で家計を支え、さらに弟の持病の世話をしていたのだから、辛そうにしていても無理はないだろう。少し大げさに言えば、貧・病・労の三重苦であったのだ。

    その中で私がなしたことと言えば、母親が何も言わないのをよいことに、高校は私立を選択し、大学は(奨学金をもらったが)大学院の修士課程まで遠慮なく行くという幼稚さ・自己中心であった。

    当時を内省して印象深く思い出したのが、父親の浮気に対する母親の言動だった。私が記憶する限り、母親が、浮気した父親を悪く言うのを聞いたことがないのである。悲しんでいたことは多少なりとも記憶があるが、どう思い出そうと、悪口は聞いたことがないのだ。

    聞いていれば覚えているはずだから、実際に言わなかったのだと思う。それどころか、前に述べたように、母親が、父親が養育費の支払いについては責任を持っていることを私の前では褒めて強調していたことが印象に残っているのである。

    これは、偉大だと思う。自分を捨てた人間を褒めているのだから。

    それを聞いた内観の先生(ひかりの輪の外部監査人の一人)は、「子どもを守ったんですね」と言った。 自分を捨てた人間を、自分が育む対象を守るために褒めるということは、当然のことのようでいて、とても難しいことだ。

    私もいろいろな人から個人相談を受ける中で、よく感じるのは、夫婦が離婚ないし別居となる際には、当人同士も辛いだろうが、一番辛いのは子どもであるということだ。だから子どもに最大限に配慮することが非常に重要なのだが、実際はなかなか容易ではない。

    私の場合、両親は離別したが、遠くから支える父親と、父親の非ではなく愛を強調した母親のおかげで、父親に捨てられたという恨みを抱えずに済んだ。離婚はしたが、その中で最大限子どもの心を守る点においては、両親は心を一つにしていたのではないか。

    ○母親が、私を重罪から救っていた

    麻原は、両親に恨みを抱いていた。そして、その親への恨みは、自分を育む者全体への恨み、すなわち、社会や国にまで及んだ。それが彼の心に、強い誇大妄想と被害妄想という人格障害を形成する一因となった可能性がある。

    私は、麻原の影響を相当に受けたが、麻原の被害妄想には、完全には共鳴しなかったと思う。それが、オウムの活動のいろいろな場面で、私と麻原の運命を分ける結果になったのではないか。

    麻原と同じように、親や社会に対して被害妄想を抱いていたら、坂本弁護士事件に加わり、選挙の陰謀説を盲信し、地下鉄サリン事件のあとも、破壊活動の停止を麻原に進言せずに戦い続け、ロシア人による麻原奪還テロを止めずに逆に後押ししていたかもしれない。それは自分の死刑と無数の被害者を生み出したことを意味する。

    麻原は、自分を認めない存在、捨てた存在を否定し、悪業多き魂と位置付けたり、陰謀論さえ唱えたが、私の母親は、自分を捨てた父親の悪口を言わなかったことで、麻原に完全に共鳴することから私を守ってくれた。

    その意味で、まさに命の恩人であった。

    そして、父親と同様に、母親も、今後の私の見本だと思う。 今私は、前に述べたように、親への感謝を深めるように、会員や縁のある一般の人たちに、感謝や内観の実践を推奨している。それは、自分に与えられていないものばかり見て不満を言う傾向の強い現代社会において、親から与えられている恵みに気づいて感謝することがエッセンスだ。それを私の母は、私が出家する前から、私のために、私に代わって実践してくれていたのだ。

    彼女は、私が父から与えられていないことばかりを見て恨むことを避けるために、父親の悪口は言わず、父が私に与えているものを意識できるように、父親の扶養の責任感など強調した。

    これは、内観における感謝の実践の、まさにエッセンスである。 こうして、出家前は尊敬の対象ではなかった母親は、実際には、出家以来25年経って私が始めた感謝の実践の先駆者であり、私の見本であったのだ。

    ●『circusMAX』(KKベストセラーズ)2013年2月号より

    [◎両親への感謝の気持ちが、麻原との決別のきっかけに]

    かつて上祐は、麻原の存在を問われ、「目標であり、父親だ」と雑誌のインタビューで答えている。そんな彼が、麻原への盲信から抜け出し、実の両親との正常なつながりを求めているという。

    「(中略)父は、私が小学校高学年になる頃に浮気をして、
    家には帰らなくなりました。今思えば、身勝手で上昇志向
    の強かった私は、父親の変わりとして、麻原を理想の親と
    してのイメージを膨らませていったのだと思います」


    17年ぶりに再会した母親は、上祐の現状を受け入れてくれた。

    「母親は私のせいで、ずいぶん辛い目にあったようですが、
    それを責めることなく『自分は我慢できるから』と言うだけです。
    それは「あなたもこれから何かあっても我慢しなさい」という私
    への訓戒だと受け止めています。親はいつまでたっても親。
    無償の愛を与えてくれる人が身近にいたのに、私は長い間
    気がつかなかったということだと思います」

    そんな母親との出会いから、上祐は父親のあることを思い出す。毎月10万円の養育費を支払い続けてきたこと。そして父を恨まなかったのは、母親が父の悪口や愚痴を一切口にしなかったことだと気づくのだ。
    (中略)

    「私たちにお金を送ると、手元に残るのはわずかで、同棲
    していた女性の収入で生計を立てていたようです。
    それでも地道に稼いだお金を送り続ける。
    今、『ひかりの輪』として被害者への償いのために賠償金
    を支払う立場になって、初めて父の苦労を知ったと同時に、
    父は私を捨てたのではなく『遠くから支えてくれていた』の
    だと、ようやく考えられるようになりました。」


    ②広末晃敏

    広末は、前記の通り、大学教授のもとで1週間の内観を実践したところ(2009年3月)、直ちに自らの親不孝に気づき、20年ぶりに実家に帰省し、両親との関係を回復して現在に至っています。
    現在は、たびたび大阪の実家 に帰省するとともに、電話で安否を確認し合ったり、互いの誕生日に贈り物を贈り合ったり等しています。 その詳細については、今後出版予定の、広末の出版原稿案に書いていますので、その一部を以下に抜粋してご 紹介します。

    ○二十年ぶりの父母との再会

    もう実家に帰ることに迷いはありませんでした。 集中内観を終えて十二日後の二〇〇九年三月三〇日、私は大阪の実家のすぐ近くまで行き、まずは実家に電話 を入れました。父が出ました。電話の向こうの驚いた様子の父の声は、昔と違って、何だか弱々しく聞こえました。

    すぐ帰ってこいと言ってくれたので、私は実家の玄関をくぐりました。 そうするつもりはなかったのですが、二十年ぶりに見た年老いた父と母の姿を前にして、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいになり、涙があふれてきて、思わずその場に土下座をして謝りました。父も母も、「帰ってきて くれただけでええんや」と言いながら、私を両脇から抱え上げて、家に上げてくれました。

    両親ともども「とにかく、よう帰ってきてくれた。帰ってきてくれた」と涙ながらに喜んでくれました。さっそく母は、食事を作って食べさせてくれました。二十年ぶりの母の食事が、身体から心にしみ入ってくるように感じました。

    そして、母方の祖母の墓に、墓参りに行きました。私を幼少の頃に大事に育ててくれた祖母です。もちろん内観のときにも、母と父の次に時間をとって思い出す作業をしたのが、この祖母でした。手を合わせながら、ご心配をかけたことを心中でお詫びしました。

    その後、母方の親戚のおばさんの家に行きました。いざ私の姿を見ると、駆け寄って抱きつき、「よう戻って きてくれた、よう戻ってきてくれた!」と、泣きながら喜んでくれました。おばさんは以前、食料品店を営んで いましたので、私が子供の頃は、よく店の売り物のお菓子を自由に私に選ばせて持っていかせてくれました。内観のときに、そんな「していただいたこと」を思い出したりしました。

    夕方になって、両親と家に戻ってきました。 夕食は、母のご馳走でした。 あの気丈な父が、親族一同に電話をかけて「息子が帰ってきた。家族揃って食事したのは二十年ぶりや……」 と涙声で話していました。 普段は酒を一杯しか飲まないという父が今日は二杯も飲んでる、と母が言っていました。

    また、父からは、私が出家して以来、母がしきりに泣いていたことや、母が私のために陰膳(不在者の安全や 健康を祈って、あたかもその人がいるかのように作って捧げる食事)まで上げてくれていたことを聞かされまし た。 こうした話を聞いて、私は両親に多大な苦痛ばかり与えてしまったな……と、申し訳なくなりました。

    その後、深夜の三時頃まで、私の赤ちゃんから高校時代までの姿が家族と一緒に写った大量の写真アルバムを 皆で見ながら、昔話に花を咲かせました。父はきちんと整理して私の写真を保管しておいてくれたのです。写真 の一枚一枚を見ていると、私は本当に両親の世話になってきたんだなと実感させられました。

    私は、決して一人で立って歩いてきたわけではなかったのです。現に、父親に支えられて立っているよちよち歩きの私の写真もあ りました。当たり前といえば、あまりに当たり前のことなのですが。 部屋には、私が帰ってくることを願って、大小様々な種類の蛙(かえる)の置物がたくさん置かれていました 。

    その夜は、二十年ぶりに実家の風呂に入り、二十年ぶりに自分がもともと使っていた部屋のベッドで眠りにつ きました。「戻って来られた」という安堵感と、両親への感謝の念に包まれながら……。

    ○「あんたはどこに行っても、うちの子やで」

    翌日、両親には、私がオウムを脱けてから今までの経緯を話しました。今やろうとしていることは、オウムを 反省・総括して、二度と宗教テロを起こさない・起こさせないための活動であって、自分はオウムという組織を 支えた責任を感じていて、いろいろな人に対して責任をとるためにも中途半端に投げ出すわけにはいかない、自 分なりに人生にケジメを付けるつもりでやっていること等を話しました。

    父も母も一応の理解を示してくれましたが、それはたぶん今の私を受け入れようと、かなりの無理をして受け 入れてくれているのだと思います。 「被害者の方には誠意をもって対応するんやで」という母の言葉は、何としても守っていくつもりです。 東京に戻る私に、母は、手編みのセーターやら弁当やら正露丸やら、非常にたくさんの荷物を私に持たせて、 父と一緒に見送ってくれました。

    私は、この二十年間、単に苦痛を与え、迷惑をかけただけの存在だったのにもかかわらず、両親は何の見返り もなく、あたたかく迎え入れてくれました。 内観でいえば、「していただいたこと」ばっかりで、私が「してさしあげたこと」など全くといっていいほど なく、「ご迷惑をかけた」ことばかりです。 そして今回も、していただくことばかりでした。 別れる直前に、母が私に背中を向けながら、「あんたはどこに行っても、うちの子やで」と言ってくれたのが 、とても泣けました。

    ○母の愛は仏の愛の縮図

    母のこの言葉には、まるで仏様の慈悲の片鱗を見た思いでした。 私は二十年近くにわたって、オウム・アレフ教団の外部対応役として社会と接し、一歩外に出れば「人殺し! 」「気違い!」「出て行け!」と無数の人々から罵倒され、あらゆる場面で人格を全面否定され続けてきました 。

    オウムのやったことや、その後の私の無反省ぶりからすれば当然の報いなのですが、私にとっての「日常」と は、多数の人に取り囲まれて人格と存在を全否定されることであり、疑念のまなざしを向けられることであり、 それが当たり前でした。

    そんなところに、無条件で私を受け入れてくれた母の言葉が、まるで真っ暗闇の中で見つけた光のように感じられたのです。 仏様は、たとえ悪事を繰り返し、間違いを犯す人間であっても、温かく見守り、済度しようと慈悲のまなざしを向けていらっしゃる存在だといわれます。

    もちろん、母とて一人の人間ですから、仏様のように大宇宙の全ての衆生を無条件に受け入れることは無理な話です。しかし、私と母との間に形成された「小宇宙」においては、母は間違いなく私に対しては無条件の慈悲に富む仏様の役割を果たしてくれたのです。

    「部分の中に全体が含まれている、部分の中に全体が現れる」という仏教の考えに基づけば、両親は、大宇宙 に遍く存在する仏様の慈悲の一つの現れに違いないと感じました。(後略)


    ③宗形真紀子

    宗形の実家は東北の被災地にあり、80代後半で半身不随・身体障害者の義父と、60代後半で、難病・身体障害 者の母が住んでいます。

    今のところ、父母は、日常生活はなんとか営めている状況のため、宗形は、2~3ヶ月に 一度は、数日間帰省してケアしています。 父母だけではもうできない季節ごとの家の生活の手伝い全般や、病院の付き添い、気分転換のための景勝地への付き添いなど、父母の健康のために心身のケアを行っていて、現在は、家族の一員として宗形がいなければ父母の生活が成り立たない状況となっています。

    また、母の難病は治療法が確立していないため、その治療法などを調査すること含め、日常的に母と電話連絡を取り合ってケアしたり、父母の誕生日、父の日、母の日には、必ずプレゼントを贈るようにしています。

    以下、宗形の著作『二十歳からの20年間――“オウムの青春”の魔境を超えて』(三五館)から抜粋します。

    ○著作を「決してオウムに戻らない」という母への誓いとする

    「二〇年間の空白と誓い」

    わたしは現在、いまさらながら、その二十年間余の空白と重みに愕然とさせられています。
    出家したとき四二 歳で健康そのものだった母は、いまや六三歳となって病気を煩っており、出家したために一度も「お義父さん」 と呼んだことのなかった義父は、母より一七歳年上のため、すでに八〇歳のおじいさんとなっていました。
    (中略)
    そして、ほんの三年前まで、まだオウム信者だった今のわたしの実態は、四〇歳を過ぎても、親孝行やご恩返 しどころか、まだ心配や迷惑をかけ続けている親不孝この上ない存在です。せめてもの償いとして、この本を、 決してオウムに戻らないというわたしの誓いとさせていただくことで、心配の中の一つでもなくすことができたならと祈る思いです。

    ○母こそがやさしさあふれる感謝すべき人だった


    [打ち砕かれた、傲慢な思い込み]

    約三年前(2007年)の秋、地下鉄サリン事件発生以来、やっと母と一二年ぶりに再会できたとき、わたしはこ れまでの人生がひっくり返るほどの衝撃を受けて、呆然となっていました。
    (中略)
    三〇年以上ものとても長い間、わたしは傲慢にも、わたしをはぐくみ育ててくれた母のことを、わたしの切望 する、生きる意味や世界の謎を教えてくれるタイプの人ではないと決めつけ、大きな不満とともに軽蔑する心さ え持っていたのです。しかし、母が、だれにも耐えられないような目に遭いながら、ほほえみを絶やさず、淡々 と優しい気持ちを持ち続けている姿を目の当たりにしたそのとき、それは起こりました。

    母の兄弟たちは、母のことを「観音さまだよ!」と言って驚愕し、祖母は、「子どものときからだれよりも優 しい子で、弱い子を守っていただよ」と言い、わたしも、母が実際に観音さまのように見え、目から鱗の落ちる 思いがしました。

    すべてを捨てて、ある意味命がけで、十数年も修行して、遠くに求め続けていた観音さまが、意外なことに、 こんなに身近なところにいたなんて、この現実に驚かされました。「じつは、わたしがいろんなことが見えてい なかっただけなのか」と愕然とし、「わたしの見方が、あまりに偏っていておかしかっただけだったのか」と感 じていました。
    (中略)
    本当は育ててもらったこと一つとっても、母には感謝してもし切れないほどのたくさんの恩恵を受けて育って きていたのです。 (中略) 不満を持ち、軽蔑さえしていた母こそは、じつは観音さまのようなやさしさにあふれる人だったのです。(後 略)


    ④田渕智子


    「ひかりの輪」役員の田渕智子は、寝たきりの祖母、体悪くしている父母、病気の妹らの介護や家事手伝いのために、鳥取県の実家にたびたび帰省するようになりました。

    田渕は、以前は「ひかりの輪」の千葉教室に住ん でいたのですが、鳥取との往復に便利なように、鳥取から比較的近い「ひかりの輪」の大阪のスタッフ住居に引っ越して、同所から実家との間を行き来するようにしています。


    ⑤吉田惠子

    「ひかりの輪」指導員の吉田惠子は、内観実践後に、より頻繁に実家に帰省するようになり、家事や病気の母の病院への送迎などを行うようになりました。

    両親が住む実家が福岡県内なので、最寄りの「ひかりの輪」福岡 教室に住んで、頻繁に実家との間を往復して、介護を行っています。


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    3 団体を挙げて、親の介護を支援したこと━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

    内観の実践やオウムの総括によって、両親等の親族との関係を重視するようになった「ひかりの輪」は、以下の 通り、両親への介護等のために人事等を配慮し、その支援をするようになりました。

    ①介護のために実家近くに部署異動した指導員

    前記の通り、田渕智子と吉田惠子については、両親への介護等のために、両親が住む実家に近い「ひかりの輪」 施設に部署異動させる等して、団体が支援しました。

    ②ケアのために定期的に帰省する指導員


    前記のとおり、宗形真紀子の父母は、高齢者・身体障害者で、半身不随・難病などをかかえているため、宗形は 、物理的・精神的ケアのために2~3ヶ月に一度、定期的に数日間、東北の実家に帰省しています。その間、団 体では団体業務を調整し、宗形が一定期間実家に戻れる体制を整えています。宗形は、2007年に母親と再会して 以降、特に内観を受け、著作を出版した2010年から実家との往復が定期化しました。

    ③役員だったが親の介護等を理由に退会したケース

    2013年10月まで「ひかりの輪」役員・大阪支部教室長であった女性については、内観を実施し、両親への感謝と 恩返しの気持ちが募り、両親への介護の必要性が生じたことから、介護等に専念するため、「ひかりの輪」を退 会しました。団体では、その支援のために、体制を整えました。

    また、2013年末まで「ひかりの輪」役員であった女性についても、内観の結果、両親への感謝の気持ちが強まり 、両親と10年ぶりに再会するに至りました。その後、父親が死去し、彼女も退会に至りましたが、現在は病弱な 母親の近くで、母親を支えながら生活しています。「ひかりの輪」では、その退会のための体制を整えて、バッ クアップしました。

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    4 麻原の教義では、親のために
        退会・部署移動・帰省は許されない
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    なお、こうした「ひかりの輪」の実践は、オウム・麻原の教義への信仰があれば、両親の介護等のために、退会や部署異動、帰省する等ということは、決して許されることではなく、決してできないことであるということを、付け加えて記しておきたいと思います。

    オウム真理教の教義では、本人の修行の妨げになるという理由だけではなく、その親にも、「出家した子供の真理の実践を邪魔する悪業を積ませる行為」になるということで、厳しく批判されました。

    そして、このように両親を軽視・蔑視するような教義を有していたからこそ、出家信者の両親の代理人となって 当時のオウム教団を批判した坂本堤弁護士を殺害するという事件を、オウム真理教・麻原は引き起こしたのです。
    その反省から、故坂本弁護士のお墓参りをさせていただき、オウム真理教の出家問題の克服を誓わせていただきました。 (2009年4月18日)

  • ③外部監査委員会を設置、外部の監査・指導の受け入れ

    「ひかりの輪」では、外部監査委員会を設置し、外部の監査や指導を受けています。
    これは「ひかりの輪」が、外部の意見を聞き入れながら運営されており、公安調査庁が主張するところとは実際に大きく異なり、閉鎖的・独善的・独裁的ではない現実をを示していると考えます。

    具体的には、外部監査制度の下で、「ひかりの輪」の役員・専従会員を中心に、監査委員によって、
      ① 団体活動に関する定期的な聴取や、助言・指導を含む各種の監査を受けているとともに、
      ② 自己反省法「内観」や、「修験道」の学習実践などの、精神的な指導
    をいただいてております。

    上祐ら「ひかりの輪」指導員らは、監査委員の方を「先生」と呼び、そのご指導を会員と一緒にお受けしています。内観の実習や、修験道研修では、上祐らは、生徒・研修生という学ぶ立場となり、委員の引率・指導に従っています。

  • ⑤宗教から哲学教室への変革

    「ひかりの輪」は、これまで、その思想や実践において、麻原・オウム真理教の信仰や教義や性質からの改革(「脱麻原」)を行ってまいりましたが、昨年2013年までには、宗教団体ではなく「哲学教室」としての改革を実現するまでの、大きな変革に至りました。

    以下、その点について詳述します。

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    1 哲学教室への改革に至る前の諸改革

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    本格的な哲学教室への改革は、2013年に結果を結びましたが、これは発足以来の継続的な実践の結果として実現したものでした。その経緯を簡潔にまとめて説明いたします。


    (1)団体発足時:

         従来の宗教とは違う「21世紀の新しい宗教」として開始


    「ひかりの輪」は2007年3月にアレフから脱会した上祐ら中心メンバーが、同年5月に設立しましたが、この当時から、すでに、従来の宗教とは違った「21世紀の新しい宗教」「新しい思想」を目指すことを掲げていました。

    それは、従来の宗教の最も悪い点を凝縮していたともいえるオウム真理教と麻原に対する反省・総括に基づく方針でした。

    以下は、現在は掲示していませんが、当時を確認するために、その理念を「ひかりの輪」公式サイトに掲載したものをご紹介します。

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    ○21世紀の新しい思想を創る(2007年03月01日)

    私たちの課題は、新団体を創ることではありません。
    理想は、21世紀の新しい宗教を創る、ということ。

    新しい宗教を創らずに、別のオウムを作るなら、
    単なる分裂騒動です。
    それは、意味がありませんし、そういうことは起こらないと思います。(略)

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    ○新団体の基本的な性格(2007年04月06日)

    旧教団の事件が、その宗教によって起こったのに、なぜ新団体は宗教を行なうのか、という質問をされることがあります。

    私たちは、旧教団の事件が、その宗教教義に一因があったということを深く受け止め、オウム真理教の宗教教義の総括だけでなく、カルト教団を宗教的な構造から、従来の宗教全般に渡る問題までを分析・検討して、そういった従来型の宗教を乗り越えた新しい宗教ないしは思想を実践しようとしています。

    よって私たちは去年から、「新教団」ではなく「新団体」と表現してきました。これは、新団体の性格が、「従来の宗教団体」のものではないという意味合いが込められています。(略)

    具体的には以下のような原理、原則を考えています。

    ①人を神としないこと

    特定の人間を神ないし神の化身として絶対視しない。一般で言う開祖・教祖を設けない。例えば、新団体の代表は、団体構成員の先輩・先達であり、あくまで不完全な人間である。

    ②各人にあった実践を認めること

    人間を神としないだけでなく、観念上の崇拝対象である神格や、実践する教えについても、唯一絶対のものは設けず、人それぞれが自分にあったと思うものを 実践、利用すればよい。よって、表現としては、崇拝対象と言うよりは、神聖な意識を引き出す象徴物と位置づけて、教えも、その人にあった方便・手段と位置 づけるべきである。

    ③ 団体は衆生に奉仕すること

    団体は、上記の通り、その会員・利用者に対して、その団体を上に置いて、団体を絶対視させるのではなく、団体が、会員・利用者に対して、その心身の浄化・癒しのために奉仕することに力点を置くものとする。

    なお、現実の問題ですが、団体が変化していくためには、所属する人全体の意識が変化する必要があり、その結果として、私を初めとするグループは、2004年頃にアーレフにおいて代表派(上祐派)が発足して以来、組織を徐々に変革させてきました。すなわち、ソフトランディングさせてきたということができます。

    これは、旧団体を反省し、やり直していくにしても、その過程が急激すぎるならば、出家修行者や在家信徒がその流れについて来れず、別にご説明した被害者・遺族の方々への賠償や信者の生活を確保することができないほどに、団体組織が崩壊する可能性があったからだということがあります。

    よって、これまで、私たちの対応の遅れ、不適切な表現、説明の不足によって、一般の皆さんには、新団体に関する様々な誤解が生じていると思いますが、今後の努力を積み重ねて、実行をもって、正しい理解が深まるように努力していきたいと考えております。-----------------------------------------------------------------



    (2) 2012年頃:「新しい智恵の学びの場」と自己を再規定


     
    そして、「ひかりの輪」は、2012年頃からは、すでに「宗教」という言葉から離れ始め、「新しい智恵の学びの場」と自己規定するようになりました。以下は、当時の「ひかりの輪」公式サイトに掲載したものです。

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    ○ひかりの輪とは何か--宗教ではなく、新しい智恵の学びの場

    2012年10月23日 代表 上祐史浩

    ◎宗教ではなく、新しい智恵の学びの場

    ひかりの輪は、宗教的な学習は行っていますが、特定の超越者・絶対者を信じる団体ではありません。すなわち、「宗教」ではなく、これまでの宗教というもののさまざまな問題を越えた、21世紀のための「新しい精神的な智恵の学びの場」です。その意味で、いわば、「宗教の学習センター」、「スピリチュアル・アカデミー」といった性格を有しています。

    ひかりの輪は、一人一人の中にある神聖な意識、すなわち、「万人・万物への愛(慈悲・博愛)」を育むことを最も大切にしています。神仏というものがあるならば、まさに、その一人一人の中にある神聖な意識だと考えています。

    宗教が説く「神」などの崇拝対象は、一人一人の神聖な意識を引き出すシンボル(象徴)であり、それ自体が唯一絶対ではなく、貴方が必要でなければ持つ必要 はないし、貴方に有益であれば、貴方に合ったものを尊重すればよく、人によって違ってよいと考えています。これは、宗教間の対立を越えて、諸宗教の融和をもたらす思想でもあります。

    (3)昨年(2013年)以降、哲学教室」に改編する正式な決定をした

    さらに、2013年には、「ひかりの輪」は自らを「哲学教室」と規定するに至りました。



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    2 哲学教室への転換の契機

        :2013年夏の上祐と田原氏との対談


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    「ひかりの輪」が、「宗教」ではなく「哲学」と自己を規定し始めた重要な契機は、2013年夏に行われた上祐とジャーナリスト・田原総一朗氏との対談でした(対談は、以下の書籍・ラジオにおいて行われました)。

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    ○『危険な宗教の見分け方』(ポプラ社)より

    ◎宗教じゃないよね


    田原 ところで「ひかりの輪」って宗教じゃないよね。

    上祐 はい。人生を有意義に生きるために、仏教などの思想、哲学を学ん でいますが、特定のものを崇拝はしませんから、宗教ではありません。

    また、仏教など東洋思想に加えて、欧米発の心理学や哲学も学んでいるので、東西の思想哲学の学習教室と言えると思います。

    この前、ラジオ番組に出演するために田原さんにお会いした際に、田原さんが宗教と哲学の違いを話されていましたが、それを聞いて、ひかりの輪には「哲学」という言葉がしっくりくるなと思いました。(p183)

     ○2013.06.21放送「田原総一朗のタブーに挑戦! アベノミクスは成功するのか?」〈田原総一朗、上祐史浩との対談について語る〉より

    ◎ひかりの輪は宗教じゃない、哲学に近い

    宗教じゃない、宗教じゃない、宗教じゃないよ。あれは宗教じゃないよ。

    つまり彼は、あの麻原彰晃をいまでも信仰してるアレフの会ってあるわけね。これは宗教です。麻原を一番の神として。

    で、彼は、そのそういうオウム、麻原を全面的に批判するひかりの輪という、これは宗教じゃないんですよ。

    麻原を批判し、オウムを批判し、人間とはいかに生きるべきか。

    どっちかというと哲学に近いのね。ひかりの輪っていうのは。

    (司会:ということは上祐さんは、宗教を、宗教から抜け出て、そういう集団を作っていると考えて、そう感じられました?田原さんも。その怖さを身をもって知っているからですかね。)

    よーく知ってる。そこのところを上祐さんに聞いたわけ。




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    3 2013年12月

    :基本理念を改正し、正式に哲学教室へ転換を決定


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    2013年12月、「ひかりの輪」は「基本理念」を発足以来初めて改正し、団体を「思想哲学の学習教室」「哲学教室」と正式に位置付けるに至りました。以下は、改訂された「基本理念」の抜粋です。-----------------------------------------------------------------

    ○「ひかりの輪」基本理念(2013年12月17日改正)

    私たち「ひかりの輪」会員は、以下の基本理念に従って行動し、全ての人々、生き物に対して、奉仕していくことを、ここに誓う。(中略)

    2,宗教ではなく、「宗教哲学」を探求していく

    一般に宗教とは、「神または何らかの超越的絶対者、あるいは卑俗なものから分離され忌避された神聖なものに関する信仰・行事」と定義されており(※1)、その実践においては、崇拝対象に対する疑問や理性による考察を許さない絶対的な信仰や、行きすぎた盲信を伴う場合もある。

    しかし、私たちは、次項以降に述べる理由により、特定の存在に対する絶対視や盲信を否定するとともに、人間から分離された超越的絶対者を崇拝することなく、理性を十分に維持して、私たち自身の内側や周辺の現実世界の中に神聖なる存在を見いだして尊重していく実践を行う。

    これを正確に表現するならば、「宗教」ではなく、「宗教一般の本質ないし、あるべき姿を自己の身上に探求し、理性にとって納得のゆくものとして理解しようとする」とされる「宗教哲学」(※2)の実践といえるものである。

    (※1)岩波書店『広辞苑』

    (※2)岩波書店『岩波 哲学・思想事典』

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    以下は、上記理念を表現し直し、「ひかりの輪」公式サイトに掲載したものです。-----------------------------------------------------------------

    ひかりの輪とは--東西の幸福の智恵、思想哲学の学習教室

    2014年10月 代表 上祐史浩

    ひかりの輪は、物に限らず、心の幸福のために、仏教などの東洋思想や心理学などの東西の幸福の智恵・思想哲学を学習・実践する教室です。

    その教室の学習の中で、仏教、神道、修験道、仙道、ヨガ・ヒンズー、聖書系の宗教の思想哲学の学習は行っていますが、特定の教祖・神・教義を絶対視することはなく、宗教ではありません。

    また、学習の対象には、物心両面の幸福に役立つと思われる、心理学、西洋哲学、自然科学が含まれています。

    ◎宗教ではなく宗教哲学として:理性で宗教を解釈し活用する

    宗教は、崇拝対象に対する疑問や理性による考察を許さない絶対的な信仰や、行きすぎた盲信を伴う場合があります。

    しかし、宗教やその解釈の一部には、盲信を必要とせず、理性に基づいて納得できるものがあり、それを「宗教」ではなく、「宗教哲学」と呼びます。

    例えば、仏教も、大学の専攻に仏教哲学・東洋哲学といった言葉があり、ダライラマ法王も、仏教は、哲学・科学・宗教を含んでいると語っています。

    宗教は、盲信という弊害があります。その一方で、その一部には、人の幸福のために、合理的でかつ奥深い智恵・人生哲学もあります。

    そして、宗教の弊害を避け、その一部から、幸福の智恵を抽出することは、皆さんにとって、人生の大きな宝となるのです。

    以上のとおり、「ひかりの輪」は「宗教」ではない、「宗教哲学」の実践を目指す方向性を明らかにしました。

    (写真は、2013年の東京や大阪での上祐の講義・講話のようす)







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    4 2014年2~3月

        :哲学教室への改革に合わせた施設改革を開始
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    翌2014年の2月から3月にかけて、哲学教室への改革にふさわしい団体施設の改革を開始しました。すなわち、3月11日に2つの新しい規定「思想哲学の学習教室への改革にともなう団体活動の場に関する規定」、「教室内装に関する申し合わせ事項」を定めて、以下の趣旨の改革を行いました。

      1.「道場」の呼称を廃止し「教室」と呼ぶこと

      2.恒常的な祭壇を廃止(仮設祭壇のみ)。

      3.三仏を廃止(正面の壁は釈迦のみとする)。

      4.室内のインテリアに非宗教的なものを多用すること。

      5.上記にともない大黒天仏像も事実上廃止。

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    5  2014年5月:エンパワーメント廃止を改めて確認、

         ヒーリングを導入


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    2014年の5月には、公安調査庁によって誤解されていたエンパワーメントに関して、新しい活動規定「ヒーリングおよび瞑想指導に関する規定」を制定し、改革を行いました。その趣旨は以下の通りです。

    ①エンパワーメント類は改めて廃止をし、ヒーリングを実施すること。

        
    (なお公安調査庁が指摘する「弥勒金剛法具エンパワーメント」は、2011年に廃止済であるところ、あらためて廃止を確認した)

    ②ヒーリングの指導者を絶対視、神格化しないこと。

    ③ヒーリングの料金は一般的なスピリチュアル事業で良心的な範囲にすること。

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    6 2014年9月:

        哲学教室への完全な転換のための様々な改革①


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    2014年9月には、哲学教室への完全な転換を行うため、新たな規定「思想哲学の学習教室への改革を推進するための活動規定」、「教室活動の改革に関する申し合わせ事項」を制定し、会員にも周知しました。その趣旨は、以下の通りです。

    ①祭壇の完全な廃止(=仮設祭壇も廃止)


    仮設祭壇を含めて、祭壇の設置や使用は完全に廃止しました。以下は、祭壇が撤去された各教室の内部です。

    ◎東京本部教室・兼上祐の自室




    ◎名古屋教室





    ②供養等の儀礼の廃止


    供養の儀礼の体験・学習や、そのための祭壇(のようなもの)の仮設を一切行わないこととし、祭壇と供養の儀礼を完全に廃止し、思想哲学の学習教室として、よりふさわしい形態としました。

    ③大黒天関係の法具の破棄など


    大黒天関係の法具については、「ひかりの輪」では、麻原・オウム信仰の反省の象徴と位置付けてきましたが、公安調査庁は正反対に、麻原信仰の象徴という事実に反する主張を行うので、社会と「ひかりの輪」との融和の障害になることも考えられ、正式に廃止しました。

    ④三仏の完全な廃止


    同年3月の活動規定によって、正面中央の仏画を釈迦とすることは維持されていましたが、本規定によって、それも廃止され、三仏は完全に廃止されました。

    ⑤聖音水の廃止


    聖音水については廃止し、瞑想修行の前に瞑想用ハーブ茶などを用いたり、浄めのための水には、聖地のわき水等を活用したりすることとしました。

    ⑥密教修行等の廃止


    「ひかりの輪」では、仏教教義の中では、初期仏教や大乗仏教の思想を参考にしているにすぎませんので、密教の修行は廃止しました。

    ⑦哲学教室にふさわしい教材への改革


    「ひかりの輪」で従来使用していた教本・CD・DVD・HPについては、上記の改革の理念に適合するよう大幅改訂、または破棄する決定をしました。

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    7 2014年10~11月:

    哲学教室への完全な転換のための様々な改革②


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    上記改革を進めるため、2014年10月には、専従会員に関する規定をあらためて定め、オウム真理教の出家制度ではないことの確認と、専従会員の個人資産保有の体制を作り、また、同年11月には、思想哲学の学習教室にふさわしい用語や概念の使用に関する規定類が定められました。



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    8 一連の改革は団体内外に広く認識されたこと


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    以上に述べた一連の改革は、団体の内外で広く認識されています。それは以下の通りです。

    ①田原総一郎氏


    ジャーナリストの田原総一朗氏は、前記ラジオ放送において、「ひかりの輪」について、宗教ではなく哲学に近い、麻原を全面的に批判している旨を述べました。

    ②ウィキペディア


    インターネット上のフリー百科事典であるウィキペディアでは、「ひかりの輪」について、宗教団体というより仏教系哲学サークルに近いと紹介され、その評価が定着しつつあります。

      
    「○ひかりの輪

         
    2013年頃から"宗教団体"としてではなく、"仏教哲学サークル"として

          の活動に近いものになってきており、不定期で「哲学セミナー」をUstream

          で動画配信している。

    ③祭壇等の廃止を確認した会員・非会員・外部監査協力者


    「ひかりの輪」の活動に参加した会員・非会員・外部監査協力者からは、「ひかりの輪」施設内の祭壇の有無を問うアンケートを多数徴収していますが、祭壇があったという回答は全くありません。

    ④施設見学した報道関係者、祭壇廃止を報道したテレビ局

    「ひかりの輪」は2014年10月15日に、全国4カ所の施設を報道関係者の見学に供しましたが、その際、報道関係者から徴収したアンケートの中にも、施設内に祭壇があったという回答はありませんでした。現に、祭壇がなくなっている旨の報道もなされています。

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    9一連の改革により、公安調査庁が批判した事項は

    全て解消されたこと


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    この一連の改革によって、かねてから公安調査庁が「麻原隠し」の根拠であるとか、オウム真理教と同一であると、事実に反して主張されていたものは、一切排除されました。

    すなわち、祭壇、三仏、大黒天、神柱、聖音水、エンパワーメント、密教、出家制度等です。

    仮に、これらが本当に公安調査庁がいうように「麻原隠し」の行為だったのであれば、麻原に帰依する限り、「ひかりの輪」はそれを排除できなかったはずなのではないでしょうか。
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    10 公安調査庁の恣意的な対応の疑惑


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    「ひかりの輪」は、公安調査庁に対して、一連の改革後も依然として「麻原隠し」の疑惑が生じる事柄があれば、その根拠と共に示していただけるように要請しましたが、一切示されませんでした。

    疑惑があれば指摘し、麻原の許可がなくてもそれを解消できるかを試してこそ、真実がわかるはずですが、そうしないという事実は、「初めから観察処分更新のための調査をしているのではないか」という疑惑が生じます。


  • ⑥様々な意味で麻原から完全に離脱

    上記の改革に加え、「ひかりの輪」は、以下の通り、物理的にも様々な意味で麻原から完全に離れており、麻原が主宰者であったり、麻原に従ったりすることはありえません。

    (1)「ひかりの輪」スタッフは、麻原と面会する意思も、法的な権限もないこと

    「ひかりの輪」のスタッフは、当然、麻原とこれまでに面会していませんし、今後もすることはありません。そもそも、麻原は確定死刑囚なので、法的に面会は不能です。

    (2)麻原は長年、家族を含めた何人に対しても面会を拒絶していること

    また、麻原自身、長年にわたって、自身の家族や弁護人とすら面会をしておらず、何人に対しても面会を拒絶しています。

    (3)麻原は、間もなく刑死し、いかなる意味でも、主宰者たりえないこ

    ①法務省幹部は、麻原の死刑執行に意欲的であり、平田信の出頭の前に、死刑執行をしようとしましたが、当時の民主党政権の死刑廃止派の法務大臣に阻まれる中で、平田信・菊地直子・高橋克也が出頭して、実現しませんでした。

    ②しかし、最後のオウム裁判(高橋克也の公判)が進む中で、以前の民主党政権時と違って、現在は、死刑執行を実行する自民党政権が続く見通しの中で、裁判の進行・終了とともに、2016~2017年には、麻原の死刑執行が予想される状況です。

    以上は、あくまで最高裁での終了見通しであり、それ以前の執行もあり得ます。

    こうして、仮に観察処分更新が認められれば、2018年1月まで続く更新期間中に、麻原が死亡しているにもかかわらず、その死亡者が「主宰」している団体として「ひかりの輪」に観察処分を行うという、幽霊話にも似た滑稽な状況に陥ってしまいます。

    この滑稽さ、架空性は、「麻原隠し」の主張にも似ています。

  • ⑦オウムの脱却・払拭の歩み

       以上の「脱麻原」「反麻原」の活動に加えて、「ひかりの輪」が、その発足以来続けてきた改革努力について述べます。

    (1)観察処分の適否の審査は、観察処分更新請求時点(2014年12月)の状況を対象にされるべきであること

      
    当然ながら、観察処分の適否の審査においては、観察処分更新請求の時点、すなわち2014年12月における「ひかりの輪」の状況が処分要件を満たしているか否かが審査されるべきです。

       このことは、団体規制法の第5条において「引き続き当該団体の活動状況を継続して明らかにする必要があると認められるときは、その期間を更新することができる。」とされていると同時に、第6条において「当該団体の活動状況を継続して明らかにする必要がなくなったと認められるときは、これを取り消さなければならない。」とされていることからも明白です。

       しかし、「ひかりの輪」においては、次に示すように、アレフ脱会前の2005年から2014年12月に至るまで、年を追うごとに、その構成員・団体の麻原やその教義に対する考え方は、大きく変化してきている事実があることを踏まえなければなりません。

      詳細は後にも述べますが、アレフ脱会前にさかのぼり、ここでは大まかな変遷のみ記しておきます。

    (2)2005年前後
    アレフ内部での対立


       アレフ(当時はアーレフ)脱会前に、アレフ内部において、上祐らが「代表派(上祐派)」を発足させた2005年前後は、麻原を盲目的に信奉する「アレフの主流派」と対立し、アレフの中で、オウム真理教事件を振り返り、麻原や教団の現実を見る独自の活動を本格化させた時期です。

       アレフ内部の麻原を教祖とする体制の中に所属する中、麻原やオウムの問題点を指摘し続け、アレフ内部の信者たちに、現実を伝える活動を行いました。代表派の人々は、自身が、オウムや麻原の実態を知る中で、懸命にその作業を行い、麻原を絶対とする教えから離れていきます。変化には個人差もあり、麻原に依存する傾向との闘いの時期でした。
       しかし、この過渡的な時期から、人によって個人差はあるものの、徐々に麻原に対する相対的な見方が深まっていき、2006年後半からはさらに大きな変化が始まっていきます。

    (3)2006年後半から 脱会の準備麻原の教材の破棄


       まず、2006年10月から11月に、アレフを脱会して、新団体を発足させる上での件等として、「麻原・オウム真理教の教材」の扱いに関して、専従会員の会合が繰り返し開かれました。
       その中で、麻原に対する依存から完全脱却するために、その教材を一切破棄することを決定しました。
       その後、「アーレフ時代の全ての教材」まで破棄するように拡充されました。

    (4)2007年 アレフを脱会、「ひかりの輪」の発足

       次に、翌2007年になると、

    ①3月までに、麻原の教材の破棄作業がほぼ完了し、アーレフを正式に脱会し、

    ②上祐らを中心に、オウム時代のヴァジラヤーナ活動の詳細な総括・反省や、そのグルイズムやヴァジラヤーナ教義などの緻密な反省・修正がなされて、脱会してきたアーレフの信者にも送付するとともに、ひかりの輪の公式HPで発表し、

    ③5月に「ひかりの輪」が新たに設立されるとともに、専従会員全体で、麻原や麻原の教義を乗り越えるエッセンスを記した団体の基本理念・会則が採択され(この基本理念・会則は非専従会員にも読了が要請された)

    ④その後も、上祐らを中心として、オウム教義の否定が繰り返されるとともに、新しい団体の新しい思想が提唱され始めました。

    (5)2008年 オウム時代の総括を公表

      さらに、2008年
    に入ると、その前半から、以下のような徹底した反省・総括の取り組みがなされました。

    ①団体によるオウム時代の詳細な総括 オウム時代を時系列に詳細に分析し、麻原やその教義への信仰に関する具体的かつ詳細な反省をした総括を行いました。専従会員全員で話し合った上、役員全体で採択した総括文書が作成されました。

    ②団体による心理学的な知見からの詳細な総括 心理学的な知見や、麻原の幼少期からの人格を調査した外部の資料を含めた広範な資料に基づいて、麻原が人格障害者であったと結論づけた総括を行いました。役員全体で採択した総括文書が作成されました。

    ③役員を初めとする個人の専従会員・非専従会員のオウム時代の総括 役員を初めとする専従会員・非専従会員個人が、自分自身のオウム時代等を振り返って、詳細な反省・総括を繰り返してなし、それを文書にまとめる作業を繰り返しました。そして、これらは、記者会見やHPで広く社会に公表されました。なお、以上の総括については、後でも詳細に述べます。

    ④オウムの教義の否定や新しい教義の提唱に関する多様・広範な取り組み 上祐らによる多数の講話、会員向けメッセージ、教本などによって、オウム時代の教義の反省と、それを乗り越えた新しい思想の提唱がさらに繰り返し行われました。その成果は、その後の特別教本等に結実しています。

    ⑤オウムの総括作業により、過去を反省し、長らく両親との連絡を絶っていた専従会員が、連絡を回復しはじめました。

    (6)2009年 内観、慰霊行事、被害者賠償契約の締結、総括の講演

    ①外部の内観の専門家(2名)を「ひかりの輪」にお招きし、刑務所等の矯正施設でも用いられている自己反省法「内観」を「ひかりの輪」の役員はじめ主な会員で実施し、これまでのオウム・麻原・自分自身の自己中心性に対して、より深い反省を深めました。また、長らく両親等との連絡を絶っていた専従会員が、連絡を回復するようになりました(詳細は前記の通り)。

    ②「内観」から気づかされた親子関係の重要さを「ひかりの輪」の思想の枢要に据え、親子関係の破綻からオウム問題が発生、坂本弁護士事件という外部社会への攻撃が始まったことを総括しました。また、内観的手法を「ひかりの輪」の修行法に導入しました。

    ③3カ月に一度、オウム事件犠牲者の冥福をお祈りし、負傷者の早期回復をお祈りする慰霊儀式を執り行い、オウム・麻原の間違いを強く心に刻みつけるようになりました。

    ④オウム真理教犯罪被害者支援機構との間に被害者賠償契約を締結し(7月6日)、定期的な賠償に励むことによって、さらに強くオウム・麻原の間違いを心に刻みつけ、償いの気持ちを深めるようになりました。

    ⑤このようにして気づいてきたことを、「ひかりの輪」指導員が市民団体の会合に招かれて講演する等して、社会に還元する活動を始めました。

    (7)2010年 トークショーや出版でのオウムの総括の公表、一般社会との交流


    ①前年までのオウム総括の深まりを社会に還元するために、さらに上祐ら「ひかりの輪」幹部が、一般市民向けの講演やトークショーに招かれ、講演を重ねるとともに、一般の出版社からの出版を行うなどして、オウム・麻原の再来を防ぐことを広く訴えました。

    ②上記のような理念に基づく「ひかりの輪」の活動を広く社会に公開するために、「ひかりの輪」の講話会を一般公開するとともに、誰もがインターネットでも視聴できるようにしました。
       「ひかりの輪」の聖地巡礼修行も一般人が参加できるよう公開し、懇親会も開いて一般人と交流するなどして、「ひかりの輪」の主な活動の全てを公開することにより、いっそうオウム・麻原の再来を防ぐことを訴えるための活動を広く展開しました。

    (8)2011年 一般社会とのさらなる交流、伝統宗教からの指導、外部監査委員会の発足

       2011年には、前記までの活動をさらに充実させるとともに、

    ①かつて麻原が否定した聖徳太子の思想=和の教えを重視して展開。
    ②特定のシンボルを有さず、個人にあったシンボルを良しとする信仰概念の導入。
    ③オウムの閉鎖性を超えた完全開放型の団体づくり。
    ④科学的・理性的・人道的・平等主義・民主的な団体を目指す。
    ⑤他宗教とのさらなる交流、伝統宗教の指導を受ける(羽黒修験道等)。
    ⑥外部監査制度の導入、外部監査委員会の発足。

    を行ってきました。

       こうした結果として、麻原やその教義への信仰から本質的な脱却が図られていき、前記の通り、2012年から現在に至るまでの「思想哲学の学習教室」としての改革につながっていったのです。

  • ⑧外部監査委員会による監査と結果

      公安審査委員会が前回更新決定において「注視する」とした「ひかりの輪」の外部監査制度について、以下に述べます。

    1.外部監査委員会の監査と結果

    (1)外部監査委員会について

      ひかりの輪外部監査委員会は、2011年12月17日、地下鉄サリン事件等のオウム真理教による事件の再発防止の観点に立って設置されました。
       「ひかりの輪」は、その会則で外部監査委員会を置くこととしており、具体的には「ひかりの輪外部監査規約」(以下「規約」と記す)と「『ひかりの輪』および『ひかりの輪外部監査委員会』の申合せ事項」(以下「申合せ事項」と記す)に基づいて設置された外部監査委員会が、「ひかりの輪」への外部監査を実施してきました。
       外部監査委員会は次の3名で構成されています。

         委員長 河野義行氏(松本サリン事件被害者、元長野県公安委員)
         委 員 A氏(犯罪者更生や被害者学の専門家の大学教授)
         委 員 B氏(伝統宗教の宗教家・東北地方の修験道の先達)

    (2)外部監査の概要

       外部監査は、2011年12月17日から2014年11月27日までの「ひかりの輪」の活動全般を対象として、同期間に実施されました。オウム事件の再発防止の観点から団体が適正な団体運営を行っているかが監査されましたが、特に、団体規制法第5条規定の観察処分の適用要件に該当する事実の有無が重点的に監査されました。
       具体的な監査手続は、以下の通りでした(以下は、「外部監査結果報告書」より)。

       ①会合監査

       外部監査委員会と「ひかりの輪」役員等が出席する会合(監査会合)が、「ひかりの輪」東京本部教室において、2011年12月17日から2014年11月14日までの間、計13回開かれました。同会合では、「ひかりの輪」からの提出資料等に基づいて、外部監査委員が「ひかりの輪」役員等から活動内容等について聴取し、質疑応答形式での監査が実施されました。

       ②施設監査

       外部監査委員会または規約に基づく外部監査協力者が、「ひかりの輪」の全国各施設の使用状況・内部状況について、各施設への立入を行うことによって監査を実施しました。立入の回数は、外部監査委員によるものが計43回、外部監査協力者(以下「協力者」と記す)によるものが計76回以上でした。

       ③資料監査

       「ひかりの輪」が提出した活動内容、思想内容等に関する資料(計529点)が監査されました。それらの資料のうち思想に関するものの内容については、専門的見地からの見解を求めるため、外部監査委員会が宗教学者からの意見を聴取して、監査の参考としました。

       ④アンケート監査

       A 「ひかりの輪」の行事に参加した協力者が記入したアンケート計99通が
           徴集し、監査されました。
       B 「ひかりの輪」の行事に参加した団体会員ならびに一般人が記入したア
           ンケート計2077通(内訳:団体会員1172通、一般人817通、その他
           88通)が徴集、監査されました。

       ⑤行事監査

       「ひかりの輪」の行事の直接視察による監査が実施されました。

       ⑥精神的指導

       申合せ事項に基づく以下の精神的指導と、その効果が監査されました。

          A 自己反省法「内観」の指導

       A委員による自己反省法「内観」の指導が、2012年4月22日から2014年10月5日までの間、「ひかりの輪」の全国各施設のべ25カ所において、「ひかりの輪」役員全員を含む「ひかりの輪」会員等のべ158名に対して実施されました。指導を受けた「ひかりの輪」会員等全員が、内観実践の直後に感想文を提出し、外部監査委員会において監査されました(そのうち内観実践者本人の承諾を得たものについては、同委員会のHPに掲示されています)。
       また、A委員による内観の講義が、2012年5月27日、「ひかりの輪」東京本部教室において、「ひかりの輪」会員等に対して行われました。

          B 修験道の指導

       B委員による山形県・出羽三山(羽黒山、月山、湯殿山)における修験道指導が、2012年7月から2014年7月までの間、計3回にわたって、「ひかりの輪」役員を含む「ひかりの輪」会員等のべ85名に対して実施されました。
       指導を受けた「ひかりの輪」会員等は、後日、感想文を提出し、外部監査委員会において監査されました。
    また、B委員による修験道の講義が、2012年2月19日、「ひかりの輪」東京本部教室において、「ひかりの輪」会員等に対して実施されました。

    (3)監査事項に関連する第三者への調査等

       前記の「ひかりの輪」に対する直接の外部監査以外にも、監査事項に関連する第三者への調査等が以下の通り実施され、監査の参考とされました。

       ①宗教学者からの意見聴取

       「ひかりの輪」の思想内容については、外部監査委員会は、団体規制法・観察処分適用要件の観点から、以下の2名の宗教学者に専門的見地からの意見を求め、意見書の提出を受けることによって、その意見を聴取しました。

       A C氏(大学教授、文学博士)
       B大田俊寛 氏(さいたま大学非常勤講師、文学博士)

       ②オウム真理教犯罪被害者支援機構の弁護士への調査

       前記の通り、「ひかりの輪」は、アレフによるオウム真理教犯罪被害者支援機構に対する著作権侵害をやめさせるために同機構への情報提供等の協力をしてきましたが、その事実について、外部監査委員会は、同機構の関係者に対して、聞き取り調査を行いました。

       ③東京の地域住民への調査

       外部監査委員会は、「ひかりの輪」から報告があった「ひかりの輪」東京本部の周辺住民組織の反対運動について、同本部前で監視活動を行っていた周辺住民に、複数回にわたって直接接触し、実情を確認、調査しました。

    (4)外部監査委員会による監査結果

       外部監査委員会は、上記の監査を尽くした後、2014年11月27日に、以下の趣旨の監査結果を公表しました。

    ①3年間の監査の結果、「ひかりの輪」には、観察処分の適用要件に該当する事実は、何ら認められなかった。

    ②警視庁による旅行業法違反容疑の捜査は、事案の性質、軽重、「ひかりの輪」の改善措置ならびに関係官庁・弁護士等の専門家の見解を総合した結果、上記①の結論に影響を与えるものではないと判断する。

    ③「ひかりの輪」の会員が、公安調査官から金品提供を受けていた件は、「ひかりの輪」からの報告を受け、外部監査委員会による助言等に基づき、団体の会員に対する指導や、公安調査庁に対する停止の要請など、適切な改善策が取られたことを確認した。

    2.外部監査委員会の監査結果が信頼できるものであること

       外部監査委員会による上記の監査結果は、以下に述べるとおり、信頼できるものです。

    (1)優れた資質の委員によるものであること

      ①河野義行委員長

         A.人物

       河野義行委員長は、松本サリン事件被害者(自身が負傷者であり、かつ夫人を亡くされた)、元長野県公安委員、特定非営利活動法人リカバリー・サポート・センター顧問、「ヘイトスピーチとレイシズムを乗り越える国際ネットワーク」共同代表、著述家です。
       松本サリン事件で被害を受けただけでなく、当初は同事件の犯人として警察やマスコミから迫害された冤罪被害の体験を有しており、また警察を監督する公安委員の実績に基づき、強いリーガルマインドと公正な人格が社会で高く評価されています。著書、講演多数。
       「ひかりの輪」と公安当局の双方に、厳格で公平な視点を有する優れた資質を備えています。

         B.「ひかりの輪」についての見解

    ○ひかりの輪の脱麻原は確か
       アレフはまだ麻原(彰晃)さんの影響があると思います。ひかりの輪は麻原さん1人に帰依したのが間違いだということで、他宗教、例えば出羽三山で修行したり、麻原絶対帰依からは遠ざかっているのは確か。

    ○公安調査庁は心の中のことを罰している(内心を罰している)
       そんな力(危険なことをする力)はないと思う。公安調査庁がひかりの輪やアレフへの団体規制法で、言うなれば心の中のことを罰している(報道の取材に対して)。

       ②A委員

          A.人物

       A委員は、大学法学部教授で、専門は刑事政策。犯罪者更生・被害者学も専門としており、犯罪者更生や親子問題の解決に極めて有益な自己内省法「内観」の指導者として、国際的な権威があります。内観を世界に普及し、各国の公的・私的な矯正機関で採用されています。
       教育界など様々な分野で講演。著書も多数あります。
       オウム事件の原因となった親子問題やマインドコントロールの解決に有効で、かつオウム問題全般について元信者に深い反省をもたらす内観の指導者であることから、監査委員としての優れた資質を備えているといえます。

          B.「ひかりの輪」についての見解

       「ひかりの輪」で内観を組織的に導入して成果をあげていることや、全国各地での内観指導にともない各施設の施設監査を行ったことから、「ひかりの輪」が閉鎖的な組織ではない旨の意見書を提出されました。

       ③B委員

          A.人物

       B委員は、伝統宗教の宗教家で、東北地方の修験道の先達です。日本を代表する修験道の大家でもあり、海外での祭典にも招かれ、祭祀を執り行うなど、その自然と平和への祈りは世界に羽ばたいています。山の思想、修験道に関する講演を多数行っています。
       大学で行われる修験道に関する学術的研究にも参加、シンポジウムなどの出演も多数行っています。大学の特別研究員でもあり、伝統宗教の実践のみならず、大学で講義を行う近代性も併せ持ち、「ひかりの輪」の宗教・思想面からの監査を行う委員としての優れた性質を有しています。

          B.「ひかりの輪」についての見解

       3年の監査の中で、「思想哲学の学習教室」への転換を含め、オウムの教義と重なる部分は全くなく、観察処分は不要だと判断していること、団体組織の運営においても、上祐の専決はなく、施設も開放的になった旨の意見書を提出されました。

    (2)優れた宗教学者の意見に基づいていること

       前記の通り、外部監査委員会は、「ひかりの輪」の思想内容の監査にあたっては、以下の優れた宗教学者の意見を参考としています。

       ①C氏

          A.人物

       C氏は、大学教授、文学博士であり、地下鉄サリン事件発生以前から、長きに渡りオウム真理教に対する強い問題意識を持ち、オウム真理教問題関連の論考等が多数あるオウム研究の専門家です。
       その専門性については、公安調査庁も認めており、現に、同庁はアレフ問題でC氏に意見を求めたことがあるほどです。
       C氏は、7年以上前から、オウム真理教に加えて「ひかりの輪」の情報も得るようになり、外部監査委員会からの要請に対しては、「ひかりの輪」と公安調査庁の双方の主張を理解し、最近までの「ひかりの輪」の教材や動向を調査した上での意見を提出しています。

          B.「ひかりの輪」についての見解

       上祐と「ひかりの輪」の思想は、オウム事件の最大の原因である麻原・オウムが陥った落とし穴からしっかりと脱却したものであり、初期仏教の普遍的な思想・哲学がベースである。これを理解することが、上祐、「ひかりの輪」を「麻原隠し」などと誤解しないために重要であり、観察処分は不要であるとの趣旨の意見書を提出されています。

       ②大田俊寛氏

          A.人物

       大田俊寛氏は、埼玉大学非常勤講師で、文学博士です。オウム真理教研究の専門家で、『オウム真理教の精神史』(春秋社)をはじめとして、オウム関連の著作・対談・論文等が多数あります。
       外部監査委員会への意見書提出にあたっては、これまでの「ひかりの輪」と公安調査庁の双方の主張と証拠、「ひかりの輪」の主要な教本全てを含めた膨大な資料を調査・研究し、「ひかりの輪」幹部からの聞取り調査を繰り返し行っています。その調査量は、公安調査庁が引用した宗教学者の追随を許しません。

          B.「ひかりの輪」についての見解

       大田氏は、「ひかりの輪」の思想について、オウム事件の要因となったオウム教義、すなわち①オウムの善悪二元論の世界観、②麻原への絶対的帰依=グルイズム、③ポアの思想といった、事件の原因となったオウムの主要な教義をすべて排除していると評し、提出した意見書において以下のように述べています。

       このように、オウムにおける暴力性の根源には、人間を「霊的に進化する人間」と「堕落する人間」に区別する二分法的世界観、さらには、それに基づく陰謀論が存在していたわけだが、翻って現在の「ひかりの輪」では、こうした観念が何らかの仕方で残存しているだろうか。
       まず結論から言えば、そのような形跡は見当たらない。同団体の思想においては、二元論を乗り越え、「万人万物が輪のように一体」であることが強調されているが、これは具体的には、オウムにおける二分法的人間観が無差別大量殺人に繋がったという自覚と反省の上に提唱されたものと理解することができる。
       (中略)
       差し当たり重要なのは、現在の「ひかりの輪」において、理不尽な惨劇を生み出すに至ったオウム的思考法や世界観に対する明確な反省・考察が行われ、その上で、そこからの脱却が図られているということである。
       (中略)
       それでは、現在の「ひかりの輪」では、依然として麻原彰晃に対するグルイズムが維持されているだろうか。ここでも端的に結論を言えば、それはすでに、完全に破棄されている。
       (中略)
       加えて、しばらく前まで「ひかりの輪」は、「大黒天」や「三仏(釈迦・弥勒・観音)」を宗教的シンボルとして用いていたのだが、公安調査庁はこれらを、麻原彰晃に対する崇拝が形を変えて(偽装されて)維持されているものと見なした。確かに、このような解釈を引き寄せてしまう余地が少なからずあったとはいえ、「ひかりの輪」の宗教的見解の変遷をアレフ時代まで遡って時系列的に振り返ってみると、そうした主張もまた、事実を正確に捉えたものとは言い難い。
       (中略)
       なかでも「最終解脱者」である麻原が有すると考えられた「ポワ」の技法は、オウムの犯罪行為に直結するものであったと見なければならない。
       これに対して、現在の「ひかりの輪」の思想では、あらゆる教えや観念を絶対視しないことが前提とされているため、「輪廻転生」もまた、文字通りの実在としては捉えられていない。それに代えてむしろ、釈迦が示したと言われる「無記」の態度が重視されている。すなわち、世界の無限性や死後の世界の実在など、いくら議論を尽くしても回答が出ない形而上学的問題に頭を悩ますことより、「苦からの解放」に繋がる事柄を優先するという態度である(『中道の教え、卑屈と怒りの超越宗教哲学・21世紀の思想』六四頁を参照)。
       (中略)
       以上、オウムにおける無差別大量殺人に深く関連したと考えられる三点、すなわち、二分法的世界観、グルイズム、ポアという技法について、その概要と、現在の「ひかりの輪」における見解について考察してきた。全体として言えば、「ひかりの輪」においては、過去のオウムに存在していたさまざまな問題点が適切に反省・考察されているとともに、それらを乗り越えるための新たな宗教観が探究されていると結論することができるだろう。
       (中略)
       今後も変化を続けるであろう「ひかりの輪」に対し、私自身も一人の対話者として、その「学び」の一端に加わりたいと考えている。そして、団体規制法に基づく「ひかりの輪」への観察処分が、オウム事件を真摯に反省し、外部に開かれていこうとする同団体の動きを阻害するものであってはならないということを、最後に付言しておきたい。

    (3)公安調査庁の宗教学者より優れた調査に基づいていること

       公安調査庁は、2014年12月1日に行った観察処分更新請求において、数名の宗教学者から意見を聴き、その意見に基づいて、「ひかりの輪」への観察処分が必要である旨主張しています。
       しかし、公安調査庁の宗教学者よりも、外部監査委員会が意見聴取した上記宗教学者(C氏、大田氏)の方が、その資質のみならず、その調査内容や調査量等において優れています。
    具体的には以下の通りです。

       ①「ひかりの輪」に関する膨大な調査に基づいていること

         C氏、大田氏の両名については、以下の通りです。

    A.オウム真理教と「ひかりの輪」を長年研究している。
    B.「ひかりの輪」発足以来の特別教本(最新版含む)、
        「ひかりの輪」幹部の発刊した書籍、総括文書の全
        てを閲読している。
    C.「ひかりの輪」の内部文書(活動規定その他)、公安
        調査庁とその宗教学者の主張を調査している。
    D.上祐をはじめとする複数幹部への聞き取り調査を実
         施している。
    E.「ひかりの輪」の聖地めぐりの視察(C氏、複数回)。
    F.「ひかりの輪」の本部施設の視察(大田氏、複数回)。

       ②公安調査庁の宗教学者の調査は不十分であり、意見は不適切であること

         一方、公安調査庁が意見聴取した宗教学者については、以下の問題があります。

    A.実地調査が全くなく、危険性を判断できる立場にない

       これは公安調査庁の宗教学者が自ら認めている重要な事実です。

      ◎公安調査庁「総括調査書」(総-43)でのD大学教授の発言

       「アレフ」及び「ひかりの輪」の関係等について
      オウム真理教について、他の宗教団体との比較・検討を
      行った場合、
       「アレフ」は、オウム真理教を名称変更したものであり、
       「ひかりの輪」はオウム真理教の分派と位置づけられる
       ものである。
       このうち、「ひかりの輪」については、「アレフ」よりも危険性は
       一段と低くなっていると思われるものの、
       私自身が上祐及び「ひかりの輪」の信徒に対する直接の
       調査を行ったわけではないため、
       その危険性がどの程度のものかは判断できない。

    B.公安調査庁に都合の良い部分のみが引用されている。

       D教授は、十分な調査ができていない中でも、少なくとも、「ひかりの輪」とアレフが別の団体であって、「ひかりの輪」がアレフに比較して危険性が低いことは認められるとしており、両者が同一の団体であり、同様に危険であるとする、公安調査庁の見解を明確に否定しています。
      ところが、公安調査庁は、こうしたD教授の重要な発言を無視して、都合の良いところだけを引用して「ひかりの輪」への観察処分は必要だと主張しており、これは極めて不誠実といわねばなりませんが、言い換えれば、こうした「抜き取り」によって全体の趣旨を歪曲するのが、公安調査庁の証拠の扱いの、常とう手段になっています。
      実際に、宗教学者に関しても、自ら信頼し助言を求めたC教授が「ひかりの輪」は観察処分が不要と伝えても、それを黙殺しています。

    C.必ずしもオウム・ひかりの輪の研究の専門家ではないこと

       公安調査庁の宗教学者は、C氏や大田氏と比較すれば、オウム研究の専門家とまでは言えませんし、ましてや、「ひかりの輪」研究の専門家ということはできません。
       一方、C氏、大田氏は、上祐ら「ひかりの輪」幹部の聞き取り調査を行い、大田氏は本部施設を複数回視察し、C氏は「ひかりの輪」の聖地巡りの活動を相当回数、実地に見ています。

    D.直接調査がないだけでなく、資料調査も全く不十分と推察される

    a.今回検分した資料が明記されておらず、学者の意見書
        としての基本が守られていません。
    b.意見書の内容から、多くの重要な資料の調査の欠落が
        推定されます。
        ⅰ.公安調査庁が今回証拠提出したのは、過去3年間
             の教本の改訂前のものに過ぎず、その宗教学者も、
             8年弱前の発足から3年前までの古い教本と、最近
             の改訂版の最新教本は検分していないと推察され
             ます。実際に、古い教本と最新の教本は、意見の中
             で全く言及されていません。

        ⅱ.意見の中に、「ひかりの輪」が反省総括している基本
             的な事実に対する無智や、弥勒金剛法具エンパワ
             ーメントや密教実践等の廃止された活動に関する意
             見があるところを見ると、「ひかりの輪」幹部が発刊し
             た反省総括の書籍、多くの会員の総括文書、密教な
             どを廃止した団体改革に関する団体の内部文書(公
             安調査庁には報告済み)などは検分していないと推
             察されます。

    E.自分の専門外の分野に関して不用意に根拠なく意見を述べていること

       宗教学者は、各宗教の教義等の知識は豊富であっても、

       a.人の心を洞察・善導する専門家、心理学者や犯罪更
           生の専門家ではなく、
       b.宗教の知識・情報はあっても、実際の修行実践の専
           門家でもなく、
       c.上祐ら元オウムまたは現オウム関係者の人格・活動
           をよく知る者でもない

       よって、宗教学者が、こうした自分の専門外の分野に関する意見を述べることは、本来は学者として不適切にもかかわらず、客観的・専門的な根拠がなく、無理に意見を述べており、多分に主観的・情緒的であるといわざるをえません。
       特に、「麻原隠し」かどうかを判断するといった、人の内面・内心の問題に関しては、何人も完全に正確な判断ができないにもかかわらず、それを宗教の知識の専門家にすぎない宗教学者が、専門分野以外のことまで、主観・我流で判断することは全く不適切です。こうして十分な調査もなく、内心を裁く愚を犯しています。
       一方、「ひかりの輪」は、本項と後記において、以下の通り、本件に関連する各分野の専門家の意見を証拠提出しています。

        ○ A教授(外部監査委員)や波多野二三彦氏
             (法曹界の犯罪更生・内観の専門家)。
        ○下條信輔教授(心理学者)
        ○ B氏やC氏(実際の修行実践の専門家)
        ○ 有田芳生氏や田原総一郎氏など
             (上祐・オウムをよく知る一級のジャーナリスト)

       一方、公安調査庁は、前記の通り、調査不足の、しかも宗教学者の意見ばかりに偏っています。

       ③公安調査庁が宗教学者を恣意的に利用していること

       公安調査庁による宗教学者の見解利用は、極めて恣意的なものである。現に、同庁は、宗教学の権威とされるE氏に、かつて「ひかりの輪」に関する極めて断片的な資料しか提示しないで公安調査庁側の意見を書かせたことが判明しています。
       また、公安調査庁は自ら頼っているC氏が「ひかりの輪には観察処分は不要である」という意見を調査官に述べたにもかかわらず、その見解は黙殺し、本件請求に至っています。
       一方、「ひかりの輪」のように権力も予算もない団体が著名な宗教学者の理解を得ることや、公安調査庁とその影響を受けた世間の圧力の中で宗教学者の方々が観察処分は不要であるという意見を何の報酬も得ずに正式に述べることは、「「ひかりの輪」に本当に危険はない」という事実がなければ不可能なことです。
    これらの宗教学者の背景には、自己の深い調査・研究・体験などの裏打ちがあるのです。

    (4)公安調査庁よりも広範な監査に基づいた結論であること

       外部監査委員会の監査結果は、以下の通り、公安調査庁の調査よりも広範な監査に基づくものです。

       第一に、外部監査委員会に対しては、「ひかりの輪」が公安調査庁に提出している定期報告書が提供されており、同委員会は、公安調査庁と同様に「ひかりの輪」施設への立入検査も可能であり、度々実行しています。
       第二に、公安調査庁になく、外部監査委員会だけが有する主な権限は、
        ①「ひかりの輪」からの詳細な報告書、関連資料を徴収すること
        ②「ひかりの輪」役員に対する聞取り調査をすること
        ③「ひかりの輪」の活動の参加者へのアンケート調査をすること
        ④外部監査協力者からの報告を受けること
        ⑤「ひかりの輪」に対する精神的な指導(内観、修験道等)をすること
    です。

    (5)公安調査庁と異なり、公平公正な立場・視点での結論であること

       外部監査委員会は、観察処分の更新が予算獲得等につながる公安調査庁と違い、無償奉仕で利害関係がなく、公平かつ公正な立場・視点で監査しています。
       すなわち、委員は、監査においては、交通費・宿泊費等の経費を「ひかりの輪」から受け取るのみです。
       内観や修験道の精神的指導については、委員や関係者が出張に要する交通費等を捻出するために、参加者から一定の参加料金を徴収しますが、委員にとっては、別の生徒を指導した方が報酬は多いのが実情であり、経済面での独立性は十分に確保されています。
       一方の公安調査庁は、証拠の歪曲、金品提供、検査情報漏洩等の違法不当な調査があり、最初から観察処分更新を目的とした調査をしている疑惑がぬぐえません。

    3.外部監査委員会の監査と団体の改革の関係

       外部監査委員会が、この3年間、「ひかりの輪」の様々な改革に直接・間接に多大な影響を与えてきたことは、以下の通りです。

    (1)「思想哲学の学習教室」への改革に関して

       「ひかりの輪」は、前記の通り、「思想哲学の学習教室」への変化を遂げてきたが、これにはA委員とB委員による精神的指導によるところが大きい。

      ①B委員による影響

       すなわち、B委員は、修験道の大家であるところ、「ひかりの輪」や大学等では、修験道について宗教ではなく「山の思想」として講義・指導してきました。これが「ひかりの輪」の哲学教室化と方向性がよく重なっており、明らかに影響を与えています。

      ②A委員による影響

       A委員による内観は、元は浄土真宗系一派の「身調べ」の修行から宗教色を抜いて現代的・科学的なものにした自己内省法であり、これが「ひかりの輪」の脱宗教と哲学教室化の一つのモデルとなっています。また、自己に関する事柄について主観を排し、あくまでも客観的事実を見つめていく内観の指導によって、客観的事実を重視する思想哲学を探求する土壌を「ひかりの輪」に形成することに寄与したともいえます。
    さらにA委員は、個人的にも過去に、禅寺での修行体験を経た後に内観の研究に入った経緯があり、「ひかりの輪」の哲学教室化を高く評価し、その後押しをされました。


    (2)開かれた団体への改革に関して

       以下の通り、外部監査委員会による「ひかりの輪」への様々な取組みは、「ひかりの輪」がより開かれた団体に改革されていくことを大きく後押ししました。

      ①A委員の内観指導による会員の親子関係の修復・改善

       親への感謝をはぐくむA委員の内観指導は、親子関係を断絶させるオウム真理教の出家制度の影響によって親子関係が途切れていた「ひかりの輪」専従会員の在り方を非常に大きく変えました。
       すなわち、上祐をはじめとする多くの「ひかりの輪」会員が、両親をはじめとする親族への感謝の念を深め、交流を回復し、関係を正常化させました。また、老齢の親の介護に努めだし、そのために退会した「ひかりの輪」幹部も多々います。
       これは、親子問題に起因して坂本弁護士一家殺害事件を起こした麻原・オウムの教義の実践とは、まさに真逆のものです。
       また、内観で20年ぶりに実家に帰省し両親との関係を回復する等の顕著な効果を上げた「ひかりの輪」副代表の広末は、内観関係の国際会議で講演する等、「ひかりの輪」の社会に対する開放性・社会貢献を促しました。

      ②B委員の修験道指導・正式参拝の指導による社会との交流

       B委員は、「ひかりの輪」会員を、各神社・寺院での正式参拝に導き、地元の人々、宮司などとの交流に導きました。また、それ以外の聖地巡礼でも、正式参拝を奨励・指導し、同様に現地の人々との交流の促進に貢献しました。
       また、B委員は、団体の講話会などで、上祐らと対談を行い、麻原・オウム時代の反省・総括を伝える機会を作りながら、団体の開放性・社会貢献を促しました。

      ③河野委員長らの団体施設の美化・開放性増大に向けての指導・助言

       委員の定期的な施設検査や「ひかりの輪」役員との会合の際に、河野委員長らが、一般的な意味での施設の掃除・美化を怠らないよう指導を行い、またより開放的な住居環境への誘導も行われ、結果として以前より相当に美化され、開放的な居住空間となりました。

      ④地域住民問題に関する指導

       河野委員長は当初より、「ひかりの輪」と地域住民との橋渡し役になれればと意思表明されてきました。
       現に、河野委員長は、「ひかりの輪」東京本部においては同本部前の地域住民に自ら話しかけ、その他の地方の施設についても、橋渡し役になりたいとの意思を「ひかりの輪」を通じて地域住民に伝達しました。
       また、「ひかりの輪」副代表の広末に対して、問題になりかけている地域については、現地に赴いて地域住民に誠意をもって直接事情説明したり施設公開したりするようにと指導し、「ひかりの輪」側もそのように実践した結果、トラブルの未然防止に結び付くとともに、団体の透明性をより高めることになりました。

      ⑤報道機関対応に関する指導

       外部監査委員会からは、「ひかりの輪」に対して、報道機関からの取材申し込みに対しては積極的に対応し、団体の現状等を説明し、一般市民に対する不安解消に努めるようにとの指導があり、「ひかりの輪」側でも指導の通り実行しました。それは、すでに述べてきたように、多くの報道機関の取材に対応してきた事実からも明らかです。
       また、河野委員長自身が、監査会合の際には、しばしばマスコミの記者を同行させて「ひかりの輪」東京本部に入るとともに、同本部内でテレビ局の取材にも応じられました。
       その結果、「ひかりの輪」の透明性は、さらに高まることになりました。

      ⑥定期的な「ひかりの輪」役員への監査

       前記の通り監査会合等の機会を通じて、定期的に「ひかりの輪」への監査が行われることにより、「ひかりの輪」側の情報開示への意識の高まりに加えて、客観的にも情報開示の機会が増え、より開かれた団体となりました。

    (3)公安調査庁との違法不当な関係の解消の指導

       「ひかりの輪」会員の多くが長年にわたって公安調査庁から多額の金品を受領してきた件については、外部監査委員会からの求めに応じ、同委員会に詳細な説明を行ったところ、同委員会から厳格な意見表明・指導が行われ、公安調査庁との違法不当な関係を改善する等の組織変化がありました。

  • 公安調査庁による「麻原隠し」の主張の誤り

      公安調査庁は、「ひかりの輪」のことを、麻原が逮捕後に出した"獄中メッセージ"に基づいて設立された、麻原信仰を隠した「別団体」(麻原隠し)と主張しています。しかし、以下のとおり、その主張は事実に全く反しており、しかも、自己矛盾をはらむ破綻した論理です。

       その前に、公安調査庁自身が認めるように、オウム真理教の教えの中核である「麻原への絶対的な帰依」とは、「弟子が自分の考えなどを一切含めず、麻原の指示の言葉通りに行う」ということが大原則です。そのために、殺せと言われれば殺すということで、一連の事件が起こったのです。

       しかし、別団体に関する麻原の獄中の指示は、1996年のものであり、その当時、麻原は破壊活動防止法(破防法)がオウム教団に適用されると思い、その対抗策などとして出された指示です。よって、破防法が適用されなかった1997年以降の状況では、そのメッセージによって別団体を行うことは、同じように団体が潰される可能性がなければ、麻原の指示に従ったものとは解釈できません。

       なお、細かい話になりますが、2000年の団体規制法の導入時に、「団体規制法が導入され、観察処分が開始され、それに基づいて、すぐにでも再発防止処分(解散とまではいかないが、それに近い状態となる処分)がかかるのではないか」と思われた時期が短期間ながらもありましたが、その後、被害者賠償契約を締結することになって、その危機が去ったため、それ以降は、破防法(またはそれに準ずる解散の危機)を前提とした別団体に関する麻原の獄中メッセージに基づいて別団体を行うことは、麻原への帰依に反すると解釈されるものです。

       また、麻原の別団体の指示は、いろいろとありますが、その内容を見れば、現在の「ひかりの輪」とはかけ離れていることがわかります。そのために、麻原を絶対と考えるアレフは、上祐らがアレフを脱会する以前から、上祐らの行動は公安調査庁が主張する「麻原隠し」ではなく「麻原外し」(グル外し)だと批判してきました。

       さらに、この獄中メッセージは、2000年の時点で、警視庁の強制捜査で押収されており、公安調査庁はおろか、テレビでも放映されたことがあって、その意味で、これを実行しても、とうてい「麻原隠し」にはなりません(「麻原隠し」であることが明らかだから「麻原隠し」にならない)。言い変えれば、麻原の指示通りに行うのが麻原への帰依であるところ、麻原の指示に基づいた麻原隠しは効力がなく、麻原に帰依した「麻原隠し」などはないということです。

       よって、この獄中メッセージを前提にすると、

       ①アレフのように、麻原への帰依を取って、麻原隠しを捨て、
          麻原が許していない被害者賠償を拒否し、事件の関与を認めず
          に陰謀論を布教し、麻原同様に、社会と対決する方向に行くか、

       ②「ひかりの輪」のように、麻原への帰依を捨てて、
          麻原の指示に基づかぬ、脱麻原に向かうか、

    という二つの選択肢しかないのです。

       公安調査庁の主張・証拠にだけ基づいて考えても、この結論が必ず出ます。しかしながら、公安調査庁が獄中メッセージに基づいて「ひかりの輪」を「麻原隠し」と主張するのは、自己矛盾をはらむ破綻した論理です。何が何でも観察処分更新という気持ちから、自己矛盾・混乱に陥っていると考えられます。

       ここでは、以上の点に関して、順に詳しく説明します。


    1,「ひかりの輪」が麻原の教えや指示に著しく違反し、麻原への帰依を捨てたという根拠のまとめ

       まず、最初に、「ひかりの輪」が、麻原の教えや(獄中からのものを含めた)指示に著しく違反し、麻原への帰依を捨てたということができる根拠をまとめて示したいと思います。以下が麻原の教え・指示に対する重大な違反点です。

    (1)重大な違反点1.麻原の指示していない名前・形・中身の別団体

       ①「ひかりの輪」という名称

          ⇔麻原の指示では、新しい団体の名前は、「アレフ」か「アー」に限られます。
             なお、「アー」という名前の団体は、オウム真理教の「アー」とされ、
             オウム真理教とは違う団体は、「アレフ」ということになります。
             ※なお、現在のアレフも、オウム真理教ではないと主張しています。

       ②宗教ではなく哲学教室(特定の神仏・人物を崇拝しない)

          ⇔麻原の指示では、シヴァ大神の別名の尊格を掲げ、中身を変えず、
             衣替えした、別の宗教団体とするように指示されている。
            ※なお、これはアレフの覆面ヨーガ教室とよく似ています。

    (2)重大な違反点2.麻原に対する批判

       「ひかりの輪」は、その講話、教本、書籍出版、テレビ出演、講演などで、上祐らが、様々な麻原・オウム・アレフ批判(反省)をしています。

        ⇔麻原の教えでは、グルの批判は、無間地獄に落ちる大悪業とされており、
           麻原の獄中メッセージでも、麻原・グルを批判してよいというものは
           一切ありません。
           「麻原隠し」に加え、麻原批判を認めるものは一切ありません。

    (3)重大な違反点3.アレフ信者の脱会支援・入会防止・違法行為の摘発

      「ひかりの輪」は、アレフ信者の脱会支援・入会未然防止、さらには、賠償契約の不履行や(現在被害者団体が所有するオウム真理教の著作物の無断使用である)著作権侵害などのアレフの違法行為の摘発に協力しています。

       ⇔麻原の教えでは、これは、教団の分裂、真理の否定と解釈されるもので、
          無間地獄に落ちる大悪業とされています。

    (4)重大な違反点4.出家制度の解消と開かれた団体への改革

       「ひかりの輪」は、オウム真理教型の出家教団を廃止し、変わって専従会員制度を導入して、以下の活動を行っていますが、これがまた麻原の教えに反しています。

       ①親族等への感謝を育む教えや「内観」などの自己反省法の訓練
          これは、親子問題がオウム事件の根源にあると考えたもので、この結果、
          専従会員の親族との交流・介護、親族のための脱会が行われています。

          ⇔麻原の教えでは、出家が最高の道であり、出家を妨げる親との縁は、
             悪縁・逆縁であり、絶つべきであり、そうしないことは地獄の道とされます。
             親達を助けた坂本弁護士を殺害した原因の教えです。

       ②修験道等の他宗教・宗派の聖地、外部の識者からの学び

           ⇔麻原の教えでは、他宗教・宗派の聖地は、絶つべき地獄の道です。
              よって、アレフは、上祐らの聖地巡りに強烈な批判・反発(と恐怖)を
              示しました。

       ③全財産の布施の否定=個人資産の許容(生活費外の給料・不動産・遺産)

           ⇔麻原の教えでは、極限の布施(全財産の布施)が解脱の道とされました。

    2.麻原の獄中メッセージの詳細

       ここでは、破防法を前提とした別団体の可能性に関する麻原の獄中メッセージをご紹介します。

         「別の宗教組織を作るようにという指示
          逮捕される前からの指示として、
          ①(事件の結果、破綻するだろう)オウム真理教とは別の宗教団体を作る。
          ②例えば、シヴァ大神を大黒天と呼び変えるような、衣替えした団体にする。」

         「教団をアレフとオウム真理教のアーと二つに分けるかどうかについては、
           正大師や妻達と十分に話し合ってください。」

       なお、別団体の話では全くないのですが、一部で、以下の麻原の獄中メッセージが、別団体(元の団体と合わせて二つの団体)を意味しているのではという間違った解釈がなされることがありますので、ご紹介しておきます。

        「破防法に対しては、二つのグループに分かれ、
          第1のグループは6人が一組になって、
          内一人は、ステージではなく瞑想修行のできる人、
          残りの内二人は瞑想修行が普通に出来る人、
          残りの内3人は瞑想修行があまりできない人、
          最後の一人は社会的に生きていけない人(=仕事ができない人)
          を1チームとして、外的な仕事に5人が従事し、
          ただし、しゃべらないでいい職業を選択し、仕事の時間も短く、
          一人が月せいぜい10万円稼げばいいでしょう。
          この6人が一つのファミリーとなり、教団の拡大活動は一切しない。
          そして、次にあげる作業に没頭すべきです。ヴァヤビヤクンバカ、
          グルヨーガ・マイトレーヤ・イニシエーションの7つの詞章、グルヨーガ。
          基本経典は6ヨーガで十分でしょう。
          20組くらいを一単位として正悟師が管理する。
          このグループを作れるだけ作る。
          そして、6名の収入の内一人1万円を正悟師の生活費、
          活動費として上納する。
          第2のグループは、法的に徹底的に破防法と戦い抜く。
          ただし、第1のグループは第2のグループの敗北が予想されるので、
          敗北した場合に吸収ができるように準備しておく。」

      また、下記のようなメッセージもありました。

         「破防法適用だけでは教団はつぶれない。政治団体と宗教団体は違う。
           教祖が存在する限りつぶれない。守るところを間違えるな。」
         「小さな寺を作るよう言っていたのに、どうして作らなかったのか。」
         「自分が予想したとおり事態は進んでいる。」

       他にも、破防法への対策に関して、弁護士に質問している内容の中に別団体の可能性を探ろうとするものはありましたが、麻原が質問ではなく、明確に団体に指示したことは以上のメッセージだと思われます。


    3.これらの獄中メッセージは「ひかりの輪」には当てはまらないこと

       しかし、以上のメッセージが、「ひかりの輪」が麻原への絶対的な帰依を隠した「麻原隠し」であるという主張の証明にならないことは、以下の点で明確です。

    (1)基本的にすべて破防法を前提としたもの

       基本的にすべて破防法を前提としたものであるから、破防法の適用の可能性(またはそれに準ずる状態)がすでに存在しなくなっていた「ひかりの輪」発足の2007年には、これらのメッセージによって別団体を発足させることは、麻原への絶対的な帰依--すなわち麻原の指示の言葉通りに行動するものとはならないこと。

    (2)ひかりの輪の現実・実態は、メッセージに指示された別団体とは遠くかけ離れていること

       ①上記の一つ目のメッセージ(別の宗教組織云々)に関しては、
          「ひかりの輪」は、以下の点で、その内容とかけ離れています。

          Ⅰ.メッセージにある別の宗教団体ではなく「哲学教室」
               にまで改革したこと。

          Ⅱ.メッセージにある大黒天を掲げず、さらには、
               いかなる崇拝対象・祭壇も破棄したこと。

          Ⅲ.メッセージにある衣替えではなく、思想・教義の中身を
               大きく変えていること。

          Ⅳ.このメッセージの中で前提とされているオウム真理教(アレフ)
               の破綻が生じていないこと(アレフが存続していること)。

       ②上記の二つ目のメッセージ(アレフとアー云々)のメッセージに関しては、
          「ひかりの輪」は、以下の点で、その内容とかけ離れています。

          Ⅰ.アレフとオウム真理教のアーに分けるとされているように、麻原が許した
               団体名の中には、このアレフとアーの二つしかなく、「ひかりの輪」という
               団体名は許されていないこと。麻原が許していない(麻原の祝福のない)
               団体名の団体を、麻原に絶対的に帰依する信者が行うことは非常に難
               しい。

          Ⅱ.アレフとオウム真理教のアーとされているように、アレフよりも、
               よりオウム真理教的な団体がアーとされているが、現状では明らかに
               「ひかりの輪」よりも、アレフの方が、はるかにオウム真理教的であること。
               すなわち、麻原のメッセージでは、オウム真理教をアーとし、
               オウム真理教とは別の団体をアレフとするという意味であること。

               そして、実際に、現在のアレフ教団は、自分たちはオウム真理教とは
               同じではないと主張しています。具体的には、麻原の教えは信奉
               しているが、麻原を主宰者とはしていないとして、観察処分の審議
              で観察処分の対象であるオウム真理教ではないと主張しています。

           Ⅲ.メッセージでは、「正大師と妻達でよく話し合うように」とされていますが、
               「ひかりの輪」の発足は、現在のアレフを裏から支配している
               麻原の妻(達)や麻原の三女の正大師との話し合いの結果として発足した
               のではなく、こうした麻原の家族が、上祐らの行動を麻原への帰依に反す
               るとして激しく批判した結果、上祐らを追い出した面があり、この点は公安
               調査庁も認めている周知の事実です。
               (公安調査庁は、家族による「上祐外し」と呼ぶ)

           Ⅳ.メッセージでは、話し合いによる団体の分割ですが、現在の
               「ひかりの輪」はアレフ教団と以下のように闘っており、
               分割ではなく、対立関係にあること。

               ⅰ.麻原・オウム・アレフを繰り返し、様々な形で批判していること。
               ⅱ.アレフ信者の脱会を広範に支援し、また報道機関とも連携し、
                    その勧誘手口を告発するなど、入会未然防止に努力をしていること。
               ⅲ.被害者支援団体が進めているアレフの賠償不履行や、アレフによる
                    オウム真理教の著作物の無断使用(現在この著作権は被害者
                    団体に帰属しているので、著作権侵害の案件)の違法行為の疑いを
                    告発し、アレフの解体やオウム真理教の教材の使用禁止に向けて
                    努力していること。

       ③その他のメッセージ(二つのグループに分けるとか、寺を作る)については、
          詳しく解説する必要がないほど「ひかりの輪」の現実と異なっていることは明白
          なので、説明を省略します。

    4,麻原の獄中メッセージは破防法を前提としており「ひかりの輪」には当てはまらないこと

       これらのメッセージが、1996年のものであって、その当時、破防法が適用されると思われる状況を前提にしており、2007年の「ひかりの輪」発足以降の状況に当てはまるものではないことは、すでにご紹介したメッセージにからも一部理解できると思いますが、当時の麻原が、破防法が適用されると思っていたことがわかる獄中メッセージをもう一つご紹介します(一部、個人名は伏せ字にしています)。

      ◆96.6.19

         (前略)・昨日の◎◎先生との話で打ちひしがれている
         「破防法適用されるだろう」と言われた → 夢で見る
         (後略)

       次に、麻原が、1995年の10月のある段階で、破防法の適用請求は困難かと報じる朝日新聞の報道を見て、破防法が適用されないかもしれないと思った時には、それまで許可してきた(逮捕される前の上祐が主導した)社会融和路線(破防法を回避するために宗教法人を自主解散するという考え)を一転して否定したことがわかる、獄中メッセージを紹介します。

       なお、多少複雑な話となりますが、この報道の2カ月後に、上記報道に反して、実際には公安調査庁によって破防法適用請求がなされました。そして、麻原が破防法適用を前提にしたメッセージを出すことになります。しかし、最終的には、その約1年後に、破防法の適用請求は公安審査委員会によって棄却されました。

        ○自主解散について

          初めに10/13付、10/14付朝日新聞の記事を伝えた。
          自主解散は上祐が提案してきたから、上祐の判断が正しいと思い
          了承した。(外にいるものしかわからないと思ったから)
          しかし上祐も中に入っており今は自主解散については良いとは言
          えない。(自主解散宣言はやらない。もう一度考え直せ!)

        ○10/16

           ジョウユウの方針はいかん。
           もっと強い態度で教団の運営管理にあたるべきである。
           上九から引き上げるようなことは絶対にいけない。
           (上祐が行っていた)ソフト路線などは一切してはいけない。
           崩壊に追い込むために益々追い打ちをかけて攻撃してくる。
           自主解散はずっと後のオプションとしては考えてもよいが、
           すぐ発表すべきではない、とジョウユウに伝えていたはず。
           警察や公安への陳情など何の効果もない。
           教団からジョウユウの色を消すように

       このようにして、破防法適用の危機が去ったと見た麻原は、社会融和路線をとった上祐を非常に激しく批判したのです。

       最後に、1997年の1月31日に破防法適用請求は棄却されましたが、その前後に、麻原が不規則発言を始めて、その後は弁護士らとも面会せず、獄中メッセージが途絶えることになる経緯(予兆)がわかる内容の弁護士の接見記録(獄中メッセージを含む)紹介します。

       ◆97.1.8

         (前略)委任状の印も押してくれなかった。
         12月27日・1月6日に◎◎弁護士が会おうとしたが
         尊師は接見を拒否された。
         ◎◎弁護士が委任状を看守に渡して読んでもらった。
         尊師「結構です」とおっしゃって拒否。

       ◆97.1.28 ◎◎先生接見

         手紙を読むも、全部聞かず、受け取りを拒否される。
         尊師との会話は半分しか成立せず。
         (中略)
         突然「今いるのは◎◎先生じゃない。前の◎◎先生じゃない。
         前の◎◎先生に会いたい」
         --「◎◎ですよ。わかりますか。◎◎ですよ。」
         --「ああ前の◎◎先生が少し戻ってきた。」
         ・「今11月ですよね。」
         --「今日は97年の1月28日ですよ。」
         --「それは違う。わたしをだまそうとしている。
         公安調査庁はわたしをだまそうとしている。」
         ・結論を伝え、委任状を読み上げる
         「副代理人は認められない。日本にそういう制度はない。
        ◎◎に伝えてくれ。副代理人は抜いてくれ。削除したら作る。」
         ・「これからはがんがん接見に応じる。」
         ・「今日は96年の11月30日ですね。そうでないとダメですよ。
          わたしは憲法と法律に従った時(徳?)の
          流れにしか興味がないんです。」

         ※話をするときは明瞭(以前と同じ)。
            独り言をいろいろとおっしゃっている。
            意識がいろいろなところに飛ぶ感じ。

      ◆97.2.3 ◎◎先生・◎◎先生・◎◎先生接見

        (前略)
         ・「最後に伝えてほしいことはありますか?」
         --あんまりこうだという話にはならなかった。

         ※話の前提として、精神状態が安定していない。一人で問答をしている。
            小さな声でぶつぶつ言っている。
            話の途中で自分の世界に入っていき、
            コミュニケーションができなくなって引き戻す。
            こちらに戻ってくる時間は長続きしない。
            ただし1月28日よりはいい。


    5.ひかりの輪は、麻原に無許可で、麻原の教義では大悪業になる行為を行っていること

       すでに述べたように、「ひかりの輪」は、麻原の指示・許可なく、麻原の教義では、大悪業とされる行為を数多く行っていますが、ここでは、麻原の説法によって、それがいかに大悪業とされているかをご紹介します。

    (1)麻原(グル)への批判

       「ひかりの輪」は、前記の通り、麻原・オウムを団体内外で出版物まで出して繰り返し批判していますが、それは、麻原・オウムの教義では、以下の通り「無間地獄」という最悪の地獄に落ちる大悪業になるとされています。

       ○11.もしあなたが愚かにもグルを軽蔑するようなことがあれば、
             伝染病にかかり、有害な霊によって引き起こされる病にかかります。
             また、悪魔・ペスト・毒によって悲惨な死に方をするでしょう。
              (中略)
         14.超期間地獄、つまり痛みが終わることのない地獄等の恐ろしい地獄
             のことが教えられるときには、グルをさげすむ者は長い間、の地獄に
             とどまらなくてはならないとはっきりと説明されています。
             (オウムの教本『グルへの帰依の五十の詩』より)

       ○わたしに対して仇なした者たちはすべて、
         無間激苦地獄へ落ちることは間違いない。
          (麻原説法 94/3/12 大阪支部にて)

       ○一人の聖者を冒涜したり、あるいは謗ったりすると、
         経典に書かれているように、
         激苦地獄への運命を歩かなければならないのである。
         (麻原説法 94/3/13 大阪支部にて)

    (2)アレフを批判し、アレフ(麻原)信者の脱会支援をしていること

       「ひかりの輪」は、前記の通り、麻原の信者を増やそうとするアレフを広範に徹底的に批判し、アレフ信者の脱会を支援していますが、麻原・オウムの教義では、麻原の教団の批判をすることや、麻原が説く真理から離れること(他者を引き離すこと)は、大悪業となるのです。

       ○今、日本においてオウム真理教は徹底的なサンドバッグの状態になっている。
         (中略)
         オウム真理教に対する彼らのバッシングの狙いは、
         オウム真理教を崩壊させること、(中略)
         日本を動かしている人たちが、
         大悪業のぶどうの房をどんどんつけることであると。
         そして、それは必ず落とし、ぶどう酒にし、返さなければならない。
          (麻原説法 90/3/11 富士山総本部にて)

       ○今回の国家権力による弾圧は、それはちょうど、
         イエス・キリストを弾圧したユダヤが、その後流浪の民となったように、
         この日本に大きな大きな災いがふりかかることだろう。(中略)
         このような弾圧をやめないと、この日本はとんでもない悪業の蓄積をなす
         ことになるだろう。(麻原著『亡国日本の悲しみ』より)

       ○真理から外れるならば、当然、この欲六界の構成というものは、
         地獄優位の世界ですから、地獄に落ちることは間違いないでしょうと。
         (麻原説法 89/2/2 富士山総本部にて)

    (3)アレフ教団の分裂や解体の努力をしていること

       「ひかりの輪」は、その発足前に、麻原を絶対とする現在のアレフの信者と分裂し、さらには、アレフ教団を解体する結果をもたらす著作権侵害問題の摘発に協力していますが、これも、無間地獄に落ちる大悪業となるのです。

       ○出家教団〈サンガ〉を分裂させることは、
         地獄へ至る五逆の罪に含まれ、教団を分裂させたり、
         活動を妨げたりすることも同様に七逆の罪に含まれています。
         (オウム教団機関誌の92年6月号より)

    (4)外部者に従うこと

       「ひかりの輪」は、外部監査委員会を設置し、他の宗教宗派や精神修養の指導者の指導を受けていますが、麻原・オウムの教義では、麻原以外の教えは真理ではなく、他の宗教=外道に従うことは、以下の通り、輪廻転生を狂わせ、地獄に落ちるとされています。

       ○もしわたしたちがここに真理というものがあって、
         その真理というものを否定し、正しくないものに、
         一時的な結果のために帰依したとしたら、
         それはわたしたちの輪廻転生を、
         あるいはわたしたちの今後の人生をだ、狂わせると思うか、
         それとも狂わせないと思うか。
         もう一ついきましょう。はい。
         (信徒)輪廻転生を狂わせます。
         そうだね。わたしたちの輪廻転生を狂わせるわけだ。
          (麻原説法 88/5/29 札幌支部にて)

       ○一般の凡夫、外道の意識状態はどうかというと
         もうそれは計り知れないと。よって、救済は失敗すると。
         だからね、君たちは、もっとチャンネルを上げるように
         意識を高くするように。
         全力で自分自身を、ね、引き上げなさいよ。
         そして下向の道をね、歩こうとしている人たちに対しては
         絶えず警告を発すると。
         「おまえ、その状態じゃ地獄に落ちるぞ」と。
         (麻原説法 90/3/17 富士山総本部にて)

    (5)出家をやめること(脱会)

       「ひかりの輪」は、発足以来、オウムの出家者だった専従会員の3分の2が脱会し、そのほとんどは、一般会員にもなっていません。しかし、麻原の教義では、出家をやめることは「下向」と呼ばれ、それは、地獄を含めた低い世界(三悪趣)に落ちる大悪業とされており、この教義が、坂本弁護士事件の発生の原因ともなりました。

       ○現世にはいい女もいるし、いい男もいるし、
         うまいものもあるし、
         あるいは地位だって権力だって名誉だってあるじゃないかと。
         (中略)
         落ちるものは落ちなさい。
         わたしが以前から「落ちる」という言葉を使っているのは
         仏典の言葉である。
         釈迦牟尼は「下向」という言葉を使っていらっしゃる。
         これはどういうことかというと、
         三悪趣(地獄・餓鬼・動物の低い世界)に落ちるという意味だ。
         (麻原説法 90/7/8 富士山総本部にて)

    (6)親の介護を出家より優先すること

       「ひかりの輪」では、オウムの出家者だった専従会員が、親の介護のため活動場所を変えたり、脱会していますが、麻原の教義では、親のために真理の実践から離れることは、自己にとっても親にとっても真理との縁を傷つける大悪業となります。これが坂本弁護士事件の発生の原因となったのです。

       ○こういう場合には、縁を切ってもよろしい。
         例えば、ここに真理というものがあるとしよう。
         そして、あなた方がその真理を実践しようとすると。
         しかし、親が無智のためにだよ、あるいは子が無智のために、
         それを阻害すると。
         その場合には、それは切りなさい。
         なぜならば、長く引っ張れば引っ張るほど、
         相手に悪業を積ませることになるからだ。
         (麻原説法 88/7/31 名古屋支部にて)

       ○両親に特別な愛着を持つことが、
         果たして利益があるだろうかと、ね。
         (中略)、救済する、
         これが本当の愛ではないかとわたしは考えている。
          (麻原説法 88/9/21 富士山総本部にて)

       ○それは、カーリー・ユガの時代(※現代)ということは、
         例えば親子関係や、あるいは兄弟の関係や、
         あるいは友人の関係等がすべて逆縁によって
         形成されているということである。
         もともとこの闇の時代の特徴というのは、
         それぞれが嫉妬によって憎み合うということなのである。
         つまり、四無量心における称賛の瞑想ができない環境で
         皆さんは生活をしなければならないと。
         したがって皆さんが到達しうるはずの最高の解脱、
         あるいは悟りに対して本来最も喜び、
         恩恵を受けなければならないはずの皆さんの肉親や、
         あるいは知人・友人が逆に手や足を引っ張る現象が
         起きるはずであるということである。
          (麻原説法 94/3/13 大阪支部にて)

       ○子供の出家によって苦しんでる両親を、
         麻原はほっとこうとしてるのかと。ね。
         --そうではないよね。
         では、なぜそうではないと言えんだと。
         なぜ言えるんだと。(中略)
         娘のやったことは、ね、出家をし、
         真理を実践することによって、ね、
         その果報というものは親に返るわけだよね。
          (麻原説法 89/10/10 大阪支部にて)

       ○そしてわたしは、よく修行から現世に帰ることを
         "落ちる"という言葉を使っている。
         そして、『南伝大蔵経』においても、
         仏陀釈迦牟尼は、「下向」--下へ向かう、
         つまり"落ちる"と同じ意味の言葉を使っているということだ。
         そしてここにおいても、同じように親族が反対し、
         現世へ引き戻そうとする。
         そして、あらゆることが行なわれた。
         今の時代は、そんな状態の比ではない。
         そして、わたしはそれについて、大変いいことだと考えている。
         なぜならば、わたしに最後の一つの選択しか与えてくれなくなったからだ。
         タントラ・ヴァジラヤーナにおいて、四つの選択肢がある。
         第一は、相手を幸福にする、そのための修行法を伝授するということだ。
         第二は、相手に繁栄を与える、そのための修行法を伝授するということだ。
         そして、第三と第四をここで話せないことは残念だが、
         四つの選択肢があるということだ。
         (麻原説法 90/3/13 富士山総本部にて)

       ○オウム真理教に対して、
         「被害者の会」(※出家信者の親達による、オウムに反対する会)
         というものがある。
         しかし、この「被害者の会」というものは、
         本来は「加害者の会」である。
         なぜ「加害者の会」なのかというと、つまり、本当の意味で、
         自由・幸福・歓喜を得ようとしている自分の肉親に対して、
         それを阻む。
         完全に地獄へ落ちる道を歩んでいる「加害者の会」と言わざるを得ない。
         これは断言しよう。
         私が否定しようと、あるいは私がそれはあり得ないよと言おうと、
         間違いなく「被害者の会」の者達は地獄へ落ちるだろう。
         (麻原説法 90/5/13 杉並道場にて)

       ○本当に親のことを思うなら、(中略)出家の者は、
         出家した以上きっぱりと親のことを忘れ、ひたすら修行し、
         人間の終極の目的である解脱を得、死を超え、
         そして光の子として生まれ変わって多くの者を救済し、
         多くの功徳を積んで、その恩恵を親に与えるべきである。
          (麻原説法 90/8/14 阿蘇・シャンバラ精舎にて)


    6.麻原・オウムの教義での「絶対的な帰依」とは、麻原の言葉通りに実行すること

       すでに述べたとおり、麻原・オウムの教義の中核である「麻原への絶対的な帰依」とは、弟子が麻原の言葉通りに実行することですが、この点がよく理解できる麻原の説法を紹介します。これは公安調査庁も認めていることです。

    (1)公安調査庁自身が認めていること

       麻原の指示で弟子が「目的のためなら手段を選ばないというタントラヴァジラヤーナ(秘密真言金剛乗)」を実践する場合、麻原に対する絶対的な帰依として--比喩的な表現ですが--「グルのクローンになる」という修行があり、「自分の思考を入れずに、グルの指示にそのまま従うことで、あたかもグルのクローンになる」ということをしなければならないというのが、公安調査庁自身の主張です。
       重要なことは、「グルのクローン」すなわちグルと同じ人間になったかのように、グルの指示をそのままに=その言葉のままに実践することであり、言い換えれば、それ以上でも、それ以下でもあってはならないのです。
       以下は、1996年のオウム真理教に対する破防法弁明手続の際の、教団側代理人弁護士の発言の引用です。

    ○弁明者(◎◎◎◎)この辺、公安調査庁の主張によると、だれでもこのヴァジラヤーナの教えが実践できるとは、さすがに公安調査庁も言っていないんだけれども、公安調査庁の論法によると、これは証拠の要旨11ページによると「麻原の説く秘密金剛乗はグルを絶対視し、そのグルに帰依し、自己を空っぽにし、その空っぽになった器にグルの経験ないしエネルギーをなみなみと満ちあふれさせること、つまりグルのクローン化をすることである」と言っているわけなんですがね。
       つまり、そうやってグルのクローンになれば、自分もヴァジラヤーナが実践できる、という形で能力を取得するという論法なんです。(中略)
       この点に関して、あなたの指示があれば、たとえ犯罪でも無条件で私は従いますというような、信徒さんなのか、元の信徒さんなのかわからないんですけれども、そういうふうに要するに自分にとってどういう意味があるのかわからないけれども、麻原さんが言うことであるならば、それは正しいことなんだから無条件に私は従って、殺人でも何でも行いますというようなことを言っている人がいるというふうに公安調査庁は証拠を出してきているわけです。(中略)
       結論として、つまり要するに自分では理解できなくても、グル、麻原さんの言うことであれば、それをそのまま従うということが正しい行いであるという、それがヴァジラヤーナの実践になるということ......(同弁明期日調書より)

    (2)麻原の言葉以上でも以下でもなく実践しなければ絶対的帰依にならないこと

       上記のとおり公安調査庁が認めるように、タントラヴァジラヤーナの実践の大前提は、「麻原への絶対的帰依」です。
       しかし、「麻原への絶対的帰依」となるためには、以下の通り、麻原の言葉以上でも、それ以下でもなく、「そのままに」行わなければならないのです。

       ○帰依ができているということは、
         完璧にグルの言っていることを百パーセント実践すると。
         これは百二十パーセント実践しないと。
         あるいは八十パーセント実践しないという意味だ。
         百パーセント実践すると。
          (麻原説法 88/9/22 富士山総本部にて)

       上記と全く同じことですが、グルの言葉・行動と自分の言葉・行動を完全に同じものとする(合一させること)が、麻原の変化身(=麻原の分身・麻原のクローン)になるためには必要とされます。

       ○君たちが、わたしと輪廻を共にする場合、
         君たちがわたしの変化身として、
         もし、これからの人生をトランスフォームすることができるならば、
         必ずや君たちは、来世わたしと共に輪廻することはできるであろう。
         ではどのようにしたら、わたしの変化身になれるのか。
         それは言うまでもなく、心においてグルと合一し、
         言葉においてグルと合一し、
         そして行動は、グルがなすであろう行動を実践すべきである。
          (麻原説法 93/10/5 第二サティアンにて)

       ○グルが与えたね、あなたはこれをやってはいけない、
         これをやりなさいということに対して、絶対服従することだね。
          (麻原説法 86/3/21~24 丹沢集中セミナーにて)

       また、「麻原に対する絶対的帰依」のためには、「グルと全く同じものの考え方や見方」をしなければならないことは、観察処分更新手続において公安調査庁が提出した書面からも確認することができる(以下は、公安調査庁の「証5」p12~13より)。

       ○麻原は、「タントラ・ヴァジラヤーナ」を実践するためには、
         グルである麻原に対する完璧な帰依、
         絶対的な帰依が必要であると説いて、
         麻原に対する絶対的な帰依を要求するとともに(証5-14、24)、
         自己を捨て、グルと全く同じものの考え方や見方をして
         グルと合一することであると説いた。(証5-25)

       そして、このようにしなければ、それは悪業になると強調されています。

       ○グルの意思とは違うようなね、
         動きがかなり行なわれていると。
         で、ここでいったん修正しないと、
         単なる弟子たちに悪業を積ませてしまうだけであると。
          (麻原説法 89/7/20・21 富士山総本部にて)

  • オウム事件の反省・総括・被害者賠償

    ――――――――――――――――――
    ■オウム事件の反省・総括について
    ――――――――――――――――――

    ひかりの輪では、サリン事件をはじめとする一連のオウム事件について、当時オウム真理教に所属していた者達が中心となって、その原因を研究し、反省・総括する作業を重ねてきました。

    反省・総括の内容は、以下のとおり、「オウムの教訓――オウム時代の反省・総括の概要」サイトや、複数の出版物の刊行、記者会見などを通じて公表し、二度と同様の事件が起きないよう、広く社会に教訓を残す活動に努めています。

    ●サイト
    ・オウムの教訓――オウム時代の反省・総括の概要

    ●出版物
    ・上祐史浩著『オウム事件 17年目の告白』(扶桑社)
    ・上祐史浩ほか著『終わらないオウム』(鹿砦社)
    ・上祐史浩ほか著『危険な宗教の見分け方』(ポプラ社)
    ・宗形真紀子著『二十歳までの20年間』(三五館)

    なお、上記「オウムの教訓」サイトについては、オウム事件を解明するための資料として、以下の通り、研究者やマスコミの間でも有用なものとして活用され、評価されています。

    ◎大田俊寛氏(宗教学者)
    ……二〇〇七年にオウム(現Aleph)から分派した「ひかりの輪」の代表となった上祐史浩は、教団のホームページにおいて、オウム事件に関する総括を発表した(「オウムの教訓」のHP)。そこで、彼は、教団の発展の経緯や自身の経験を詳細に記すとともに、教祖麻原の生い立ちや、彼がカリスマ性を発揮するに至った理由などについて、可能な限り客観的な分析を行おうと試みている。著作として刊行されたものではなく、インターネット上の手記であるが、その内容はオウムの全体像を把握するために有用である。(同氏著『オウム真理教の精神史』〈春秋社〉より)

    ◎NHKスペシャル取材班
    また「ひかりの輪」は、オウム時代の一連の事件について信者から聞き取り調査を行い、反省の言葉を記した「総括」という長文の文書を公表した。これは団体としてだけではない。上祐自身を含めて各幹部の回想と反省を盛り込んだ個別の「総括」文書も作成されていた。(同取材班編著『未解決事件 オウム真理教秘録』〈文藝春秋社〉より)

    また、上記の出版物についても、識者の皆さまから評価をいただいております。詳細については、以下のページをご覧下さい。

    ・上祐史浩オフィシャルサイト「書評」

    ――――――――――――――――――
    ■被害者の方々への賠償について
    ――――――――――――――――――

    ひかりの輪では、オウム事件で被害を受けられた方々に対して、被害者賠償契約を締結した上、定期的に賠償金をお支払いさせていただいてきました。 その詳細については、以下のページをご覧下さい。

    ・ひかりの輪広報部サイト「事件被害者への謝罪・賠償」

  • ひかりの輪とアレフの大きな違い

      ひかりの輪の主要スタッフは、2007年にアレフを脱会し、過去の反省に基づき、ひかりの輪として新しい道を歩み始めました。

      しかし、脱会から7年たった今現在(2014年)も、依然として、ひかりの輪とアレフが、同じオウム真理教の後継団体だという誤解がよくありますので、以下に、「ひかりの輪とアレフの違い」を、わかりやすくご説明させていただきます。

    一言で表現するなら、現在のアレフは、「盲信・狂信型の、強度なカルト宗教団体」であり、ひかりの輪は、「仏教などの東洋思想や心理学などを含めた思想哲学の学習教室」といえます。

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                                                   目 次

    第1 両団体の違いの概略

    第2 徐々に認められつつある両団体の違い

    第3 両団体の違いの詳細

    1 会員数

    2 経済規模など

    3 遵法精神の有無

    4  オウム事件の謝罪・反省・賠償

    5 思想・教材

     (1)団体の基本的性格
     (2)オウム真理教の教材
     (3)麻原の見方
     (4)オウム事件の見方
     (5)信仰対象
     (6)世界観・基本的な思想

    6 組織の透明性・開放性の有無

     (1)行事・教材の公開性
     (2)報道機関・地域住民への対応
     (3)外部監査の受け入れ
     (4)活動の形態
     (5)他宗教・宗派等との交流
     (6)親族との交流

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    ■第1 両団体の違いの概略

      まず、両団体の違いの概略を簡潔に説明します。


    ◆ひかりの輪: 思想哲学の学習教室

      ひかりの輪は、いかなる特定の神・教祖・思想も絶対視しておらず、「宗教」「教団」ではなく、「東西の思想哲学の学習教室」です。

      物の豊かさに加え、心の幸福・豊かさ・悟りのために、仏教などの東洋思想や、心理学・自然科学などの東西の叡智を学んでいますが、その学びにおいて、盲信を避け、理性を重視しています。また、入会しなくても学ぶことができます。

      また、ひかりの輪は、麻原・オウム信仰を脱却し、事件を謝罪して、オウム真理教犯罪被害者支援機構(以下「被害者支援機構」と記す)と賠償契約を正式に締結し、定期的な経済報告をしつつ、その実行に努めています。

      そして、上祐代表ら団体の役員が、オウム時代を反省・総括した書籍(①上祐代表の著作一覧スタッフの著作一覧)をすでに多数出版しており、今後もさらに出版する予定です。

      こうした反省・総括は、新聞・雑誌や、テレビの取材・出演や、全国各地での講演・トークショー>>写真一覧)などでも語っています。

      さらに、松本サリン事件被害者の河野義行氏らを招いて外部監査委員会を設置し、活動を定期的に報告し、その監査・指導・助言を受け、広報活動を含め、外部社会との融和に努めています。なお、河野氏を含めた、一部の被害者やご親族の方々と交流しています。

      団体の思想や活動のお知らせは、団体のインターネットサイトや、ネットで所属と実名を明かした指導員が行っており、アレフに関して問題視されている「覆面布教」は行っていません。

       発足以来いまに至るまで、団体の活動で会員が刑事摘発されたことは一切なく、さらには、専用のブログを開設するなどして、アレフの洗脳教化などの違法行為の告発・解決に努めています。

      また、団体規模も、専従スタッフ(住み込み会員)は、約20名(2014年6月現在)とごく小規模です。

      2007年にアレフを脱会し、発足して以来、団体の思想と活動が、オウム時代とは抜本的に変わる中で、専従スタッフの数は、三分の一に急減しました。その中には、オウム信仰の崩壊の影響もあって、うつ病を含め、心身を病む者も出ました。

      オウムと違って、大規模な集団居住や親族との交流の禁止などはありません。

      全国8カ所の団体施設は、一軒家やマンションであり、その多くが1~2名が居住するばかりです。最大の東京本部教室も5名(専従スタッフのみなら4名。マンションの一世帯には1~3人)に留まっています(一つだけ残っていた東京の大型施設部分は2014年1月下旬に解約)。
      専従スタッフは、オウムと違って、親族・一般の知人とも、普通に交流し、高齢の親族の介護等のため定期的に実家と往復する者も複数います。 

      専従スタッフ(並びに専従スタッフと同居する一般会員)の中に、60代~80代での高齢者が4名(認知症・要介護の老人を含む)、同時に精神疾患の者が2名、他の病気療養中の者が1名おり、専従スタッフの3割近くが高齢者・病人であり、団体による生活扶助を必要としています。
      (仮に脱会した場合は、生活保護が必要となると思われ、実際に最近脱会した複数の者が、生活保護を受けています)。

      上記のうち外部に就労している者は7名であり、その他、団体の教室で思想哲学の学習、ヨーガ・気功等の指導、個人面談、ヒーリングの指導や、事務・経理・広報活動に従事している者が、全国8支部教室・連絡所等に散って、合計で10名弱です。

      なお、一般会員を含めても、会員総数は100名強です。団体は、入会を強調しない方針もあって、発足以来、会員数は増えていません。ただし、非会員として外から学ぶ人、通う人、ネットの中継講話などを聞く人は、随時入れ替りながら、全体として徐々に増えていると思います。

      総資産も1000万円強程度と小規模で(アレフの40分の1ほど)、総資産の約3分の1にあたる300万円以上の賠償金を毎年支払う契約となっており、2013年は500万円強をお支払いしました。


    ◆アレフ: 盲信・狂信型の強度なカルト宗教団体

      一方、アレフは、麻原を絶対とし、近年ますます麻原回帰し、オウム事件は陰謀であり(オウムの仕業ではない)、自分たちの帰依が麻原の死刑を遅らせる(遅らせている)とまで信じている、盲信・狂信型の宗教団体であり、強度なカルト団体です。

      オウム事件については、表向きは教団の関与を認めつつも、広報活動はほとんど行なわず、窓口の電話連絡が取れない状況があります(多数のメディアからの情報)。

      その裏側で、事件は陰謀だとする布教(オウム事件はオウムの仕業と見せかけるための何者かによる陰謀であり、オウムは無罪という布教)をしています。

      具体的には、アレフを隠した覆面ヨーガ教室を行い、その中で、輪廻転生を強調し、修行しないと地獄に堕ちることを強調したり、さまざまな陰謀説を説いたりして、オウム事件も陰謀だと主張するなどといった、詐欺的・洗脳的な布教活動を行っています。

      ここ数年の間に、在家信者や出家信者が、布教活動における詐欺・強要や、当局の立入検査を妨害したという嫌疑で、逮捕ないし強制捜査が行われた事例が複数あります(ただし、結果は、処分保留、起訴されるも無罪判決、現在公判中など)。

      2013年には、その施設の中で、公安当局の職員やアレフに反対する弁護士らの複数の写真をナイフで串刺しにしていた事実が発見されました。
     
       団体の規模は、出家者の総数は、定かにはわかりませんが、数百名前後と大規模であり、先の詐欺的教化により、公安調査庁によると、昨年だけでも、数百名の新規信者を獲得し、構成員は、1000名を超え、急増させています。

      そして、資産も、流動資産だけで4億円以上に上り、さらに、東京の足立区に大型のビル物件を取得し、資金力も急増させています。それに対して足立区は、教団を規制する新たな条例を導入しました。

       こうして、新たな地域問題を起こすほどに、資金が潤沢にもかかわらず、ひかりの輪と違って、被害者支援機構と賠償契約を締結することは拒絶しています。ただし、教団が潰されることを恐れ、教団防衛のために、賠償金ではなく「寄付」をしていますが、その額は、総資産の40分の1ほどと、ごくわずかにとどまっています(寄付ならば、麻原・教団が事件に関与したこと認めたことにならない)。

      そのため、被害者支援機構が、2012年の3月に、アレフを相手取って、不履行となっている賠償金の支払いを求める調停を東京地裁に申し立てました。

      また、被害者支援機構は、現在は同機構の資産であるオウム真理教の著作物をアレフが無断で使用しているとして、その使用の停止を求めています。この著作権侵害が事実ならば、これは刑事犯罪でもあります。 (※以上のアレフの行動の詳細は「アレフ問題の告発と対策ブログ」参照)

     

    ■第2 徐々に認められつつある両団体
    の違い


      しかしながら、この違いは、依然として、公安当局には十分に認められておらず、昔のイメージをコピーした形で、両団体を同一するかのように扱われている面があります。

      ただし、オウムをよく知る著名なジャーナリスト、国会議員、弁護士、宗教学者、心理学者、識者の方の一部には、すでに両者に違いがあることを理解されている方が出てきているように思います。

      まず、田原総一郎氏(オウム問題に詳しい著名なジャーナリスト)は、上祐と対談し(文化放送「田原総一朗 オフレコ!スペシャル」)、その後のラジオ番組で以下のように述べられました。
      ----------------------------------------------------------
      「(「ひかりの輪」は)宗教じゃない...
        麻原彰晃をいまでも信仰してるアレフの会...は宗教です...
        オウム、麻原を全面的に批判する「ひかりの輪」という、
        これは宗教じゃないんですよ。
        麻原を批判し、オウムを批判し、人間とはいかに生きるべきか(を考えている)。
        どっちかというと哲学に近いのね。ひかりの輪っていうのは。

        (司会:上祐さんは...宗教から抜け出て、そういう集団を作っている
                ...その怖さを身をもって知っているからですかね。)

        よーく知ってる。そこのところを上祐さんに聞いたわけ。」  
        (対談後のインタビュー動画2013.06.21放送
         「田原総一朗のタブーに挑戦! アベノミクスは成功するのか?」より) 
      ------------------------------------------------------

     
      その後、上祐代表との対談書籍(『危険な宗教の見分け方』ポプラ社)を発刊され、発刊後、以下の発言をされています。
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      「地下鉄サリン事件のような無茶苦茶な犯罪を犯した
       オウムから抜け出すのに、なぜ7年もかかったのか。
       その苦労と悩みと努力がとてもリアリティーがある。
       (2013年12月13日 田原総一郎氏twitter)
      -----------------------------------------------------

      オウム時代に対する上祐代表の反省本『オウム事件 17年目の告白』(扶桑社)を検証した有田芳生氏(ジャーナリスト・参議院議員)は、以下のように、上祐代表に大きな変化を感じたと述べています。
      ---------------------------------------------------
      「僕は読んだ(『オウム事件17年目の告白』のこと)上で
       来ているんで、この17年間ここまで変わったか、
       っていう印象がものすごく強いんですよ。(中略)
       自分の父親とか母親のことについてですね、
       彼が普通なら語らないようなことまで書いているんですよ。
       その心境の変化っていうのは、やはり変化として認めておかなければいけない、
        というふう思うんですよね。(中略)

       (そこまで言って委員会「辛坊たまらん」(読売テレビ)での発言より)
       ------------------------------------------------


       『オウム事件 17年目の告白』の検証対談では、以下の発言をされました。
       ------------------------------------------------
       「ぜひ上祐氏と話をしてみたいと思ったんです。
        オウム真理教が起こした数々の事件についてだけではなくて、
        上祐さんのご両親の話が書かれていたからです。
        ...自分と両親の話に行き着いたのだとしたら、
       オウムばかりでなく、現代社会におけるカルトの問題、
       若者の内面に潜む根源の問題にまでたどり着いたはずだ
       と思えたんです。(中略)
    本書を読み、今日のお話も聞いて、上祐さんや周りの人たちが
    大きく脱皮しつつあることはわかりました。
      (『オウム事件 17年目の告白』の「検証対談」より)
      --------------------------------------------------

     またツィッターでは以下の発言をされています。 
       --------------------------------------------------
       「地下鉄サリン事件などを「内部」からどうみていたか。
         はじめて知ることばかりでした。
         カルト対策としても意味ある告白だと思います。」
        (有田芳生氏twitterより)
       ---------------------------------------------------

      有田氏と同様にオウム問題で著名な江川紹子氏も、ツィッターで、上祐代表の過去のオウム時代の行為の責任の重さを指摘する一方で、次のように述べています。
       ---------------------------------------------------
      「現時点の問題という点では、だんまりを決め込み、
       事件への反省のないまま麻原信仰を続け、
       被害者への賠償も放り出して施設を拡充し、
       詐欺的勧誘を続けているアレフの存在の方が、
      (ひかりの輪よりも)遙かに問題は大きいのではないか。
     
      (アレフの)荒木広報の悩んでるふり、考えてるふりに
      ごまかされてはならない。」
      (2012年6月17日)
       ---------------------------------------------------

      また、カルトやオウム問題に詳しい紀藤正樹弁護士は、『サンデー毎日』(2012年7月1日号)誌上で次のように述べています。
       ---------------------------------------------------
      「ひかりの輪はアレフから追い出された少数派であり、
       教団というよりサークルに近い。
     
      サリン事件のようなことをやれば、団体として大変なことになる
      と分かっていた幹部連中が追い出された。
     
      サリン事件を体験していない人たちが幹部となったアレフには、
      『事件には何かしらの意味があった』と思っているような信者が残りました。
     
       アレフ信者の、麻原彰晃に対する信仰の度合いは、
       95年以前と同じで、むしろ個人崇拝、帰依度は高まっている。
      昔との違いは、サリンを作るような施設がない点だけです...

        今もアレフが勢力を拡大している事実を
       深刻に受け止めないといけません。」
       --------------------------------------------------

      さらに、オウム真理教を研究し、著作もある宗教学者の大田俊寛氏は、月刊誌『atプラス13号』(太田出版)誌上で、上祐と対談した後、次のように述べています。
      ---------------------------------------------------
      「上祐氏は、元オウム幹部としてはほぼ唯一教団に残り続け、
        分派という形にはなったものの、
        麻原信仰からの脱却の必要性を主唱し、
        オウムとは何だったのかという問いに真摯に向き合い、
        被害者への賠償に積極的に取り組むことを明言している。

        また、明確な方向性を見出せないまま
        麻原信仰に回帰しようとしているAlephの現状について、
        いくつもの重要な警告を発している。(中略)
      
        上祐氏は現在、その立場ゆえに批判や非難を受けることも多いが、
        それはすなわち、氏がオウム事件の責任に応答する主体として、
        誰よりも正面に立ち続けているということを意味するものだろう。
      
        私は少なくともこうした点において、
        現在の上祐氏を評価したいと考える。」
       ---------------------------------------------------

      認知心理学者の下條信輔氏(カリフォルニア工科大学生物学部教授)も、上祐代表の著作に言及し、
       --------------------------------------------------
      「オウム事件関係の類書の中で
       「もっともよく整理され」「もっとも深く突き詰めている」
       と評価が高い。
       ...何と言っても麻原と若い信者たちの心理を、
      内側から分析したのが出色だ。

       ...かねてから抱えていた謎を解く、
      大きなヒントを本書から与えられた。...」
       --------------------------------------------------
    と述べています(朝日新聞「WEBRONZA」にて)。


      思想家の鈴木邦男氏も、以下の発言をされ、その後、上祐との対談本『終わらないオウム』(鹿砦社)を出版されました。
       -------------------------------------------------
      「元オウム真理教幹部の上祐史浩さんに会った。
      『オウム事件 17年目の告白』は力作だ。
      ...麻原との訣別...などについて、実に真摯に語っている。
      ...貴重な本です。じっくり読みました。感動しました。」
    同氏サイトにて
       -------------------------------------------------

      ロフトグループ社長の平野悠氏は、『危険な宗教の見分け方』について、
    以下の発言をされています。
       -------------------------------------------------
      「さて上裕〜ひかりの輪はこれからどこへ向かって行くのか、
       全く新たな「輪の思想」を構築出来るのか興味はある。
       私自身も上裕さんとは数度対談し、
       ひかりの輪主催の「聖地巡礼」にも参加したことがあるので、
      今の上裕さんの「立ち位置」は信用していいと思っている。」
      (ブログ「Rooftop」レビュー2013年)
       -------------------------------------------------

      その他の各界の識者も、アレフとは大きく違うひかりの輪の活動について、評価の声を寄せてくださるようになっています。

      さらに、被害者支援機構は、2009年7月に、アレフが賠償契約締結を拒否する中で、ひかりの輪とは別個に賠償契約を結び、ひかりの輪とアレフとを区別して扱っています。

      最近の報道機関については、事情を正しく理解し、単純に過去のイメージ・当局の見解をそのまま流すのではなく、ひかりの輪とアレフを区別して報道する記事も徐々に増えてきました。

      また、ひかりの輪を扱った多くの書籍・雑誌出版社が、麻原・オウム信仰を脱却したものとして明確に位置づけています。

       その詳細は「ひかりの輪メインサイト」の「識者などの評価」をご覧下さい。



    ■第3 両団体の違いの詳細



    1 会員数


     ◆ひかりの輪 :入会を強調せず

    【会員総数】:100名強
      (従来、約180名と公表したことがあったが、
        それは会員に準じて出入りしていた者を含めた人数であったため)

    【会員総数の変化】:2007年の発足以来、微減
       ※入会を強調せず、非会員の参加者を歓迎する方針。

    【うち専従スタッフ(住み込み会員)の総数】:17名

    【専従スタッフ総数の変化】:発足以来、約三分の一に激減(発足時は56名)
                                 ※オウム教義の破棄などのため


     ◆アレフ : 新規入信が2年間に数百名・激増

    【会員総数】:千数百名(公安調査庁発表より推計)

    【新しい入会者の数】:2011年 → 205名(公安調査庁発表)、
                                2012年 → 約250名(公安調査庁発表より推計)、
                                2011~2012年の2年間で、計約450名

    【出家者総数】:200~300名弱(公安調査庁発表より推計)



    2 経済規模など


     ◆ひかりの輪 :1000万円強

    【資産】:約1000万円強(流動資産)

    【財務の報告・監査】
      ①外部監査委員会(河野義行委員長)への報告と監査
      ②賠償契約を締結した被害者支援機構への定期的な報告


     ◆アレフ: 約4億円

    【資産】:(推定※)約4億円(流動資産)+都内大型ビル(2億円相当)
        ※公安調査庁関係の報道からの推定額

    【財務の報告・監査】 賠償契約を拒否し、財務の報告・監査なし。

     

    3 遵法精神の有無


     ◆ひかりの輪 :遵法精神あり

    ①発足以来、事件の謝罪・反省を深め、団体の活動に関係して会員が逮捕・起訴されたことはない。
    ②上記のアレフの違法行為をインターネット(「アレフ問題の告発と対策」)で告発し解決に努めている。


     ◆アレフ :違反・違法の疑いあり

      複数の法令違反・違法行為またはその疑いがある。

    ①被害者支援機構に対して、賠償契約の不履行を行い、契約更改を拒絶している。同機構の申立てにより、現在、東京地裁で調停中。

    ②被害者支援機構に著作権が帰属する元オウム真理教の著作物(※)を無断複製・頒布しているとして、同機構から著作権法違反で訴えられている。同機構の申立てにより、現在、東京地裁で調停中。
      (※)同機構によれば、オウム真理教の著作物の著作権は、賠償のために現在同機構に属する

    ③その他の法令違反の疑いもある。
       覆面ヨーガ教室による詐欺的・洗脳的な教化
       アレフを隠した覆面ヨーガ教室で、オウム事件の陰謀論を説いて、
       アレフに入会・布施させる詐欺的・洗脳的な教化・勧誘活動
      各地で勧誘された人の苦情があり、ひかりの輪で相談を受けている。

     

    4  オウム事件の謝罪・反省・賠償

     
     ◆ひかりの輪 :反省のもと、賠償等を実践

       ①麻原の関与を含め、オウムの関与した事件の反省に基づき、謝罪を繰り返し表明し、一部被害者・親族の方と交流。

       ②2009年に、被害者支援機構と、被害者賠償契約を正式に締結し、履行している。

       ③オウム時代の反省・総括を、団体全体で濃密に行い、発表している。

       ●『オウムの教訓サイト』で公表。

       ●さらに、上祐代表および幹部会員が、一般の出版社から書籍を刊行・協力    

         ・上祐史浩・田原総一郎著 『危険な宗教の見分け方』(ポプラ社)

         ・上祐史浩著 『オウム事件 17年目の告白』(扶桑社 2012)
     
         ・上祐史浩・鈴木邦男等著  『終わらないオウム』(鹿砦社 2012)
     
         ・宗形真紀子著
          『二十歳からの20年間――"オウムの青春"の魔境を超えて』(三五館 2010)


        ・『錯乱の時代を生き抜く思想、未来を切り拓く言葉
                 ――鈴木邦男ゼミin西宮 報告集vol.3』
    (鹿砦社 2014)
           上祐史浩+鈴木邦男(政治活動家)の対談が掲載

         ・『未解決事件 オウム真理教秘録』※上祐史浩のインタビューが掲載
           (文藝春秋社 2012)  〈NHKスペシャル取材班編著〉
         
         ・『思わず聞いてしまいました!!』※上祐史浩の対談が掲載
           〈プチ鹿島・居島一平著〉(スコラマガジン社 2012)
        
        ・『atプラス13』(太田出版 2012)
           上祐史浩+大田俊寛(宗教学者)の対談が掲載

        ・『公安を敗北させた男 国松長官狙撃事件』
         小野義雄著・産経新聞出版
    2011年
          宗形真紀子のインタビューが掲載。

        ・『オウムを生きて』 (青木由美子編CYZO2010年)
         ひかりの輪の会員2名(スタッフ・会員各1名)のインタビューが掲載

        ・『図説 宗教と事件』 (学習研究社 2009年)
         広末晃敏のインタビューが掲載。

    ④残存するオウム問題(アレフの違法行為・刑の執行)の解決に努めている。


     ◆アレフ: 事件を反省せず、賠償契約を拒絶

       ①事件の反省なし

         (1)一部の信者は、事件は、絶対者の麻原の深い考えによるもので、
             悪とは判断できず、「謝罪・賠償をするのは正しくない」と考え、

         (2)一部の信者は、事件は、麻原が関与を否定しているように、権力
             者の陰謀で、「謝罪・賠償の要求は、本来不当だ」と考えている。

       ②賠償契約の不履行・更改の拒絶と、寄付の実行

       上記の理由で、賠償契約は不当だが、教団防衛のために(団体が潰されないために)、善意の第三者として一定額の寄付を実行し、機関誌・信者にPRしている。

     

    5 思想・教材
     

    (1)団体の基本的性格


     ◆ひかりの輪 :思想哲学の学習教室

      いかなる特定の神・教祖・思想も絶対視しないため、「宗教」「教団」ではなく、
      仏教や心理学等を含めた東西の思想哲学の学習教室。

      探求の対象に、宗教の思想哲学も含まれるが、「宗教一般の本質ないし、あるべき姿を自己の身上に探求し、理性にとって納得のゆくものとして理解しようとする」とされる「宗教哲学」を探求する。


     ◆アレフ :盲信・狂信型の、強度なカルト宗教団体

      麻原を絶対とし、近年ますます麻原回帰し、オウム事件は陰謀であり(オウムの仕業ではない)、自分たちの帰依が麻原の死刑を遅らせる(遅らせている)とまで信じている、盲信・狂信型の宗教団体であり、強度なカルト団体。

     

     (2)オウム真理教の教材

     ◆ひかりの輪: すべて破棄・使用せず

      ①オウム真理教の教材は廃棄し、全く使用していない
       (観察処分の審査・裁判・総括用に必須な一部のみ厳重管理)

      ②ひかりの輪の一元論思想に基づく新たな教材を作成・使用している。


     ◆アレフ : 全面的に使用

      ①オウム真理教の教材を全面的に使用(著作権侵害)

      ②サリン事件以前の教材の復刻も行っている。


    (3)麻原の見方


     ◆ひかりの輪 :人格障害・反省できない人物と分析

      カリスマ性はあったが、誇大妄想・被害妄想的な人格障害があり、一連の事件の過ちに至り、いまだに反省できない人物と分析。
      ※公安調査庁も、
     「ひかりの輪の教義には、外形的には、麻原を崇拝する内容はない」
      と認めている(同庁の観察処分の審議の主張証拠より)。

     ◆アレフ: 神の化身・絶対的存在で帰依の対象
     
      麻原は神の化身・絶対的存在。
      事件にも深遠な意味があると考え、絶対的な帰依の対象とする。


    (4)オウム事件の見方


     ◆ひかりの輪: 許されない事件
     
      自らハルマゲドンを起こし、予言された救世主になろうとした麻原の狂気の誇大妄想・被害妄想が引き起こした事件であり、許されない。
      ※公安調査庁も、「ひかりの輪の教義には、外形的には、殺人肯定の危険な内容はない」と認めている(同庁の観察処分の審議の主張・証拠より)。

     ◆アレフ : 麻原の深遠な考え、国家権力の陰謀

      麻原の深遠な考えによるもので、否定できない。ないしは、国家権力の陰謀である。


    (5)信仰対象


     ◆ひかりの輪: 特定の信仰対象をもたない

      特定の神・教祖を信奉しない=宗教団体ではない、新しい智恵の学びの場。
      個々人の中の神聖な意識を重視して、外側のものは、それを引き出す象徴で学びの対象と見る。


     ◆アレフ :麻原と、シヴァ大神

      麻原とその本体であるシヴァ大神に絶対的に帰依し、それ以外の人物や神仏は、格下または外道・邪教として否定。

     

    (6)世界観・基本的な思想


     ◆ひかりの輪: 一元論

      万物は「輪」のようにつながり一体で、皆等しく尊重すべき。
      (よって、「教団を善、社会を悪」とする善悪二元論を否定)


     ◆アレフ: 善悪二元論

      教団は善業多き魂、社会は悪業多き魂という善悪二元論。
      社会は麻原・教団を弾圧している、という見方。

     

     

    6 組織の透明性・開放性の有無


    (1)行事・教材の公開性


     ◆ひかりの輪:公開

      主要な行事・教材は、インターネットで生中継・録画公開するなどして、会員以外の人も、どこからでも視聴・購入できる。
      非会員も会場(団体施設)で直接参加できる。

      大学等の研究機関や研究者のフィールドワークや、取材も随時受け付けている。


     ◆アレフ: 秘密主義的

      主要な教材は、会員しか購入できず、秘密主義的である。
      一般人は、最初は、教団施設になかなか入れない。
      ※そもそも、その教材の販売は著作権侵害であり、この問題のためか、最近は教材販売がますます秘密主義的に。


    (2)報道機関・地域住民への対応


     ◆ひかりの輪 :対応

      ①広報部が、報道機関の取材依頼に適宜対応、ネットでも情報発信
       (※詳細は「ひかりの輪広報部」サイト参照)
     
      ②地域住民の、組織的な反対運動がある地域(東京)は、情報提供と
        話し合いの申し入れを継続し、話し合いが実現したケースもあり。

      ③地域住民の方向けに情報発信をするサイトを開設し、
        不安解消に努めている
       (※詳細は「ひかりの輪から、地域の皆さまへ」サイト参照)

     ◆アレフ :拒否や無視

      ①取材依頼を、原則拒否しており(窓口電話がつながらないと多数の報道機関からの苦情あり)、コメントの発信も稀である。

      ②地域住民からの働きかけは、基本的に無視している。



    (3)外部監査の受け入れ


     ◆ひかりの輪: ある

      2011年末、外部監査委員会(河野義行委員長)を、サリン事件被害者の河野義行氏や大学教授などを招いて設置。

      ①定期的に活動内容を文書・会議で報告し、助言・指導を受け、

      ②各施設で、講話会などの活動や、施設設備の監査を受け、

      ③自己反省法や伝統宗教との交流などの精神的な指導も受けている。
       また、財務に関しては、外部監査委員会に加え、被害者支援機構にも定期的に報告している。


     ◆アレフ :ない

      自主的な外部監査制度などは一切ない。



    (4)活動の形態


     ◆ひかりの輪 :公開型

      団体の公式サイトや、所属と実名を明かした指導員が行っている。


     ◆アレフ :覆面の活動あり

      アレフを隠した覆面ヨーガ教室を幹部信者と一般信者が行っている。
      その中で、オウム事件を陰謀とする洗脳的教化が行われている。



    (5)他宗教・宗派等との交流


     ◆ひかりの輪 :あり・学習実践

      ①ひかりの輪外部監査委員である、伝統宗教の宗教家の
         指導を受けて、修験道を実施

      ②ひかりの輪外部監査委員である大学教授の
         指導を受けて、自己反省法・内観を実施。

      ③聖地巡りの機会等を通じて、正式参拝や祈祷を受ける
        などして、他の宗教・宗派から学び、交流。


     ◆アレフ :なし・排斥

      自教団の教えのみを絶対視するため、他の宗教・宗派は「邪教・外道」として排斥。



    (6)親族との交流


     ◆ひかりの輪 :あり


      ①両親をはじめとする親族などに感謝する、自己反省法・内観を実施。

      ②親族との交流に全く規制はなく、通常の交流をしている。
        専従スタッフのうち親の介護のために、実家に定期的に通っている者もいる。


     ◆アレフ :強く規制

      親族は修行の邪魔、とする教義のもと、特に出家者は親族との交流を強く規制している。

  • アレフ(オウム)問題の解決努力

     ひかりの輪とアレフが同一団体であるかのような誤解が一部にありますが、実際には、ひかりの輪では、これまで行ってきたオウム時代の反省・総括に基づいて、アレフが現在も引き起こしている様々な問題の解決に努めているのです。

     アレフは、いまだに麻原彰晃を絶対視し、組織の引き締めを図る一方、そのような狂信的信仰に多くの若者を巻き込んでいっています。

     そのため、ひかりの輪では、麻原を絶対視するアレフ(オウム)の教義の誤りを明らかにしたり、アレフの違法・不当な行為を告発したりすることによって、現アレフ信者の脱会を促進するとともに、アレフの実態を知らない人たちが新たにアレフに入信することを阻止するための活動を展開しています。

     その具体的な内容は、以下のサイトに掲載していますので、ご覧下さい。

    ●ひかりの輪広報部サイト「オウム信仰からの脱却」

    ●アレフ問題の告発と対策

  • 一部マスコミに見られるアレフとの混同報道(誤報)

    ●一部マスコミに見られる誤報

     「ひかりの輪とアレフの大きな違い」にも記したように、ひかりの輪とアレフには歴然たる違いがあるのですが、一部のマスコミは、いまだに両団体を混同して、アレフの事柄をあたかもひかりの輪の事柄であるかのように誤報を流してしまうことがあります。
     
     その原因は、両団体を混同させる公安調査庁の発表情報を、当団体への裏付け取材を行わずに、そのまま流してしまうところにあります。

     最近の具体例を、以下に二つご紹介します。


    ●1,フジテレビの誤報と訂正のケース

     フジテレビは、2013年4月19日に、
    「『アレフ』や『ひかりの輪』への調査で資産過少申告など明らかに」
    と題する記事を、同局のインターネットサイトに掲載しました。

     記事は、アレフやひかりの輪に対する公安調査庁の立入検査において、「申告より多くの資金が見つかっており、資産を過少申告している実態もあった」と報じました。

     また、「信者獲得のために、大学のサークルを装い、団体名を隠してヨガ教室に勧誘する手口も確認された。」とも報じました。

     しかし、ひかりの輪は、資産の過少申告や、団体名を隠したヨガ教室勧誘などは、一切行っていません。特にヨガ教室勧誘については、明らかにアレフが行っていることであり、資産の過少申告も同じくアレフについてのことではないかと思われます。

     よって当団体は、その翌日(2013年4月20日)、フジテレビに対して、アレフの行動が、あたかもひかりの輪の行動であるかのように誤解させる今回の記事内容を訂正する等して改めてほしい旨申し入れました。

     これに対して、フジテレビが再度、公安調査庁に取材をしたところ、同庁からは「(公安調査庁では)アレフとひかりの輪は一体と見ており、細かいことはわからない」との回答があったとのことであり、公安調査庁の見解が上記の通りである以上、記事訂正の必要はない旨の見解が同局から当初示されました。

     とはいえ、当団体としては、この記事は、タイトルや本文からして、明らかにひかりの輪が資産の過少申告をしているかのような誤解を視聴者に与える「誤報」といわざるをえないので、あくまで訂正を求めました。

     そもそも当団体は、「過少」申告とは全く正反対に、公安調査庁が立入検査時に確認した現金額以上を「過大」に申告しているとして、公安調査庁から2年連続で文書で指導されてきました(実際は過大申告をしているのではなく、単に公安調査庁が立入検査時に現金の検査漏れをしたものと思われ、当団体は正確な額を申告しています)。

     そこで当団体が、上記の「過大」申告を指摘する公安調査庁の指導文書を証拠としてフジテレビに提示したところ、フジテレビは、事実が全く正反対であったことを直ちに認め、この記事を同日(4月20日)午後4時30分頃までに完全に削除しました。

     以上が、フジテレビによる誤報と訂正の事実経過です。

    (※この件は、アメーバニュースでも取り上げられました)


    ●2,日本テレビの誤報と訂正のケース

     日本テレビは、2013年5月16日放映のニュース番組「NEWS ZERO」において、最近のひかりの輪やアレフについての報道を行いました。その際、公安調査庁の発表にならって、二つの団体のことを「オウム真理教」という名称で一括りにして表現しました。

     そして、以下の3つの事実を報じました。

    (1)「オウム真理教」施設への立入検査の際、内部で、
      ・麻原の肖像写真
      ・甘露水(麻原の呪文を聞かせた水)
      ・麻原の説法集
    の存在が確認されたという事実。

    (2)最近、「オウム真理教」施設への立入検査の際に、教団側が公安調査官への抵抗を強めており、検査の模様をビデオカメラで撮影するようになっているという事実。

    (3)「オウム真理教」が「オウム真理教」であることを隠して、大学で学生への勧誘活動をしているという事実。

     しかし、上記(1)~(3)は、いずれもアレフのことであって、当団体には上記のような事実は全くありません。

     そこで、当団体は、上記のような報道は、当団体施設の近隣住民の皆さまをはじめとする一般の方々に対して事実に反する無用な不安や誤解を与えてしまう危険性がある誤報であることを指摘し、次回の放送では、いずれの事実もアレフに関する事柄であることがわかるよう明記して訂正するよう要請しました。

     そして、必要に応じて、公安調査庁に再度裏付け取材を行うようにも要請しました。

     その結果、同局は、公安調査庁に取材を行い、上記(1)~(3)の事実は、いずれもアレフに関する事柄であるとの回答を得たとのことで、同局の翌日(5月17日)のニュース番組「news every.」では、明確にアレフであることがわかるようにテロップを入れる訂正を行いました。

     以上が、日本テレビによる誤報と訂正の事実経過です。

     なお、上記番組では、公安調査庁幹部が、当団体について、

    ①力を与える儀式が、麻原とほとんど同じやり方でやっている
    ②説法の内容も麻原と同じ

    と述べているところも放送されました。

     しかし、①については、そもそもオウム・麻原に限らない一般的な方法のものでしたが、それ自体もここ数年行っておらず、②については、同じどころか大きく変わっていることを公安調査庁自身が観察処分の更新手続で認めていることを同局に説明し反論しました(②についての詳細は、こちらの記事をご覧下さい)。

     これらの反論は番組に反映されませんでしたが、この点については日本テレビの誤報はいまだに訂正されていないといえます。


    ●公安調査庁の発表が「誤報」を生む構造

     上記の誤報の根源には、公安調査庁による発表情報があります。

     かねてから公安調査庁は、アレフとひかりの輪にまとめて観察処分を適用する必要上、「アレフとひかりの輪は一体である」という、事実に反する強引な主張を行ってきました。

     そのため、アレフに関する事実を、あたかもひかりの輪に関する事実であるかのように、情報を混同させて発表する傾向があります。

     現に、昨年(2012年)12月にも、公安調査庁は、「アレフとひかりの輪の(2012年度の)入会者数が255名に達し、2000年以降最多となった」と発表していますが、実際のひかりの輪の入会者数は数名にとどまっており、意図的にアレフと混同させる情報発表であることは明らかでした(詳細は、こちらの記事をご覧下さい)。

     しかし、現在は、ひかりの輪とアレフとの歴然たる違いについて、報道各社の間で理解が進んできており、公安調査庁の発表を信じてそのまま報道する報道機関も減少してきました。

     当団体は、公安調査庁の発表情報をそのまま報道することで「誤報」が生まれてしまうという構造を懸念しています。正確な報道を期するためにも、当団体は、この場を借りて、あらためて報道各社の皆さまに、当団体への裏付け取材をお願いするとともに、一般の皆さまにも、注意深く公安調査庁の発表情報をご覧くださいますよう、お願い申しあげます。

  • 識者などの評価

     オウム事件への反省・総括に基づくひかりの輪の諸活動は、識者・著名人の方々から高い評価をいただいています。
     その詳細は、以下のページをご覧下さい。

    ・上祐史浩オフィシャルサイト「識者・著名人の声」

     また、上祐代表等の著作も、次の通りの評価を頂戴しています。

    ・上祐史浩オフィシャルサイト「識者の書評」

     これらの諸活動は、以下のように、マスコミでも広く取り上げられてきました。

    ・上祐史浩オフィシャルサイト「対談・講演・出版」

    ・同サイト「雑誌インタビュー」

■初めての方に――ひかりの輪の思想と活動

  • 【1】ひかりの輪の目的・組織・活動内容など

    ●ひかりの輪の中核の思想とは

    ひかりの輪は、個々人の心の幸福・解放・悟り、心身の健康、自己実現、さらには、経済・環境・エネルギー・安全保障といった問題を抱える社会の中で、国と国、人間と自然、科学と宗教の分裂を乗り越える、調和の思想を普及することを目指しています。

    そのための中核の思想は、「輪の思想」と言います。これを一言で言うならば、万物を(輪のように)平等一体をみる思想・世界観です。
    これは、ひかりの輪に限らず、よく調べれば、「和」とも一体不可分である日本の根本思想であり、人類共通の普遍的な道理だとも考えるものです。これについては後ほど説明します。

     

    ●ひかりの輪の団体構成

    ひかりの輪は、東京を本部教室とし、2014年12月の段階で、名古屋、大阪、福岡、千葉、仙台、長野、横浜など、全国8箇所に教室を設けています(※教室一覧)。また、札幌、岡山などで、定期的な勉強会を設けています。

    団体の本部教室と各支部の教室には、上祐代表を含めた指導員8名とその補佐をするスタッフ1名と合わせて9名が、皆さんの学習・実践のお手伝いをしております。

    一般会員の皆さんは100名ほどですが、ひかりの輪は、入会しなくても、その活動の大半に参加し学ぶことができ、講話会などは、非会員の方が、参加者の半数に及ぶ状態になっています。

    入会は、団体の活動を継続的に賛助するという意味があり、同時に一定の特典もありますが、詳しくは各支部教室にお問い合わせ下さい。

    ●ひかりの輪の活動の概要

    ひかりの輪の活動の内容としては、その全国の教室において

    ① 代表を初めとする指導員の講話・質疑応答や個人相談、
    ② ヨーガや気功、仏教的な瞑想といった行法の学習・実践、
    ③ 団体オリジナルなものを含めた各種のヒーリング、
    ④ 年末年始・GW・お盆などの連休にセミナー

    を行ない、それに加えて、

    ⑤ 全国各地の聖地巡り

    を定期的に行っています。

    また、団体の施設ではなく、一般の施設での活動として、

    ① 一般の会議室などで行なう講話会・懇親会
    ② 一般の団体のお招きを受け、上祐代表などのトークショー・講演会

    を行なう場合もあります。

    また、このような学習のための教本・DVD・CDの教材や、仏教法具、各種のヒーリング物品をお分けしたり、占星学の鑑定を行っています。

    ●ネットを智恵の学びの場とする試み

    また、団体は各種のHPを運営しており、団体の思想や教えに関する多くの記事や、講話や身体行法の指導の動画が掲示されています。HPは、団体のメインサイト、上祐代表のサイトなど各種運営されています。

    こうしたネットの教材が、一種の仮想教室を形成しており、それを「ネット教室」などと呼んでいます。団体の活動の予定は、前もって、このHPにも掲示されます。

    ●その他の活動(対外活動)

    ひかりの輪の「広報部」は、報道機関、地域社会、大学等の研究機関の皆さんに対応しており、代表らが、テレビや雑誌の取材に頻繁に応じ、関連サイトを運営しています(※「広報部サイト」、「ひかりの輪から地域社会の皆様へ」ブログ)。

    また、「外部監査委員会」を設けており、団体の活動の監査を戴くとともに、後に述べる内観や修験道の特別研修を実施しています(※「外部監査委員会」、「外部監査委員会のサイト」)。

    さらに、オウム真理教(現アレフ)の問題に関する総括や対策を行っており、「オウムの教訓」サイトや、「アレフ問題の告発と対策」ブログ等を運営し、ご相談窓口を開設しています。

  • 【2】「学び」と「神仏」に関する考え方

    ●最初から信じる必要はない

    さて、ひかりの輪にも、後に述べる「輪の思想」「輪の教え」「三悟の教え」などの思想・法則・教えと呼ばれるものがあります。

    しかし、皆さんは、これらを信じる必要は全くありません。皆さんが、自分でよく考え、吟味して、納得したならば、それを受け入れればいいだけです。
    最初は疑うくらいによく吟味するとよいでしょう。

    そもそも、ひかりの輪の思想・教えは、人が理性によって、論理的・合理的に考えて、納得できるものを中心としています。

    諸宗教の思想の学習・研究に加え、心理学の学習の結果も反映されています。言い替えれば、だからこそ信じてもらう必要がないのです。

    しっかりとよく考えれば、皆が、適切な結論に至ると思うからです。

    ●特定の人物・神を絶対視する必要はない

    そして、後から述べるように、特定の人物や神を合理的な根拠もなく唯一絶対視することはありません。

    上祐代表を初めとするひかりの輪の指導員は、ひかりの輪の思想・実践の先生・教師ではあっても、当然、信仰の対象ではなく不完全な人間の一人です。

    学ぶ時は、対象を絶対視せずに、自分でよく考えて、納得いくところを吸収し、そうでないところは、流してしまえばよいのです。

    また、これと同様に、特定の思想・教えを同じように絶対視することもありません。そうではなく、世界の普遍的な道理・原理を追求しています。

    ●いろいろな学習実践法・ツールも絶対視していない

    なお、ひかりの輪の中にも、論理的・科学的には、理由が解明されていないものの、体験的に広く価値があるとされている学習実践法・ツールを取り入れている部分はあります。

    その中には、ヨーガや気功の身体行法、仏教の瞑想法、瞑想に役立つ心静まる法具の音・音楽、お香、仏画・仏像・法具、聖地巡りや、聖地の名水(ご神水・聖水)、一部の占星学、そして、先達とともに瞑想するヒーリングなどがあります。

    しかし、それらは絶対視する必要はなく、半信半疑でもよいし、「自分には合わない」と思えば、使わなければよいだけです。

    ●「内側の神仏」と「外側の神仏のシンボル」

    ひかりの輪では、神仏とその尊重の仕方について、新しい思想を提唱しています。

    まず、一人一人の中の神聖な意識があり、それを「内側の神仏」と考えます。そして、その神聖な意識を引き出す手段として、外側に「神仏のシンボル」があると考えます。

    この外側のシンボルは、仏教徒なら仏陀、キリスト教徒ならイエス・ヤハウェ、イスラム教ならマホメット・アラーといった、特定の人や神・仏などです。

    要点は、この外側のものは、一人一人の「内側の神仏」を引き出す「シンボル」ではあっても、それ自体は唯一絶対のものではなく、人に応じて、さまざまな「シンボル」があってよく、全くシンボルを持たなくても、また同じようによいということです。

    この思想は、人の中の神聖な意識(「内側の神仏」)を重視し、従来の宗教が崇拝対象とした外側の存在を「絶対視せず」に、しかし「軽視もしない」で、「神仏のシンボル」として「内側の神仏」を引き出す手段と位置づけています。

    そして、両者の合体が、神聖な意識を引き出す=内側の神仏が目覚めるとするのです。

    ●シンボルは人によって違ってよいし、なくてもよい

    そして、外側のシンボルは、人によって違ってよいと考えます。

    自分に縁があると感じる(自分の意識を高めてくる)外側のシンボルは、人によって違ったり、確たるシンボルがない人もいたりするのも自然なことです。

    だからこそ、さまざまな宗教があって、人類が一つの宗教の下には統一されないのです。ある人は、仏陀、ある人は、イエス、ある人はマホメットでよく、ある人は、何かの仏像・仏画、ある人は、何かの大自然でもよく、ある人は、確たるシンボルがなくてもよいのです。

    ●シンボルは、宗教間の対立を越える思想では?

    こうして、ひかりの輪は、何か一つの特定の神仏、ないしは神仏の化身とされる特定の人物を信仰することを義務づける「宗教」というものとは異なります。

    外側の人や物を絶対視するグルイズムや偶像崇拝などの従来の宗教でもありません。

    そして、この考え方が、宗教界に広まるならば、異なるシンボルを持つ宗教間の対立を解消できるのではと考えています。

    独善的・排他的な傾向のある従来の「宗教」ではなく、21世紀の新しい時代に合わせ、多様性を認める智恵の思想ではないでしょうか。



  • 【3】ひかりの輪の「輪の思想」

    ●輪の思想:万人万物が平等で一体

    ひかりの輪の中核の思想は、「輪の思想」です。

    それは、「輪」という言葉が象徴するように、「万人・万物が、輪のように一体であり、等しく尊い」とする世界観です。万物平等一体の思想です。

    では、この思想の意味合いを説明する準備として、まず、現在の社会の問題・苦しみの分析をしておきましょう。

    ●現代社会:拡大と競争の幸福観の行き詰まり

    現代は、「今より、もっと」、「他人よりも、もっと」と、財物や名誉・地位を求め、幸福になるという考え方が主流です。

    財物や名誉・地位に恵まれることが幸福で、そうでない者は不幸として、自分と他人の区別し、勝ち組・負け組などに、人を二分化することになります。お金と勝利、拡大と競争を重視した経済競争社会です。

    しかし、その現代社会は、行き詰まりの様相を示しています。

    バブル崩壊の後の長い経済停滞、日本に限らず、欧米にも広がる財政赤字・景気低迷、失業者、自殺者、鬱病を含めた精神疾患の増大など。

    多くの人が、果てしない拡大と競争を求める資本主義が、人を本当に幸福にするのかを疑い始めています。

    ●行き詰まりの根本的な原因は何か

    それは、なぜでしょうか。その理由を仏教開祖の釈迦牟尼は予見していました。

    まず、「今より、もっと」、「他人よりも、もっと」と求めても、欲求には際限がないために、満ち足りることはありません。

    例えば、統計的な調査には、日本ぐらいの所得水準に到達すると、所得が増大しても、人が感じる幸福感は必ずしも増えないとするデータもあります。

    もはや日本人は、お金では幸福が買えない状態に達したのかもしれません。

    一方、得られない場合は、苦しみますし、いったん得てしまうと、以前は必要なかったものさえ、それを失うと苦しみが生じます。そして、そのように皆が求め合う中では、当然、他との奪い合いが生じ、恨み・辛み・妬みの苦しみが生じます。

    例えば、自殺は、統計が始まった1890年以来、2000年代の今現在が、最も多くなっています。今は、バブルの崩壊後の問題があるとはいえ、途上国時代や敗戦直後よりも多いのです。年間3万人、未遂を含めると数十万人となっています。

    鬱病は、この10年で倍増し、数百万にのぼります。体の病気は、医療技術の進歩で、先進国は少なくなりましたが、心の病は途上国と違いがないとも言われます。

    物は豊かな社会の中で、心が病んでいます。
    無数の人が、日常生活に強いストレスを感じています。

    こうして、私達は、今までの拡大と競争一辺倒の幸福観の転換、ないしは、少なくとも、幸福観の多様化が必要な状態に来ているのではないでしょうか。

    ●ひかりの輪:「感謝と分かち合い」の幸福観

    そこで、ひかりの輪は、「新しい幸福観」を提唱しています。
    それは、「感謝と分かち合い」による幸福です。

    この感謝と分かち合いが深まると、落ち着いた、大きな、温かい心が生まれ、それによる幸福を感じることができます。
    さらには、心が静まることによって、直感力を含めた智恵が増大してきます。

    感謝と分かち合いによる幸福と比較すると、従来の「今より、もっと、他人より、もっと」とお金や勝利を求める幸福観は、不満と奪い合いに基づく幸福ということができます。

    それは、その裏側に、満ち足りない・求めても得られない・得たものを失う・奪い合うといった苦しみがあることは、前に述べました。

    感謝と分かち合いは、そういった苦しみがなく、落ち着いた満ち足りた状態をもたらすものです。仏教では、仏の慈悲の境地と言われるものです。

    そして、この新しい幸福感を得るための鍵となるのが、今までとは違った世界観=輪の思想なのです。

    ●苦楽・優劣・自他を極端に区別している

    その説明をする前に、従来の「不満と奪い合いの幸福観」は、どういった世界観を持つものでしょうか。

    ① それは、まず、財物や名誉地位といったものを喜びと考え、それが少ないことを苦しみと考えます。
    ② 次に、自分と他人を分け、自分だけに沢山の財物や名誉・地位を求めます。すなわち、自分と他人の幸福は別のもの、奪い合いと考えます。
    ③ そして、人を勝ち組・負け組、優れた者・劣った者を分け、皆が勝ち組を目指して競争します。しかし、実際に皆が勝ち組になれることはあり得ません。

    こうして、幸福と不幸(楽と苦)、優と劣(善と悪)、自と他(の幸福)というものを極端に分けているのです。これを二元論と呼ぶ場合があります。

    ●ひかりの輪の一元論:輪の思想

    これに対して、感謝と分かち合いの幸福感では、一見して別々に見える二つのもの、すなわち、楽と苦、優と劣、自と他といったものが、実際には全く別のものではなく、輪のように繋がっており、表裏一体の側面があるという思想に基づいています。これを一元論という場合があります。

    まず、苦と楽については、先ほども述べたように、楽の裏に苦しみがあります。
    そして、よく考えると、苦しみの裏にも恩恵があります。これが苦楽の輪です。

    また、優と劣については、どんな人にも欠点はあり、どんな人にも長所はあり、さらに言えば、長所の裏には短所、短所の裏には長所があります。

    例えば、勝ち組だと奢れば、慢心で失敗し、負け組の経験を活かせば、他の苦しみを理解する人間になる可能性もあります。これが優劣の輪です。

    さらに、自と他については、人は自分の力だけで生きているのではなく、多くの他者・万物に支えられて生きています。

    また、蜘蛛の糸が説くように、本当の幸福とは、自分だけが幸福になっても得られるものではなく、他の幸福と共に得られるものです。これが自と他の輪です。

    そして、これらの苦楽、優劣、自他の輪を含め、万人・万物・森羅万象についてしっかりと分析すると、「万物が一体であり、等しく尊い」という世界観が出てきます。これを「輪の思想」と呼んでいます。

    ●輪の思想は、日本の根本精神、世界共通のシンボル

    聖徳太子の十七条憲法に説かれた「和の思想」は、日本の精神・文化の中核・根本とされますが、この和の思想は、ひかりの輪の「輪の思想」と一体不可分なものです。

    具体的には、万人を平等一体とみる輪の思想は、縄文時代以来の日本の根本精神です。そして、それに基づいて、聖徳太子の和の思想が出来たと考えられます。

    さらに、心理学者の研究によると、世界の諸宗教・諸文化に共通するシンボルとして、輪・円があります。

    仏教の「法輪」、大乗仏教の曼荼羅、禅の円相、道教の太極図、古代の遺跡物などなどです。これらの詳細は、後に述べるように、このHPに掲示されている特別教本に書かれています。

    ●「輪の思想」は多面的な内容を含む

    なお、詳しく言えば、ひかりの輪では、「輪の思想」には、具体的には、三つの側面があるとしています。

    今お話ししたのは、その中で一番重要なものであり、三つの悟りのための教えとして、「三悟の輪の法則」ないし、「三悟の一元法則」と言います。

    これに加え、「三縁の輪の法則(三縁の一元法則)」、「三性の輪の法則(三性の一元法則」といった教えがありますが、ここでは説明を省略します。

    また、先ほど行った「三悟の輪の法則」の説明もごく概略的なもので、実際には、もっと深み、広がりのある法則です。これらの法則の詳細に、ご関心があれば、このHPの「思想と教え」のコーナーに掲示されている「特別教本」をぜひご参照ください。

  • 【4】「感謝・尊重・愛の教え(三悟の教え)」とは

    ●感謝と尊重と愛の重要性

    前に述べた通り、輪の思想に基づいて、ひかりの輪では、感謝・尊重・愛の三つの心を深める実践が、心の幸福にとって、非常に重要だと考えています。

    先ほどは、「感謝と分かち合いによる幸福」と言いましたが、それを完全に表現すると、「感謝と尊重と愛」の三つです。

    この教えは深いのですが、その一端を説明すると、まず、「感謝」の重要性は、果てしなく欲求すると、さまざまな苦しみが生じるので、努めて、今ある恵みなどに気づいて「感謝」することが、心を幸福・豊かにする上で非常に重要です。

    次に、「尊重」ですが、人と人を優劣で二分化すると、慢心や卑屈・妬みといった問題・苦しみが生じるので、自と他の万人・万物を平等に尊重することが重要です。

    最後に、「愛」については、ここでの「愛」には、多少特別な意味があります。

    それは、自と他(の幸福)が別々のものだと考えると、自己中心的になって不幸になるので、自と他が繋がっている、一体であると気づいて、万人・万物を愛することです。

    すなわち、他者と自分が一体だと見て愛する、自と他を一体として愛することです。

    ●三つ悟りのための教え

    ひかりの輪では、この感謝・尊重・愛の三つの教えを「三つの悟りのための教え(三悟の教え)」と呼んでいます。
    そして、この感謝・尊重・愛の教えを突き詰めて考えていくと、最終的に、「万物に感謝する」、「万物を尊重する」、「万物を愛する」という考え方が、真の幸福をもたらすことがわかります。

    これは、直ちにはわかりにくいと思いますが、それはわかりにくくて当然ですから、心配しないでください。

    というのは、これは、心の完成者である仏陀の境地の状態を表しているからです。しかし、よく考えていくと、この考え方・教えの正しさと重要性がわかります。

    しかし。その詳細は、ここでは書ききれませんから、ご関心があれば、HPに掲示している特別教本をご覧ください。ないしは、ひかりの輪の各支部教室の指導員にお尋ねください。

    そして、前にも述べましたが、最初からこれらを信じる必要は全くありません。

    いえ、最初から信じてはいけません。

    皆さんが、自分でよく考えて、むしろ疑問を持って、よく考え、納得したならば、受け入れればいいだけです。

    ●三悟心経

    そして、この考え方をスムーズに身につけるために、ひかりの輪では、一つの工夫をしました。

    それは、この考え方をわかりやすい言葉で現したごく短いお経を作って、それを唱えることで、身につけやすくしたのです。

    それを「三悟心経(さんごしんぎょう)」と呼んでいます。

    この三悟心経とは、「三つの悟りのための心の教え」といった意味です。この名前は、仏教の有名な経典である般若心経(般若経の中心の教えという意味)に習ったものです。それは、ごく簡単なお経で、次の通りです。

    「万物恩恵、万物感謝
    万物仏、万物尊重
    万物一体、万物愛す」

    その意味も読んで字の如くで、

    「万物を恩恵と見て、万物に感謝する
    万物を仏の現れと見て、万物を尊重する
    万物を一体と見て、万物を愛する」

    そして、この三悟心経の詳しい意味合い、そして、唱えるときのやり方、さらには、
    唱えながら行なう瞑想の学習・実践の仕方などについては、やはり特別教本を見てください。

    ●ひかりの輪は、仏教信仰を義務づけていない

    なお、ここで、「三悟」とか、「三悟心経」、「般若心経」といった仏教の用語が出てきましたが、ひかりの輪は、仏教的な思想を取り入れてはいますが、仏陀を信じないといけない団体ではありません。

    単に日本が仏教国であり、仏教文化が浸透しているので、教えのネーミングに、仏教的な表現を用いている場合が少なくないだけです。

    ひかりの輪の教え自体は、貴方に、仏陀・仏教への信仰があろうとなかろうと、その効果に全く違いはありません。

    理性によって合理的に考えて、教えが正しいと納得できたら、それを日常の生活に活かしたり、修習したりすることで体得していただければよいのです。

     

  • 【5】「心を変える四つの学習と実践」

    どのような心の持ち方が望ましいかはわかっても、心は、自分の意志で自由に変えることができないのが問題です。

    仏教やヨーガは、その発祥以来、この問題に取り組んできました。

    そもそも、「ヨーガ」という言葉の元の意味が、体操ではなく、(否定的な)心の働きを止滅することを意味するくらいです。最近では、心理学の心理療法もそうかもしれません。

    そこで、ひかりの輪では、心をよい方向に変えていくために、四つの学習・実践があるとしています。

    それは、心を直接的に変えることができなくても、心が連動しているものを変えることで、結果として心を変えるのです。

    ●ものの考え方・思想を学ぶ(教学)

    第一に、ものの考え方です。

    考え方は絶えず、心の状態と連動しています。
    前向きな考え方をすれば、心は明るくなり、後ろ向きな考え方をすれば、暗くなります。

    よって、どのような考え方が、心を明るくするのかを学び、それをなるべく訓練=修習することが重要です。

    宗教的な言葉を使えば、これは「教学」ということになります。

    なお、この際も、主体性・自立心を持って学ぶことが大切です。

    どんな考え方、教えに関しても、自分でよく吟味し、納得した上で、実践してください。

    「誰かが言っているから、やろう」というのではなく、自分で納得する必要があります。

    教学には、

    ① 単に学んだだけの知識の段階、
    ② 論理的に十分に理解できた段階(推理智)
    ③ 教えを体得・体感した状態(直感智)の段階

    があります。

    ③の体得の前には、十分な理解が必要です。

    ●日常の言動の改善(善行・功徳)

    第二に、日常の言動です。

    日常の言動も、心の状態と連動しています。

    ですから、考え方が正しくなっても、言動が正されなければ、心は十分には変わりません。

    よって、例えば、「感謝・尊重・愛」といった三悟の教えを学んだならば、日常生活において、それに基づいた言動をするように、自分なりに努めることが重要です。

    また、各宗教が説く戒律の中には、心が悪い方向に向かわず、良い方向に向くように、日々の言動の基本を規定したものがあります。

    各宗教で戒律は異なり、解釈も人によって異なりますが、共通する戒律には、人の心・体・人間関係・環境を良い方向に導くものが少なくなく、ひかりの輪では、不要な殺生をしない、盗みをしない、邪淫をしないといった、仏教の十戒などを参考にしています。

    こうした戒律を全て、盲信する必要はありませんが、自分なりに、その意味合い・重要性が理解できたならば、なるべく実践した方がよいでしょう。

    なお、こうして、日々の生活で、良い心や言動を積み重ねることを、仏教で「功徳」を積むと言います。

    ●身体を整える(行法)

    第三に、人の身体は、心と密接に連動しています。

    正確に言えば、体には目に見えないエネルギーの流れ=「気」があり、それが「気持ち」と連動しています。

    「気」は、肉体とも連動し、「気」に問題がある場所が、「病気」になるとされます。

    こうして、心と気と体に繋がりがあるので、逆に、体を整えて、気の流れ、心を整えることができます。

    これを実践するのが、「行法」と呼ばれているものです。

    例えば、ヨーガの体操や呼吸法や仙道の気功は、体の側面から、心を整えます。

    さまざまなものがありますが、ひかりの輪では、研究の結果として、「数種類のタイプのヨーガ行法」と、「流体循環気功」を提供しており、詳細がHPの「ヨーガ・気功」の部分に、掲示されています。

    行法は多種多様で、他にも、

    ① 心身に良い影響がある座法を組む、
    ② 心身を浄化する言葉を唱える、
    ③ 心身に良いイメージ・観想をする(例えば神仏の姿形など)

    といったものがあり、これらを組み合わせた瞑想行法があります。

    また、瞑想状態をさらに改善するために、五感から良い刺激を取り入れることが有効です。

    そのためには、

    ① 仏像・仏画・自然などの視覚的なシンボル、
    ② 仏教法具などが奏でる神聖な音(聖音)、
    ③ 瞑想用の特別なお香、
    ③ 瞑想に良い特別な飲み物(ハーブティー)、
    ⑤ 身につける仏教の法具などのさまざまな「ヒーリングツール」を活用しています。

    ●環境を整える(聖地巡りなど)

    最後に、心と体に大きな影響を与えるのが、それを取り巻く環境です。良い環境は、良い心の状態を作る大きな手助けとなります。

    ひかりの輪では、

    ①自宅・自室をよく掃除して(精神的な側面や気の流れといったものも)浄化すること、
    ②団体の教室に通うこと、
    ③自然の聖地を巡ること

    などを説明しています。

    この中の聖地巡りについては、HPの「聖地巡り」の部分をご覧下さい。

    また、このひかりの輪の四つの学習・実践(思想の学習・日常の言動の改善・身体行法や瞑想法・環境の改善)については、より詳しい説明が、代表の講話にありますので、それをご覧ください。

  • 【6】感謝の心を深める「内観」

    ●内観とは?

    ひかりの輪では、「内観」という感謝の心を培う自己内省法を取り入れています。

    内観とは、浄土真宗の一派に伝わる「身調べ」という修行法から派生し、その後、宗教的な要素を取り除いて、誰もができる自己反省法として確立されたものです。学会もあって、海外にも広がっています。

    その方法は、至って簡単で、内観専門家の指導のもと、自分がこれまでの生涯で、両親・親族・友人知人に、

    ① 他人から、していただいたこと
    ② 他人に、して返したこと
    ③ 他人に、迷惑をかけたこと

    を1つ1つ思い出していくという作業のみを、丸1日~1週間ほど集中して行なうというものです。

    なお、親がいない人は、親代わりに育てくれた人を親と見て行います。

    ●内観の効能、現代人に重要な感謝の心

    内観の良さは、感謝の心=愛が深まり、幸福感が増し、心が安定することです。

    また、感謝の心が深まれば、人間関係も改善します。

    そして、その延長上には、仏教が説く悟り、心の解放、慈悲の体得の土台にもなります。

    逆に、心理学では、子供時代に親の愛を認識できず、感謝の心が乏しい場合は、自分の価値がわからなくなり、それを感じようと、自己中心的な傾向が生じるとも言います。

    そうした人は、傲慢に見えますが、自分の価値がわからないのですから、卑屈でもあります。

    そのため、逆に、他と壁を作り、内向的になり、疎外感を感じる場合もあるようです。

    しかし、現代の日本では、親を尊敬する子供は、半数に満たないという意識調査もあります。

    敗戦による父権の喪失もあるでしょうが、経済成長重視の競争社会で、「もっと、もっと」という欲求が深まり、感謝よりも不満の心が生じやすくなっています。

    こうした状況の中で、感謝の心を深める内観は、非常に重要です。

    親などの愛を認識し、感謝が深まれば、健全な形で自分の価値=自尊心を形成できます。

    すなわち、自己と他者の双方に対する愛を育むことができるのです。

    さらに、内観が深める感謝の心は、仏陀の智恵が説いた真の幸福の道、すなわち、足るを知って、他と分かち合う道とよく合致します。

    さらに、慈悲の心を持つ菩薩になる修行の道として、全ての生き物に対する感謝の心を培う教えがあります。

    こうして、悟りを求める人にも、感謝・内観は重要です。

    ●ひかりの輪の内観セミナー

    実際には、講義を含めて「数時間」のものから、祝日などを利用して丸1日行なう「1日内観」、さらには、2~3日のもの、1週間合宿して行なうものなどがあります。

    ひかりの輪では、祝日などを利用し、内観の国際的な権威の大学教授の方の指導の下で行なう「内観セミナー」が、各教室で定期的に行われています(基本的に一日内観)。

    この貴重な機会を是非ご活用下さい。

    より詳しく内観についてお知りになりたい方は、HPの「自己反省法・内観」のコーナーをご参照ください。

  • 【7】ひかりの輪の聖地巡り

    ●聖地巡りの恩恵

    ひかりの輪では、団体の発祥の経緯が、上祐代表らの聖地・自然での体験であったこともあり、聖地巡りを重要な活動の一つだと位置づけています。

    2002年以来、聖地・自然の中でのさまざまな瞑想体験や自然との交感・不思議な体験が、団体の思想を徐々に育んできました。

    聖地巡りの良さは、

    ① 聖地や純粋な自然によって、心身が浄化できること、
    ② 聖地の自然・歴史・文化から様々なことを学ぶことができること
    ③ 聖地・自然と一体となる悟りの境地に近づくことができること

    などがあります。

    また、内観のところで、親などに対する感謝の重要性をお話ししましたが、私たち人間をはぐくんでいるのは、究極的には大自然全体であり、親の親とも言うべきものです。

    その大自然に親しみ、感謝・尊重・愛を培うことは、感謝の心を極めていくことであり、万物と一体となる悟り・慈悲の体得にも非常に重要だと思います。

    ●ひかりの輪の聖地巡り

    ひかりの輪では、単純に聖地やその神社仏閣を巡り、参拝するだけでなく、団体がまとめた資料に基づいて、その聖地に関する歴史・文化の学習をしたり、現地の自然の中で、瞑想を行なったりするなどして、その効果を高めています。

    これまでよく巡った聖地としては、長野の諏訪・戸隠・善光寺・上高地・乗鞍・小諸、京都のさまざまな神社仏閣や比叡山、奈良の東大寺等の神社仏閣、三輪山・大神神社、飛鳥・斑鳩、天川・吉野、さらには、高野山、伊勢神宮、そして、富士山と周辺の神社仏閣・日光・鹿島神宮・大洗磯前神社、千葉の鋸山日本寺、東北の出羽三山などです。

    他にも、熊野三山、出雲大社、三徳山、福岡の宗像大社、熊本の阿蘇山や阿蘇神社等、宮崎の高千穂神社、十和田神社とその周辺、平泉、京都の天橋立・籠神社等、大阪の四天王寺等、四国の剣山等、都内の神社仏閣、鎌倉の神社仏閣も巡りしました。

    ●修験道の特別研修も

    また、東北の出羽三山の聖地巡りでは、修験道の先達の方の特別な指導を受けて、本格的な修験道の特別研修を毎年行っています。

    修験道は、山の思想とも言われ、山を仏の母胎とみて、山に入って、心身を浄化し、人ではなくて山・大自然から学び、自己を見つめ直し、生まれ変わった気持ちで、世俗に戻るという思想があります。

    ざっと述べましたが、ひかりの輪の聖地巡りは実に多岐にわたる内容・体験を含んでいますので、その詳細に関しては、HPの「聖地巡り」のところをご覧下さい。

  • 【8】ひかりの輪の聖地での体験


    ●ひかりの輪は、聖地巡りの体験から生まれてきた

    ここでは、ひかりの輪の団体の発祥に関係する、聖地でのさまざまな体験についてざっと述べたいと思います。

    その中には、いわゆる不思議な御縁を感じるものが多数あったのです。

    まず、「輪の思想」も、聖地・自然との交感で生まれてきました。
    2002年の6月10日、上祐代表は、この思想の一部について瞑想したところ、大きく気づくところがありました。そして、その直後に天空に太陽の周りの虹の光の輪が現れており、合計で七つもの虹が出ていたのです。

    これは、上祐代表らに大きな影響を与えました。

    ひかりの輪の団体名も、この体験に由来します。

    ●聖徳太子縁の聖地で不思議な体験が続く

    その後、上祐代表らは、繰り返し虹の体験をしていきます。

    その中でも特に印象的だったのが、2002年11月の富士山の麓における天に立ち上るような鮮明な虹でした。その直ぐ近くに、偶然にも、聖徳寺というお寺があり、その祭壇に虹の写真がありました。

    その理由は、かつて聖徳太子が、この場所で虹を見て、聖地だとされたからでした。

    この頃から、巡っていた聖地が、不思議にも、太子ゆかりのものが多かったことに気づき、太子縁の聖地に関心を持って、その一つとして、京都の広隆寺を参拝し、名高い弥勒菩薩半跏思惟像を拝観しました。

    その時、上祐代表らは、その仏像の中で、素晴らしい瞑想体験をしました。

    それは広大無辺の慈悲の心・慈悲の空間のように感じられました。

    そして、これがきっかけとなって、私たちは、それまで所属していたオウム真理教の後継団体である宗教団体アレフを脱会し、「ひかりの輪」として独立するに至りました。

    また、日本有数の山岳景勝地である上高地に滞在したときは、毎日ように虹を見て、合計で7回も見ましたが、そこでも、上祐代表らは、いろいろな気づきや精神的な体験をしました。

    代表によると、自然は貪らず、あるがままに生きる教師のように感じられ、そう感じたときに、自分が周辺の自然が一体化し、大きく温かい心が一杯に広がったように感じたと言います。

    そして、「私」よりも、「大自然」の方に、本当の自分の中心があり、自分は大自然の一部のように感じたと言います。

    こうした体験から、感謝と分かち合いや、自と他の一体性を重視する、ひかりの輪の一元論的な思想が温められていきました。

    その後、ひかりの輪の教室も、太子と縁があることがわかりました。

    長野の小諸市の教室近くには、観音菩薩を祀る真楽寺がありますが、この寺には、太子が立ち寄られたと伝承があります(他に長野で、こうした伝承を持つお寺は見つかっていません)。その境内の気の流れが非常に良いため、よく参拝していたお寺でした。

    以前の大阪の教室は、偶然にも、太子が仏教導入をかけた物部氏との闘いの前に勝利する神意を得た場所に立った神社に非常に近く、その神社の分社は、教室のビルの目の前にありました。

    その本社にあたる太子信仰のメッカとして名高い四天王寺にもごく近くにあり、その四天王寺を参拝した時も、太陽の周りの虹が何時間も出ていました。

    ●太子の「十七条憲法」と、ひかりの輪の思想の合致に気づく

    その体験をする前後、改めて太子の十七条憲法の思想を研究すると、偶然にも、その中に、ひかりの輪の思想、特に優劣の輪の教えとしたものと、全く同じ内容が、しかも、「輪」という同じ喩えを使って説かれていたことに気づきました。
    それは、

    「自分はかならず聖人で、
    相手がかならず愚かだというわけではない。
    ...おたがいだれも賢くもあり愚かでもある。
    それは鐶(耳輪)には端がないようなものだ」

    というものです(十七条憲法第十条)。

    こうして、ひかりの輪の聖地巡りでは、このような不思議な虹の体験や偶然の一致が連続し、最後には、それが、聖地巡りとは全く別のところで温めていた輪の思想と合致するに至ったのです。

    さらに、一部の識者の見解として、以下のような意味もあります。

    ① 太子は、万人が平等という「輪」の人間観に基づいて、
    「和をもって尊しとなす」と訓戒したこと。

    ② 輪の思想は、縄文時代にまで遡る日本の根本思想であること
    (縄文時代は、住居を輪のように配置した環状集落やがあり、
    上下身分の区別・差別のない共同体だった)。

    ●親鸞・法然・最澄・空海ゆかりの聖地

    他に、私たちが気に入って、毎年のように巡った聖地の中には、不思議と、長野の善光寺・戸隠・鹿島神宮など、後から気づいたのですが、親鸞上人ゆかりの聖地でした。

    浄土真宗開祖の親鸞上人は、阿弥陀如来の慈悲は平等であり、悪人も救われる機会があると説いた人でした。これは、私たちには、大きな励みになった教えでした。

    その教えを、自己を悪人と自覚することで、正しい教えに巡り会う機会があると解釈すれば、宗教者が慢心を戒め、謙虚さを保つことの重要性を説くものとして、非常に重要だと思います。

    また、親鸞上人は、聖徳太子の夢のお告げを得て、その後に師となる法然上人に出会いました。

    その法然上人は、別名を「円光大師」といい、名前からして、ひかりの輪とご縁があるように感じています。

    名高い伝教大師最澄にもご縁を感じました。

    伝教大師は、全ての人に平等に仏性(未来に仏陀になる可能性)があるという思想を広めた人で、ひかりの輪の思想の中核、特に万人を平等に仏の現れと尊重する教えと合致しています。

    伝教大師も、自分を聖徳太子の弟子と考え、深く崇敬しています。

    その最大の聖地である比叡山の根本中堂は、宇宙の全ての生き物の苦しみを悲しむかのような広く深い慈悲の波動を感じました。

    また、ひかりの輪は、仏教の法具を瞑想やヒーリングに多用していますが、仏教の法具を日本で最初に本格的に導入したのは、弘法大師空海です。

    その高野山の弘法大師の御廟は、非常に明るく神聖に感じられる空間でした。

    そして、そこで、上祐代表が手の平の上に、弘法大師ゆかりの法具を置いて瞑想していた時に、何かのエネルギーが法具から腕を通して入って来て、その後、法具がひとりでに震動を始めたように感じる体験をするということがありました。錯覚かもしれませんが、こうした体験が、日本人が広く弘法大師を信仰する歴史が出来た原因かもしれません。

    なお、ひかりの輪は、太子を初めとする過去の聖人も絶対化・神格はしませんので、その点つけ加えておきます。

    太子も、「人を神として崇めてはならない」としています(その意味では仏教開祖釈迦牟尼も。同様に戒めています)。

    太子が説くように、人は皆平等に尊いという思想を重視しています。

    最後に、ひかりの輪の聖地巡りでのさまざまな体験については、詳しくは、このHPの聖地巡りのところをご参照ください。

  • 【9】日本・世界の思想・宗教の今後

    今は、大きな時代の変化の時が始まりつつあるように思います。
    政治も、新興勢力が現れて再編される様相ですが、宗教界も同様ではないでしょうか。

    昨年あたりから、20世紀後半に、注目を集めた宗教のカリスマが他界したりと、大きな変化を迎えているように思います。

    サイババ、ウサマ・ビンラディン、文鮮明が過去の人となりました。

    まもなく、麻原彰晃が続くでしょうし、他の20世紀の新宗教の中心人物も、人生の終末を迎えつつある人が少なくありません。

    それともない、少なからぬ宗教団体が、大きな岐路・変化を迎えていると思います。

    アレフ(旧オウム真理教)は法的責任を追及されて解体に向かい、オウムと同じように選挙に出て惨敗し、教祖が妻との離婚を始めとする訴訟問題を抱え込んだK教団も大きな岐路にあるようです。教祖が高齢となった巨大教団Sもそうではないでしょうか。

    こうした20世紀の宗教は、特定の人物を神の化身として絶対視する傾向が強いものでした。

    それは、外部社会の客観的な視点から見れば、盲信とか、カルトに映るでしょう。

    科学合理的な精神からは、受け入れることができませんし、度々反社会的になります。

    しかし、その一方で、経済的な拡大と競争の勝利ばかりを重視する価値観は、多くの人にとって心身が安らぐものではなくなっています。

    特に日本では、長期の経済的な低迷や市場原理主義の導入もあって、ストレス、鬱、自殺、いじめなどの問題が、相当に増大しています。

    物質的に豊かな社会の中で、心の苦しみは、かつてなく蔓延しているようにも思います。

    その問題の緩和のためには、現状への不満と奪い合い、拡大と勝利ではなく、感謝と分かち合いの精神、そして、万人の尊重と一体感の重視が、今後重要になると思います。

    そして、その実現のためには、「宗教」というものを抜本的に超えた、「新しい精神的な智恵の学びの場」が必要であると思います。

    ひかりの輪は、オウム真理教の手痛い教訓を活かし、過去の贖罪としても、21世紀の社会のためにも、それを創造していきたいと思います。


     

■団体規約と外部監査制度など

  • 団体のシンボルマーク

      これは、ひかりの輪の聖地巡りのときに良く現れる、太陽の周りの虹のひかりの輪と、仏教で、仏陀と仏陀の教えの象徴とされる法輪(ダルマ・チァクラ)を重ね合わせたものです。

       青空のイメージを背景に、法輪の真ん中から、太陽を表すひかりが四方へと放射されています。「ひかりの輪」にぴったり合った、美しいマークとなりました。
    (2011年5月)



    ご注意--ひかりの輪と仏教の関係

       なお、ひかりの輪が、シンボルマークに仏教の象徴を使ったり、教室に釈迦牟尼の仏画を置いたりしているのは、釈迦牟尼・仏教を絶対としているからではありません。

       実際に、ひかりの輪は、日本の伝統文化に根付いている、聖地・自然巡りをするなど、自然信仰的なアプローチや、神道的なアプローチも尊重して、その学習に取り入れています。ただ、日本が基本的に仏教国で、文化的に仏教的なシンボルに馴染みが深いために、そうしているとご了解ください。また、今後は、仏教以外の日本的文化・シンボル、自然や神道的なものが、団体の要素として、増えていくとも思います。

       釈迦牟尼を置いた理由は、先ほど述べたように、釈迦牟尼自身は、「自分を崇拝するな、めいめいの自己をよりどころとせよ」と説き、個々人にあった教え(方便)を説いた人であり、その考え方が、新団体の理念・思想とよくマッチしていたことなどのためです。

     

  • 「ひかりの輪」基本理念

  • 「ひかりの輪」会則

  • 「ひかりの輪」外部監査制度

    当団体は、オウム事件再発防止の観点に立って団体運営が適正になされているかを外部から監査していただくための「ひかりの輪外部監査委員会」を2011年12月17日に設置しておりますので、ここにお知らせいたします。

■よくある質問や誤解について

  • ■ひかりの輪とは

  • ■オウムの脱却・払拭――「脱麻原」「反麻原」の改革

  • ■初めての方に――ひかりの輪の思想と活動

  • ■団体規約と外部監査制度など

  • ■よくある質問や誤解について

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